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33.天使のルーツ①

画像は以下のサイトから転載。

前回は、イエスや洗礼者ヨハネが属していたのではと一部でいわれる神秘主義団体の一派、エッセネ派についてお伝えしました。


黙示文学

帝政ローマ期の著述家ヨセフス(三七年~)によると、エッセネ派は終末論的なテキストを所有していたため、多くの学者たちによってカバラの創始者だとみなされていました。

『ユダヤ百科事典』によれば、カバラの核となる要素を含んでいたのは、紀元前二世紀と一世紀の「黙示文学」でした。


「黙示」は英語のアポカリプスの訳語です。アポカリプスは、天啓、啓示、またはヨハネの黙示録そのものを指す場合もあります。つまり選ばれし預言者に神が与えた言葉のことです。

アポカリプスの語源はギリシャ語のアポカリプシスです。アポカリプシスには、暴露ヴェールを剥がす、という意味が含まれています。

最初の黙示文学は、紀元前三世紀から二世紀にかけて、パレスチナで書かれました。

黙示文学の内容は、具体的な終末論です。

現在は悪が支配する苦しい時代ですが、やがて神や絶対者が登場し、悪の時代は終わりを迎えます。そして最後の審判が行われ、信じる者は救われます。おなじみの設定です。

悪の終焉から絶対者の復活、というある種の脅迫は、日の入りから日の出、という一日のサイクルを思わせます。

また、「太陽の死期が近づいている、生贄を捧げなければならない」という脅迫における冬から春への占星術的サイクルも、黙示文学に影響を与えています。

いわゆるクリスチャンが現在も信じる終末論、千年王国という概念は、紀元前二世紀という比較的新しい時代に生まれました。ヘレニズムという時代に、神から啓示を授かる預言者の書がやたらと出てきたのです。

終末の世は、当時から近かったのです。

The Last Judgment by John Martin (1854) 天使がラッパを持っています。

終末論的な千年王国説では、千年王国の前にイエス・キリストが再臨します。そしてキリスト自らが千年王国を建設します。これを前千年王国説といいます。

ウィキペディアは、前千年王国説を以下のように説明しています。

前千年紀説をとる者の多くは、次のように考える。以下は艱難前携挙説の説明である。「まずキリストが空中に再臨し、クリスチャンを空中にひきあげ(携挙)、その後大きな困難が地上を襲う(艱難時代と呼ばれる)。艱難期の最後にハルマゲドンの戦いが起こり、そのときキリストは地上に再臨し、サタンと地獄へ行くべき人間を滅ぼし、地上に神が直接統治する王国を建国する。千年が終わった後に新しい天と地(天国)が始まる。」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E5%B9%B4%E7%8E%8B%E5%9B%BD

携挙についてはこう説明しています。

まず神のすべての聖徒の霊が、復活の体を与えられ、霊と体が結び合わされ、最初のよみがえりを経験し、主と会う。次に地上にあるすべての真のクリスチャンが空中で主と会い、不死の体を与えられ、体のよみがえりを経験する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%90%BA%E6%8C%99

携挙説は近年のでっち上げで、しかも悪意あるでっち上げです。だいたいこれだと引き上げられたクリスチャンはイエスに会えますが、イエスと一緒に地上で暮らせません。それとも都合よく行ったり来たりできるのでしょうか。

「秘密の携挙」は、ジョン・ネルソン・ダービーという悪魔崇拝者が創始した教義です。

ジョン・ネルソン・ダービー

キリスト教における「預言書」の一つ、ダニエル書の九章にはこうあります。

そしてかれ(キリスト)は一週(七年)のあいだ、多くの者と契約を結ぶでしょう。

https://www.biblegateway.com/passage/?search=Daniel%209&version=KJV

ダニエル書には、ガブリエルという天使が登場します。ミカエルの名前も出てきます。天使が明確な個性を持つ唯一の聖書です。

(ダニエル書の)最後に、それぞれの国には天使の守護者がいて、その行動と運命はその国のものと結びついているという考え方がはじめて登場する。ペルシャとギリシャの守護者、イスラエルの擁護者、ミカエル(この概念についてはイザ.24:2を参照)について言及されている。

https://www.jewishvirtuallibrary.org/angels-and-angelology-2

黙示文学の多くはダニエル書を手本とし、模倣して書かれたものです。

危機の時代

ヘレニズム時代は、現代にも通じる多文化交流の時代です。一見よさげです。

終末論における善と悪の対立という要素は、(偽)ゾロアスター教から来ています。プラトンの『エルの神話』にも最後の審判のような設定が見られました。バビロニアの創世神話のイメージも借用しています。まさに多文化交流です。

ヘレニズム時代(時代区分ではなくヘレニズム文化の時代)は、自分たちの宗教(ユダヤ教)を守るのが難しい時代でした。ギリシャ、ローマ、エジプト、小アジア、ペルシャ、イラン、インドとさまざまな宗教、哲学、神話などの情報であふれかえり、簡単に魅力に屈することができました。

そしてユダヤ人たちは、セレウコス朝やローマなどとの「政治」にも巻き込まれていました。戦争、迫害、都市の腐敗、税金など、暗い世情でした。

なので宗教指導者としては、教義的にも政治的にも、折り合いをつけて生きていかなければなりません。

そのような状況でしたので、シンクレティズム、融合を強制されている時代だったともいえます。現代も同じです。「コンビニの店員が外人ばかりになってきた」などというと人種差別主義者のレッテルを貼られます。

