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105.アリマタヤのヨセフ

画像は以下のサイトから転載。


前回に引きつづき、聖杯伝説とアーサー王物語についてお伝えします。

もう一つの聖杯物語

キリスト教の伝説では、イギリスのグラストンベリー修道院は一世紀、アリマタヤのヨセフによって設立された、とあります。

https://clasmerdin.blogspot.com/2011/11/last-abbot-of-glastonbury.htmlより転載
https://www.britannica.com/biography/Saint-Joseph-of-Arimatheaより転載

グラストンベリー修道院にはアーサー王の墓もあったのだそうですが、アーサーはともかくエルサレム周辺の人がイギリスになんの用があったのでしょうか。

聖杯に関する物語は、二つに分類できます。

第一は、アーサー王の騎士たちが聖杯城を訪れたり、聖杯を探し求めたりする物語です。

聖杯城(Grail castle)は聖杯が見つかる城のことで、ゲームにおけるファイナルステージです。

https://arktos.com/2024/12/14/the-hyperborean-grail-castle/より転載。映画でおなじみのロケーション。おそらくドラゴンなどが住んでいる。

第二の物語は、アリマタヤのヨセフの時代に聖杯がたどった歴史を扱うものです。

アリマタヤのヨセフは新約聖書に登場するユダヤ人で、イエスの遺体を引き取ったことで知られています。

前回お伝えしたように、十二世紀フランスの詩人クレティアン・ド・トロワは、イギリスのアーサー王物語にランスロットと聖杯を追加し、中世騎士道物語の題材の一つとして定着させました。

これは「イギリス人」と「フランス人」の婚姻の結果、象徴、といえます。

イギリスへの物語的侵略ともいえます。日本の「歌謡曲」は海外の要素を吸収し、いまでは日本語ラップなどもすっかり定着しました。

いずれにせよ、わたしたちの感覚からすると、ランスロットもアーサーも「ファンタジー」なので、このコラボはなんとなく自然な流れに思えます。

ですがアーサーやランスロットたちに「ヨセフ」などを結びつけるのは、どこかミスマッチに思えます。メタルのギタリストが演歌歌手とコラボするようなものです。

https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2024/01/09/gazo/20240109s00041000478000p.htmlより転載。でもやっている。

中世ヨーロッパはキリスト教社会です。不自然だろうがなんだろうが、キリスト教ネタを盛り込まなければ片手落ちです。

サンヘドリンのメンバーだったアリマタヤのヨセフは、イエスの死を聞き、総督ポンテオ・ピラトに遺体の引き取りを願い出ました。

それからヨセフは遺体を回収し、のちに自分の墓になる場所に安置しました。これにはマグダラのマリアと「もう一人のマリア」が立ち会いました。

マタイの福音書二十七章にはこのように記されています。

あくる日は準備の日の翌日であったが、その日に、祭司長、パリサイ人たちは、ピラトのもとに集まって言った、
「長官、あの偽り者がまだ生きていたとき、『三日の後に自分はよみがえる』と言ったのを、思い出しました。
ですから、三日目まで墓の番をするように、さしずをして下さい。そうしないと、弟子たちがきて彼を盗み出し、『イエスは死人の中から、よみがえった』と、民衆に言いふらすかも知れません。そうなると、みんなが前よりも、もっとひどくだまされることになりましょう」。
ピラトは彼らに言った、「番人がいるから、行ってできる限り、番をさせるがよい」。
そこで、彼らは行って石に封印をし、番人を置いて墓の番をさせた。

