見出し画像

闇 391(本命と横浜ワイズ編)


闇 391(本命と横浜ワイズ編)

2025/11/08 sta
前回の章


二千十七年一月二十二日、日曜日赤口。

自然の目覚め。
時刻は昼過ぎ。

財布の中身をまず確認する。
やはりどう考えても四万円しかない。

同級生の前で金もないくせに格好をつけ過ぎたのだ。
まあ松本美紀いたし、森昇というよりお袋さんへの恩義あるしな。
それとあの場へ招いてくれた篠崎への感謝もある。

後悔という感情よりも満足感のほうが勝った。
でもさ…、少し冷静になろうよ……。

夜から増川君代とデートね?
資金四万円スタート。

これ…、ワイズのあと二軒目となると厳しいぞ?

冷静に考えてみよう。
まずコース料理だけなら二人で一万円で済む。
しかしワインを頼むだろうし、あのレストランは常に格好をつけていたい場所。
白と赤ワインのボトルを頼むから、それで最低二万円。

次にバーへ誘ったら、そこで一万円は飛ぶ。
いい感じでホテルに誘い一万円。

「……」

いやいや、それじゃ川越に帰って来れないじゃん……。

川越から新宿までの定期券はあるので電車賃は掛からない。
でも新宿から横浜、横浜から日ノ出町までの往復で千円だとして…、セブンスター二箱くらい買うだろうからそれでも千円。

うまくホテルまでと持って行ける考えたら、えーと…、そのあとの食事やら飲み物とかもあるでしょ?
何かをどこかの過程で端折らないといけない。

どこを?

フレンチワイズは削りようがない。
何故ならあそこは俺にとってユートピアであるから。
食の理想郷の最終地点なのだ。
だから常に礼節を持ち合わせながら感謝を覚えつつ料理を頂くレストラン。
故にケチるなどの概念は無用。

二軒目を無くしてホテルへゴー?
いやいや、あんな真面目な子をどうやって?

ワイズでワインを嗜み、出て「では君代さん、あそこにでも入ろうか?」とホテルへ連れ込む……。

まず無理だろ!
変だしおかしいし馬鹿だろ?
…て事はだ、まず今日は最初のデート。
だからワイズで紳士的な場面だけ見せ、仕事終わって来てくれた彼女の体調を労わり、食事のみで返す。

俺は今、増川君代に惹かれているのは事実。
ただ何が何でも抱きたいという感覚ではない。
もちろん抱けるなら抱く。
しかし俺が欲しいのは彼女の心なのだ。

冷えた身体を熱い湯に浸かり温める。
この季節で一番好きな瞬間。

両手で湯をすくい顔へ掛けた。
右の拳を軽く握り、しばらく見つめる。

龍虎の拳という共通事項から再接続した特殊な関係。

以前感情の起因について考えた事があった。
すべてに共通するスタートの感情。
それは驚きから。

今回のケースでいえば、俺はフェイスブックで彼女の投稿を見て始めに驚いた。
何故なら二十代後半の彼女がSNKの対戦格闘ゲーム『龍虎の拳』をネタにしていたからである。

俺が二十歳くらいの作品を何故二十五年経った今、二十代の子がそれを知っていて尚且つネタにできるほど活用できているのか?

カルチャーショック的な驚き。
その起因はやがて好意へ変貌していくのに時間は掛からなかった。

何故なら全日本プロレスというそれまで本気で打ち込んだ事のなかった人生を送っていた頃、現実逃避で逃げていたのがゲームだったからである。

それまでの俺は本当に適当でいい加減だった。
金も無ければ女もいない。
当時つるむのは坊主さんだけ。
いつも二人で一緒に部屋で過ごし、常にゲームをして遊ぶ。

その時ハマったものがSNKの対戦格闘ゲームだったのだ。

『龍虎の拳2』をどちらかというと推していたのは坊主さんだった。
俺は『餓狼伝説スペシャル』や『真サムライスピリッツ』を好んだ。

それでも龍虎の拳の主人公リョウサカザキは好きだったし『キングオブファイターズ』では決まってリョウとテリーボガードを選択するほど。

中途半端で何も自慢できる事のなかった青春時代。
俺にとっての青春は、坊主さんと一緒にプレイしたゲームなのである。

坊主さんはパソコン会社で働き出し、一人になった俺は変な教材売りの仕事をし始めた。
この時職場で再会したのは、先日同窓会で声を掛けてくれた篠崎という偶然。

弟の徹也から一本のビデオを見せられる。
ジャンボ鶴田・淵正信・田上明VS三沢光晴・川田利明・小橋健太のプロレスの試合。
正規軍対超世代軍の戦いだと徹也は言う。

幼少の頃から強さに拘って生きてきた俺。
試合を見ていて、身体の芯が妙に熱くなっている事に気付く。

ここへ行けば、俺は求めている強さを得る事ができるのではないか。

この妙な教材売りの会社では大木凡人そっくりな一回り年上の上司大和が、常に仕事終わると酒や食事を毎度タカられ「給料日になったら返すから」と俺にクレジットカードで彼と彼女の分まで毎回支払いを頼まれた。
大沢史博やゴリなどの同級生と飲む約束をしていても、お構いなしに彼女同伴で来て支払いは常に俺。
給料日になり、これまでの金額を請求すると「俺も支払いが色々あって大変なんだよ」と意味不明な交わされ方をされる。
結局一円も返してもらえない状態のまま数ヶ月過ぎ、働いているのに何故か俺自身が借金しているという理不尽な状況が我慢ならなくなり、この仕事は辞めた。

