64.ハザール人②
画像はウィキペディアから転載。
前回にひきつづき、世界を牛耳る偽ユダヤたちのルーツといわれるハザール人についてお伝えします。
シメオン族
ハザール人は、イスラエル十二氏族の一つ、シメオン族の末裔といわれています。
シメオン族はエドム人と同化していました。エドム人はエサウとカナン人の娘の末裔で、邪悪な血を引いています。
エドム人をルーツとするイドマヤ人は、ハスモン朝のヒルカノス一世に町を征服され、強制的にユダヤ教と割礼を押しつけられました。
その後、ユダの地に住む人たちは、ユダ人イドマヤ人その他をひっくるめ、「ユダの地に住むユダヤ教を信仰する人」という意味で「ユダヤ人」と呼ばれるようになりました。
エドム人は赤毛でした。中世のキリスト教徒は赤毛を忌み嫌い、「ユダヤ人」を赤毛で表現していました。ほとんどの「ユダヤ人」が黒髪だったのにもかかわらずです。

ユダヤ王国を支配したヘロデ一族は、イドマヤ人でした。エドム人の血を引く「赤いユダヤ人」です。
紀元前一二〇〇年ごろ、イスラエル部族はカナンの地を征服しました。
時の指導者ヨシュアは、シメオン族にカナンの南西の土地を与えました。この土地はユダ族の領地と西と南で接していました。

なのでシメオン族は、ユダと一緒にバビロン捕囚されてしまいました。
ウィキペディアはバビロン捕囚について、「ユダ王国のユダヤ人たちがバビロンを始めとしたバビロニア地方へ捕虜として連行され、移住させられた事件を指す」と記述していますが、ネブカドネザル二世はいうまでもなく、「ユダ族を捕囚しよう」などとこだわっていたわけではありません。
そして「ユダヤ人」たちはバビロンの地で、カルデアのマギとともに占星術を発展させ、のちのカバラの基礎を築きました。
念のためにお伝えしておくと、行方がわからなくなった失われた十氏族は、ルベン族、シメオン族、ダン族、ナフタリ族、ガド族、アシェル族、イッサカル族、ゼブルン族、マナセ族、エフライム族です。
失われていないユダ族の子孫は、創世記にあるように「世界」の支配者で、トロイの始祖でもあります。
杖はユダを離れず、立法者の杖はその足のあいだを離れることなく、シロの来るときまでに及ぶであろう。そしてもろもろの民はかれに従う。
ユダは、セムの子孫、メシアの系図です。イスラエル人のローマ帝国は、ヤペテの子孫であるアジアの白人たちを制し、地中海世界を統一しました。
創世記の九章にはこうあります。
神はヤペテを大いならしめ、セムの天幕にかれを住まわせられるように。カナンはそのしもべとなれ。
なので、のちのヨーロッパの王族は、ほとんどがトロイの子孫(ユダの子孫)です。
ただしほとんどが自称です。もちろん箔づけのためです。偉大なユリウスたちとつながれますし、メシアの系図は支配者であることを正当化してくれます。
繰り返しになりますが、現在世界を支配しているのも「ユダヤ人」(アシュケナージ・ユダヤ人)です。
ハザール人と同一視されるシメオン族は、先にお伝えしたようにエドム人と同化していたので、やはり「ユダヤ人」ということになります。
アシュケナージ・ユダヤ人の先祖はハザール人、という説は先にお伝えしました。
ハザール人は赤毛です。エドム人も赤毛です。
七〇年のエルサレム陥落まで、ユダヤ王国は邪悪なイドマヤ人のヘロデ一族に支配されていました。
ヘロデ王朝最後のユダヤ領主アグリッパ二世(二七年~)などは、ローマと一緒にエルサレムを陥落させ、ユダヤ戦争のために兵を貸したほどです。
そしてそもそも、ショボかったエルサレム第二神殿を再建したのはヘロデ大王です。
いい血を引く「ユダヤ人」、悪い血を引く「ユダヤ人」が一緒くたに、国を追われディアスポラ(離散)したわけです。アルメニアにも「ユダヤ人」がいましたので、コーカサス山脈を超えた「ユダヤ人」もいたことでしょう。
ハザール人の起源たち
アブド・アッラフマーン三世(八八九年~)の宮廷医でユダヤ教徒のハスダイ・イブン・シャプルート(九一五年~)は、ハザール帝国のヨセフ王と書簡を交わしました。現在『ハザール書簡』または『ヨセフ王への手紙』として残っているテキストです。
『ハザール書簡』の翻訳の一つによると、ハザール人はシメオン族の子孫だという伝承を持っている、とあります。
シメオンはヤコブ(イスラエル)とレアの子で、ユダの兄弟です。イスラエル人ではありますが、支配者の資格はありません。
「ユダヤ人」はインドのコーチンにもいました。
『コーチンの巻物』には、ハザール人の起源はシメオンとマナセ、とあります。
また巻物によると、シメオンとマナセの一部はカスピ海の西と東にあるハザール王国に定住し、ほかの十氏族は東に移住した、とのことです。
九世紀のユダヤ人旅行家、エルダド・ハ・ダニによると、ハザール人はシメオン族とマナセ族の残党でした。
そしてゼブルン族は、アルメニアからユーフラテス川までの土地を占めている、と説明しています。
ハザール人はアルメニア起源とされることもありました。七世紀のアルメニアの司教で歴史家のセベオス、十四世紀のアラブの地理学者ディマシュキが伝えています。
アルメニアといえば、伝統的に聖書のアシュケナズと関連していました。文献の中では、アルメニア人は自分たちを「アシュケナージ民族」と呼んでいました。
創世記の十章にはこうあります。
ゴメルの子孫はアシュケナズ、リパテ、トガルマ。
この流れだと、ハザール人はヤペテの子孫、スキタイ人に代表される白人、ということになります。アルメニア人も白人でした。