https://www.wordproject.org/bibles/jp/40/27.htm

ですがこのころには、ヨセフはイエスの遺体を運び出し、二人のマリアと共謀して「イエスが死から復活した」という噂を広めていました。

ジーサス・クライスト・オン・TV

少し脱線しますが、上記のように書くと怒る人がいます。もしくは「どうでもいい」「どのみちぜんぶ嘘」という反応です。

この両極端が物語の力です。自分の好きな映画やミュージシャンに関心を示さないと、少なからずがっかりされます。

そして上記のように否定すると、場合によっては嫌われます。その映画やミュージシャンはすでにその人の一部だからです。

嘘か誠か、好きか嫌いかはともかく、ある「物語」にどれだけの人がどれだけの労力をかけたかを考えると、それだけで時間をかけて調べる価値がある、と判断できます。

千年後の現在まで受け継がれているという事実を鑑みれば、聖杯伝説は現代に生きるわたしたちになにがしかの影響を与えているはずです。

とりあえずアーサー王物語はファンタジーやRPGの祖です。

https://www.thedoublenegative.co.uk/2012/11/5882lordoftherings/より転載。トールキンもあっち側の人。

お姫様や英雄は、いうまでもなくなじみがありすぎます。これらの要素に触れずに育つ子は皆無でしょう。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000004499.000002535.htmlより転載

そして中世ヨーロッパはこのような世界だったのだ、という認識を自然に植えつけられます。偉い王様に美しいお姫様、気高き騎士などがいて、戦ったり恋をしたりします。

翻って現代は、最も豊かで自由で幸福な時代なので、圧政を敷く王などはいません。お姫様がいないのは残念ですが、代わりはいくらでもいます。

https://wallpapers.com/picture/celebrity-pictures-1920-x-1080-yihgee34n40hkxs9.htmlより転載

誤った中世ヨーロッパ観はともかく、子供がメディアの影響を受けて抱くお姫様願望や英雄願望は完全に現実離れしたもので、親は微笑ましく見守るだけでしょうが、実際は害悪でしかありません。お姫様や英雄はそもそも存在しないからです。

「英国王室や日本の皇族はどうなんだ、プリンセスは現代にもいるだろう」と思われた方は、すでに虚構と現実がごっちゃになっています。一方では「聖書など嘘だ」と思いながらです。

これが物語の力です。いい年をしていなくても少し考えれば、現実のお姫様が「お姫様」として二十四時間生活しているはずがないとわかります。

お姫様や英雄の代替物、アイドルやミュージシャンやハリウッドのセレブもまた、現実には存在しません。アニメのキャラクターと同じく、光る画面の向こう側で人のように振る舞っているなにかです。

たいていの人は画面に映っているものを「アニメじゃないから本物だ」と思っているので、ときにこういった手口もまかりとおります。

https://www.nytimes.com/2021/09/11/us/9-11-photos-images.htmlより転載

ハリウッドの脚本にはテンプレがあります。英雄候補の主人公が登場し、開始十五分までに事件が起き、主人公はいったん拒否し、心を入れ替えて試練に立ち向かい、仲間とともに打ち勝ちます。

主人公はクライマックスの直前で一度、擬似的な死を経験します。アクション映画でなくても、比喩的な死、気分は超どん底、事件は迷宮入りか、といった場面がたいてい出てきます。

一番わかりやすいのはスターウォーズです。

https://time.com/4788422/best-star-wars-moments/より転載

ハリウッドのテンプレは、人の心をつかむテクニック、魔法のレシピです

この世界においては、人は生きて死ぬだけです。本来どうでもいい物語、映画が超巨大産業になっていること自体が不自然ではないでしょうか。

離れた日本にいると、あのアメリカの華やかさに違和感を覚えたりします。大統領選挙も同じで、あまりにエンタメすぎます。

アメリカに住む人たちは、わたしたちよりはるかにどっぷり浸っています。「おまえはドラマから出てきたのか」といいたくなるような痛々しい白人女子高校生もいます(金髪美女だったりするのでよけいにたちが悪い)。

ハリウッドはともかく、日々垂れ流されているアニメや戦隊ものなどをあらためて冷静に眺めてみてください。くだらない、キモい、騒々しい、と思われている方は、それが正解です。