ヘレニズム時代や現代のような「開かれた」世界は、逆に民族や国をアイデンティティーの崩壊へと導きます。そして自分たちは何者なのか、どこに行くのか、という問いが生まれます。

終末論はニーズがあったわけです。暗い時代にはいつでもニーズがあります。ニーズがあるなら、あえて用意することもできます。

ジョン・ネルソン・ダービーの携挙説を広めたのは、サイラス・スコフィールドという詐欺師でした。もちろんバックには、陰謀論者にはおなじみの面々がついていました。

サイラス・スコフィールド

天使の機能

ユダヤ王国の王、ヘロデ大王(紀元前七三年ごろ~)は、ユダヤ人に忠誠を強制したのですが、エッセネ派は免除しました。

マラキムというエッセネ派の一人が、子供時代のヘロデにひれ伏したという逸話があります。自分は何者でもないとヘロデが言うと、マラキムは、いまはそうかもしれないがいずれ王になる、と予言しました。

予言が当たるのであれば、特別扱いも当然です。

黙示文学はエッセネ派が書いたとされています。第四エズラ書と呼ばれる聖書外典にはこうあります。

そして、わたしの口は開かれ、もう閉じなかった。
いと高き方は五人の者に悟りを与え、かれらは自分たちの知らない夜のすばらしい幻を書いた。
わたしはどうであったか。わたしは昼に語り、夜は口をつぐまなかった。
かれらは四十日のあいだに二〇四冊の書を書いた。
四十日が満ちると、いと高き御方は告げて言われた。「あなたが書いた最初のものは、立派な者もそうでない者も読むことができるように、公然と公表しなさい。
しかし、七十の最後のものは、あなたが民のうちで知恵のある者にだけ渡すために、取っておきなさい。
かれらのうちに、悟りの泉、知恵の泉、知識の小川があるからである。
わたしはそうした。

https://www.tparents.org/Library/Unification/Books/KingJames/Kjap/4-Ezra.htm

秘儀と同じ理屈で、秘密にされると知りたくなります。エッセネ派はフリーメーソンのような秘儀集団でした。

黙示文学は、カバラの核となる要素を含んでいたというだけあり、象徴的、暗号的でした。この世の運命や未来について、これまで知られていなかった秘密を解き明かす、としばしば主張されています。ヴェールを剥がす(アポカリプシス)わけです。

聖書の予言はたいてい神から直接語りかけられるのですが、黙示文学では天使という仲介者を挟んで語りかけられます。

そして黙示文学の天使は、具体的な姿を取っています。名前もあります。のちの絵画や現在のアニメなどで見られるイメージは、ここからはじまりました。

人気が出るのもうなずけますが……。

黙示文学は大いに盛り上がり、多言語にも訳されるほど流行しました。聖書から黙示文学への流れは、乱暴なたとえですが、まじめな(?)ギャグマンガだった『キン肉マン』が勧善懲悪バトルものに変わったようなものです。

天使は、ギリシャ神話の神々の影響を受けて「創作」されたものと考えられます。

『天使ラジエルの書』は、中世のカバラ的魔術の手引書です。ギリシャ語魔術パピルス『セフェル・ハ=ラジム』(秘密の書)に多くを負っています。

規範的なユダヤ教では天使崇拝の痕跡は残っていないが、セフェル・ハ=ラジムでは天使は魔術の目的に使われているようである。ワインや血の入ったフラスコで呪文を唱えたり、香を焚いたり、生贄を捧げたり、その他の方法で天使や星や月に影響を与えるための公式が、セフェル・ハ=ラジムにはすべて登場する。同様に、天使の名前も、ギリシャ神話の神々の名前や呪文のフレーズと組み合わせると、呪文を唱えるのに有効であった。

https://www.jewishvirtuallibrary.org/angels-and-angelology-2

『天使ラジエルの書』は、以下のような内容です。

ラジエルは、楽園を追放されたアダムを哀れみ、書物をアダムに与えました。ほかの天使は嫉妬し、書物を取り上げ、海に投げ捨てます。

その後神の計らいによって書物はアダムの元に戻ってきます。そして書物はのちの代のエノクに託されました。

書物はエノクにエノク書を書かせる知識を与えました。そしてエノクは死ぬことなく天界に引き上げられました。

エノク書は、エッセネ派が書いた黙示文学の一つです。エノクが書いたものとされていましたが、嘘でした。

よって『天使ラジエルの書』も嘘です。正確にいうと、嘘を信じて書いたか、嘘だとわかっていながら嘘を書いたか、です。

今回は歴史的にダイナミックに前後させましたが、天使の機能の一つは「わかりやすさ」といえます。

そしてエッセネ派が隠していた「七十の最後のもの」には、恐るべき秘密が隠されているのでしょう。

「美しいものには棘がある」などという叡智です。「アニメを見過ぎるとバカになる」ともいえます。

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謎の賢人 この記事はリサーチにかなりの時間を費やしています。有料にはしたくないので無料で公開していますが、チップをいただけましたら精神的にも励みになります。