アルメニアの伝統によると、これらの住人はヴォルガ川の西にまで及んでいました。
『ハザール書簡』の別バージョンでは、ハザール帝国のルーツをたずねられたヨセフ王はこう返信しました。
わたしたちはヤペテの子孫であり、その子トガルマを通していることを知りなさい。
トガルマはトルコ人の子孫といわれています。現在アシュケナージ・ユダヤ人と呼ばれている人たちは、DNA的にはトルコ人です。
トルコ人というと浅黒い印象がありますが、当時あのあたりにいたのはほとんどが白人でした。
ユダヤ人は、アシュケナズをアルメニアと同一視することもあります。
さらに、近隣のアディアベネ、ハザリア、クリミア、サカーリバをカバーすることもあります。

サカーリバは、東ヨーロッパ人やアンダルス(イベリア半島)においては、ゲルマンとスラヴ人奴隷と傭兵を意味する言葉です。
十九世紀後半、カイロのベン・エズラ会堂の書庫から、ヘブライ語による古代ユダヤ教の文書が発見されました。
発見したのはユダヤ教学者のソロモン・シェヒターです。なのでシェヒター文書、またはケンブリッジで刊行されたのでケンブリッジ文書とも呼ばれます。
またこの文書は、匿名のハザールユダヤ人の書簡とも呼ばれます。
書簡によると、ユダヤ人は迫害から逃れるためにペルシャやアルメニアからハザリアに移住し、遊牧民であるハザール人と交わりました。
最終的にほぼ完全に同化したあと、サブリエルという強力な戦争指導者があらわれました。サブリエルはハザール人の支配者になりました。
サブリエルは偶然にも初期のユダヤ人入植者の子孫で、妻のセラクはサブリエルにユダヤ教を採用するよう説得し、サブリエルと民は従いました。
サンバティオン川
最盛期のハザール帝国は、ウクライナ、南ロシアからコーカサス、カザフスタンとウズベキスタンの西部からアラル海までの地域を支配していました。