そして子供のはまりぶりを観察してください。「魔法にかけられて」です。

テレビを消すかどうかは各人の「自由」ですが、イエスの実在と復活を否定すると狂人扱いされるのでおすすめはしません。

https://jesus-christ-clipart.blogspot.com/2013/10/jesus-christ-on-tv-television-series.htmlより転載

マグダラのマリア

福音書に記されている「イエスが死から復活した」というメッセージを広めた弟子たちには、二人のマリアだけでなくサロメも含まれています。

サロメの正体については、多くの議論があります。正典の福音書にはほんの少し登場し、アポクリファ(外典)にはより詳しく登場します。

サロメの一人は、有名なヘロデ・アンティパスの継娘です。

ティツィアーノ作『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』(約1515年)

有名な話なので詳しくは書きませんが、このサロメはヘロデの誕生日に、ヘロデとその母ヘロディアの前で踊りました。

そしてヘロデはサロメの要求どおり、洗礼者ヨハネを斬首しました。

ヨセフスの『ユダヤ古代誌』にはこうあります。

ヘロディアは……ヘロデ(フィリッポス)と結婚していた。かれ(フィリッポス)はヘロデ大王の息子で、大祭司シモンの娘マリアムネから生まれた。マリアムネにはサロメという娘がいた。その娘が生まれたあと、ヘロディアはわが国の法律を乱そうと企み、夫が生きているうちに自ら離婚し、父方の兄弟である夫の兄弟ヘロデ(アンティパス)と結婚した。アンティパスはガリラヤのテトラルキア(四分封領主)であった。さて、彼女(へロディア)の娘サロメは、ヘロデ(大王)の子でトラコニティスの地方総督であったフィリッポス(ヘロデとは別人)と結婚したが、かれ(フィリッポス)は子なくして死んだ。ヘロデ(大王)の子でアグリッパの兄弟であるアリストブルスが彼女(サロメ)と結婚した。二人には三人の子、ヘロデ、アグリッパ、アリストブルスがいた。

https://gutenberg.org/files/2848/2848-h/2848-h.htm

マリアの一人、マグダラのマリアは、イエスが七つの悪霊を祓った女として有名です。

https://hallow.com/saints/mary-magdalene/より転載。「The Chosen - 選ばれし者」の人?

また通常、ベタニアのマリア、イエスの足に香油を注いだ罪人の女と同一視されています。

このマリアはさらに、パリサイ派による石打ちからイエスに救われた姦通の女とも同一視されています。

マグダラのマリアが娼婦と同一視されるようになったというのは、いかにもグノーシスな仕事です。

グノーシスの文献で描かれるように、このマリアは秘儀を司る「聖なる娼婦」、つまり「神の子」の配偶者、女神です。

マグダラのマリアは、後世のグノーシス派キリスト教の文献において中心的な人物となりました。『救い主の対話』『ピスティス・ソフィア』『トマスによる福音書』『フィリポによる福音書』『マリアによる福音書』などがそれにあたります。

これらの文書たちは、マグダラのマリアを使徒として、またイエスに最も愛された弟子として、そしてイエスの最も秘められた教えを受け継いだ者として描いています。

https://diocesan.com/5-things-know-mary-magdalene/より転載。世界一有名なカップリング。

新約聖書を題材にしたドラマや映画は数多くありますが、最近ではイエスとマグダラのマリアのロマンスをあからさまに匂わせています。

娼婦にして女神、という設定は、たしかに魅力的です。ハリウッドの脚本術にも「キャラクターに欠点を持たせろ」とありますが、完璧な「女神」は共感を得られないものです。

不遇のお姫様、貧乏な女子高校生、美しき未亡人、と、例を挙げればいくらでも出てきます。不自由なくふつうに生活している美人より屈折しているぶん魅力的で関心を引きます。