また無職になりフラフラしていた俺。
そんなタイミングの時、車の免許の教習所合宿時代、同室で仲良くなった六歳年上の高尾から連絡があった。
横浜のシーパラダイスをこれから作る大きな仕事があるから住む家も用意するし来ないかという誘い。
当時何の目標も無かった俺は、この話へ飛びつく。
高砂熱学という会社に所属して、横浜へ行く事になる。
初めての横浜、金沢八景駅から徒歩十分程度の物件に住み、新しい生活が始まった。
用意されたアパートは広さだけはあったが、風呂も無くトイレのみ。
部屋の中に古い額縁が飾ってあり、どかそうとすると裏の壁に魔よけのようなお札が貼ってあった。
そして押し入れにも同じ札を発見。
何かあった部屋なのかと思ったが、特に奇妙な現象はなく働いて寝るだけの日々を送る。
業務内容は雑工事で、シーパラダイスの中でモルタルを使って壁にできた穴を埋めたり、足場板をひたすら運んだりと便利屋紛いの仕事ばかり。
当時多くの現場関係者を驚かせたのが、俺の力だった。
足場板を一度に七本持ち上げて運ぶ姿を見て「お兄さん、身体細いのにどこにそんな力があるんだ?」と何人にも言われた。
一対一の喧嘩なら負けた事がない。
自衛隊で鍛えられた肉体。
気付けば肉体的だけは強くなっていたのだ。
徹也に見せられたジャンボ鶴田や三沢光晴の試合。
あの中へ俺が入って行けたら……。
そんな日常を送りながらも、全日本プロレスへ行きたいという想いは次第に大きくなる。
身長百八十センチ体重六十五キロの体格の俺が、いくらレスラーになると言っても現場のみんなは笑うだけ。
「兄ちゃんよー、力あるのは分かるけど、レスラーになるにはガリガリ過ぎだろ」
「そんな夢みたいな事言ってないで、今日もバンバン物を運んでくれよ」
真面目に聞いてくれる人間は誰一人いなかった。

まず身体を大きくしよう。
そう思った俺は横浜での仕事を辞めて、地元川越に戻る。
高卒自衛隊途中除隊。
自分の選択ではあるが、二十歳にして中途半端な状況の俺。
アルバイトをしながら稼いだ金はほとんど食費に当てる生活が始まる。
たくさん食べて身体を大きくしないといけなかったので、自宅で自炊するようになった。
父親の妹である叔母さんのピーちゃんは、キャベツの葉一枚使うだけで「勝手に家のものを使うな」「私が台所使うからどけ」と辛辣な言葉を浴びせられ、様々な嫌がらせをされる。
良かれと思って作った料理。
しかし冷蔵庫に入れたまま料理が腐ってもそのまま放置だった。
お袋が出て行ったあと、好きなものを食べたいと台所に立つと「女みてえな真似しやがって」と親父から殴られた過去。
しかし今はもう理不尽に殴られるような事はない。
俺は徐々にであるが強くなっているのだ。
アルバイト以外の時間はトレーニング漬け。
ひたすら走り、腕立て伏せ、腹筋、スクワット。
回数など決めず、ただがむしゃらに頑張った。
一食でご飯三合食べても体重は七十キロ。
たった五キロしか増えない。
過度な運動量の消費で、体重を増やすよりもカロリー消費が上回った結果である。
レスラーになるという俺に対し、まだほとんどの人は笑う。
それでも数名の人間は頑張れという人も出てきた。

レスラーになると決めて一年間が経つ。
俺は二十一歳になっていた。
十キロ体重も増えて七十五キロ。
少しは頑張れ、期待しているぞといった声が増える。
一心不乱にトレーニングをし、とにかくたくさん食べた。
食べ過ぎのせいか寝ている時にゲロを吐き、起きると目の前が酷い有様など日常茶飯事だった。
それでも中々増えない体重。
自分には誇れるものが何も無い。
だから強くならないと……。
この頃は金も無い。
中途半端な人生。
それらを変えたくて必死に身体を苛め抜いた。

初めて本気で生き出したあの頃。

現実逃避していた時期に出会った龍虎の拳。
そんなものが二十年以上経ち、若い子と親密になるきっかけとなった現実。

人生というものはとても皮肉で残酷にできているのだろう。

そろそろ湯船から出なきゃ。
いい加減のぼせてしまう……。


タバコに火をつける。
煙を口からゆっくり吐きながら、携帯電話を手に取った。

『了解です。着く頃に連絡下さい。 増川君代』

俺が爆睡していた頃届いていたメッセージ。

『了解しました。もし、心臓が緊張でときめき過ぎて、途中で倒れてしまったら、ごめんなさい。 岩上智一郎』

『またまたぁ…。私も緊張で吐き出さないように気をつけます! 増川君代』

ここから先は

10,792字 / 11画像

メンバーシップ ¥ 100 /月

闇シリーズを守る為。内容やアイデアだけパクられるのを防ぐ為。

闇シリーズ(メンバーシップ)

募集終了

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?