現在のウクライナの首都は、キエフです。最近、なぜかキーウと呼ばなければならなくなりました。
キエフはハザール帝国西部の交易と行政の中心地で、紀元後八世紀はじめごろにハザール人によって築かれました。キエフという語は、ドニエプル川の「岸辺の地」を意味します。

エルダド・ハ・ダニは、失われた十支族はサンバティオン川にいた、と記しています。
中世のアラブ人地図学者、ムハンマド・アル=イドリースィー(一〇九九年ごろ~)は、サルメルの都市はドン川であるアル・サブト(サンバト)川に位置していた、と語っています。
東ローマ皇帝コンスタンティノス七世ポルフュロゲネトスは、キエフを「サンバタス」と呼んでいました。
サンバティオン川は、サバト川(安息日川)とも呼ばれます。
ユダヤの伝説では、サンバティオン川は、失われた十氏族を既知の世界から隔てる、しばしば通過不可能な恐ろしい障壁として描かれています。
名前のとおり、サンバティオン川は安息日的な動きをします。ものすごい力で石を運んでくるくらいの激流なのですが、安息日には休みました。ですがユダヤ教の人は安息日に旅をしてはいけないので、やはり渡れません。
そしてドニエプル川を渡ると、東欧です。東欧ユダヤ人はおなじみの、迫害されてきたあの「ユダヤ人」たちです。
ハザール人はキエフからドニエプル川を支配し、スラブ人から貢物を徴収していましたが、八八〇年あたりに支配力が急に弱まりはじめました。
ノヴゴロドのオレグ(九一二年ごろ~)は、キエフの支配者アスコルドとジールから支配権を奪い、キエフ・ルーシ(キエフ大公国)の礎を築きました。
キエフ・ルーシは、東スラヴ人とフィンランド人の緩やかな連合体で、スヴャトスラフ一世(九四七年~)の統治時、ビザンティンとの裏切り合戦のすえにハザール帝国に侵入し、九六七年、首都のイティルを破壊しました。
イディッシュ語
コーカサス、ハザールのユダヤ人の存在は、紀元前にはすでに記録されていました。
グレコローマとメソポタミアの「ユダヤ人」のハザールへの移住は、シルクロードでの交易の増加、ローマでのユダ族の衰退、そしてキリスト教とイスラム教の台頭でさらに強化されました。
地理的個体群構成 (GPS)は、DNAデータを祖先がいた場所に変換するアルゴリズムです。
このアルゴリズムは、イディッシュ語話者の起源をトルコの四つの村に特定しました。
イディッシュ語は、中欧・東欧のアシュケナージ・ユダヤ人のあいだで話されている言語です。
テュルク(トルコ)系民族のハザール人がイディッシュ語話者の祖先だとすると、起源がトルコの村に特定されたというのはあり得る話です。
Genome Biology and Evolution誌に発表されたこの研究は、イディッシュ語はシルクロードで交易していたユダヤ人の発明だったことを示しています。

この研究の著者たちはこのようにいっています。
われわれの発見は、イディッシュ語が、ドイツ、北アフリカ、中国を結ぶシルクロードを往来するスラヴ・イラン系ユダヤ商人によってつくられたことを示唆しています。
GPSによって特定された古代の村々は、シルクロードの収束地点に近く、イスケナズ、エスケナズ、アシャナズ、アシュクズと名づけられています。
いうまでもなく、アシュケナズ、アシュケナージ・ユダヤと関連しています。
われわれの発見は、イディッシュ語の起源がイラン語、トルコ語、スラヴ語であり、なぜイディッシュ語に二五一の売買の単語があるのかを説明するものです。
イディッシュ語はユダヤ語とも呼ばれます。イラン、トルコ、スラヴが起源なのにです。
そして東欧の「ユダヤ人」、現在のアシュケナージ・ユダヤ人へとつながっていきます。
二重政府
ハザリアの支配階級エリートにユダヤ教が浸透したのは九世紀のはじめでした。
七三〇年、ハザールの王ブランはユダヤ教を国教として取り入れました。
ブランの息子オバディアは、エリートたちにタルムードを強要しました。ですがすべての地方の学校では、ユダヤ教の基本的な信仰を教えていました。
そしてブランの一族、つまり「ユダヤ人」が、カガン(ハザールの君主号)の影に隠れる二重政府がつくられました。
「ユダヤ人」は、ドニエプル川やヴォルガ川下流の交易だけでなく、大シルクロードのキャラバンルートからも通行料を徴収していたので、ユダヤ教は勝利を収めました。
ハザール帝国はキエフ、ウクライナを含んでいましたが、現在のウクライナでも、最も裕福なオリガルヒの上位十五人が「ユダヤ人」です。