さすがにグノーシスは「知って」いるのです。異端にやかましい正統キリスト教側も、思わず心が動いてしまいそうです(聖母マリアには最初から屈服していましたが)。

グラストンベリー・トー

イギリスと聖杯を結びつける伝説は、紀元後八世紀にはすでにはじまっていました。

マインツの大司教ラバヌス・マウルスは、著書『Life of Mary Magdalene(マグダラのマリアの生涯)』で、アリマタヤのヨセフがマグダラのマリア、ラザロ、サロメを伴ってイギリスに送られた、と記しています。

また話が逸れますが、このタイトルはいま出版されてもベストセラー入りしそうな響きがあります。

ヨセフはグラストンベリー・トーに聖杯を隠し、そこにイギリス初の礼拝堂を建てました。それがのちにグラストンベリー修道院に発展した、とのことです。

グラストンベリー・トー

グラストンベリー修道院はヘンリー八世の修道院解散によって閉鎖されましたが、抵抗した修道士が聖杯や聖遺物などをグラストンベリー・トーの地下洞窟に隠した、という伝説もあります。

地下の財宝といえば、テンプル騎士団です。

そして今回の話の流れから付け加えると、地下の財宝という設定は無数の映画やドラマやマンガやアニメに出てきます。囚われの姫なども同じ「財宝」です。

https://movieweb.com/indiana-jones-and-the-dial-of-destiny-reviews-show-future-of-franchise/より転載

グラストンベリー・トーは、UFOの目撃談や超常現象が発生したりなど、いろいろといわくつきの場所のようです。

アリマタヤのヨセフのイギリスに向かう旅の伝説は、最終的にウイリアム・ブレイクの有名な賛美歌『そして古代にあの足は(And did those feet in ancient time)』に集約されました。

このブレイクはこういう絵を描く人です。

『アルビオンは立ち上がった(歓びの日あるいはアルビオンの踊り)』(Glad Day or The Dance of Albion、1793年) 大英博物館蔵

ヨセフが聖杯を保管する責任を与えられたという伝説は、十二世紀末から十三世紀初頭にかけてのフランスの詩人、ロベール・ド・ボロンの仕事によるものでした。

このロベールは、はじめて聖杯伝説にキリスト教的側面を明確に与えた著者です。

ロベールによると、聖杯は最後の晩餐の杯であるだけでなく、磔刑のあとにキリストの血を採取するために使われた容器でもありました。

このNoteを読みつづけてきた方は、すぐにプラトンが浮かんだと思われます。

杯にまつわる話は枚挙に暇がなく、まさにオカルトの代表的なアイテムです。

聖杯は象徴的には、神の血を受ける杯であり、ミトラの密議の聖なる鉢のようなものです。

その後の『ペルレスヴォー』などのロマンスでは、ヨセフ自身が聖遺物を携えてイギリスに旅立ちます。

『ペルレスヴォー』については前回お伝えしたとおり、クレティアン・ド・トロワの『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』の続編を自称していましたが、ほかの版本や一般的なアーサー王物語とはかなりの相違が見られます。

ロベール・ド・ボロンに多くを学んだアーサー王物語『Lancelot-Grail Cycle(ランスロ=聖杯サイクル)』では、ヨセフではなく息子のヨセフスが重要人物として登場します。

https://animanch.com/archives/20503884.htmlより転載

これらの物語は、一三五〇年ごろに『Cronica Sive Antiquitates Glastoniensis Ecclesie(グラストンベリー教会の年代記または古代史)』を書いたグラストンベリーのジョンに触発されたものです。

この『クロニカ』によると、ヨセフはイギリスに到着した際、「聖杯」という言葉は使わなかったものの、キリストの血と汗が入った容器を持っていた、とのことです。

https://www.betemunah.org/kabbalah-gershom-scholem.pdf

「どうでもいい」「嘘に決まっている」を払拭してもらうためにあれこれ脇道に逸れましたが、「物語の力」が少しでも腑に落ちましたでしょうか。

次回はアーサー王その人です。

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謎の賢人 この記事はリサーチにかなりの時間を費やしています。有料にはしたくないので無料で公開していますが、チップをいただけましたら精神的にも励みになります。