オリガルヒとは、ウクライナやロシアなどが資本主義化する過程で生まれた新興財閥のことです。
この人たちは、自分たちのあいだで「カガン」と呼ばれるリーダーを中心とした団体を形成しているといわれています。
つまりウクライナ(キエフ)には、ハザールと同じように「ユダヤ人」が支配する秘密政府が存在しているのです。
ジョンズ・ホプキンス公衆衛生大学院の遺伝学者、エラン・エルハイク博士によると、十三世紀、ハザールが崩壊したのちユダヤ系ハザール人は東ヨーロッパに逃れ、のちに中央ヨーロッパに移り、近隣の住民と混血しました。
このNoteではしつこく「ユダヤ人」を追いかけてきましたが、通しで読まれた方は「ユダヤ人」の印象がだいぶ変わったのではないでしょうか。
ユダヤ教を信じる人もユダヤ人、高利貸しや詐欺などで追放された人もユダヤ人、キリスト教徒の子供を誘拐して生贄に捧げて血を飲む人もユダヤ人です。
伝統的には「ユダヤ人」という人たちはそもそも存在していないのですが、この人たちをひっくるめて「ユダヤ人」としか呼べない現実があります。
ほとんどの人は、イデオロギーとしての「ユダヤ人」、つまり迫害されつづけながらも信仰を守り、メシアの到来を待ち望むかわいそうな流浪の民、としてしか認識していません。
そして長大な歴史があるので、パレスチナ人を追い出す資格があります。ガザを爆撃して子供を殺しても、歴史があるので仕方がない、ということになっています。
また、エリートのほとんどがユダヤ人なのは、それだけたくましい民族だから、とされています。「人種」と宗教の問題なので、それ以上踏み入るのは危険です。理屈は合っているような気がするので、とりあえず納得して終わりにします。
陰謀論者やまじめな研究者、宗教家はそれに対応し、邪悪なサタニストユダヤ人、カバリストユダヤ人を持ち出して「真実」を暴きます。
ここまでお伝えしてきたことを考慮すると、大変ややこしい問題だとわかります。少なくとも白か黒かでは片づけられません。
アシュケナージ・ユダヤ人は、繰り返しになりますが、DNA的にはトルコ人です。
イスラエルを樹立し統治してきた人たち、世界を牛耳っている人たちはハザール人なのかもしれませんが、エリートのアシュケナージ・ユダヤ人は、ここでお伝えした以上の歴史を知っています。
つまり、自分たちが「ユダヤ人」ではないかもしれないことを知っているのです。正確にいうと、ハザール人ではなく「ユダヤ人」だったとしても、エドム人(イドマヤ人)やカナン人かもしれないのです。
そして「ユダヤ人」は歴史的に、ユダの人のみを指す言葉ではありませんでした。本来であれば「ユダヤ系」は使ってはいけない言葉です。あまりにあやふやな定義、真逆の要素も含む定義だからです。
ですがメディアは、「ユダヤ人」をユダヤ人としてしか伝えません。これだけ複雑な歴史があるのにろくな説明もなくユダヤユダヤと連呼するのは、なにかを意図したプロパガンダ、と勘ぐられても仕方がないでしょう。
なので世界を牛耳るエリートのアシュケナージ・ユダヤ人は、充分に欺瞞的であり、少なくとも非難される「資格」があります。
子供の肉を食べていないとしてもです。
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