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【エッセイ】第5回 もう一度、挑戦する|前提がほどける場所で── インドで子育てをして知ったこと

第5回|もう一度挑戦する


1|再び立候補したい

9年生の選挙から1年ほどが過ぎた頃だった。息子と娘が、またしても生徒会役員(スチューデント・カウンシル・オフィサー)選挙に立候補したいと言い出した。

それも、息子はヘッド・ボーイ(男子生徒代表)に、娘はゲームズ・キャプテン(学校行事生徒代表)に挑戦したいという。

私は耳を疑った。9年生の選挙では、2人はネガティヴ・キャンペーンの中で落選した。あれほど辛い思いをしたのだから、もう同じことに挑戦したいとは思わないだろうと考えていたからだった。

私は率直に聞いた。また同じことを言われるかもしれない。去年と同じ選挙になるかもしれない。それでも挑戦したいのか、と。

しかし息子と娘の答えは迷いのないものだった。

2. 1年の間に起きていた変化

9年生の時は、自分たちのアピールが足りなかっただけだと2人は言った。ネガティヴ・キャンペーンがあったことも事実だが、それだけが理由ではないと考えていた。

それからの1年、2人は学校生活の中で様々なことに取り組んできた。勉強だけではなく、スポーツやダンス、ハウス活動でも中心となって動くようになっていた。イベントや大会の準備でも自然に仲間をまとめる立場に立つことが増え、クラスメートやハウスメートとの関係も広がっていった。

私はその変化を日常の中で感じてはいたが、2人の口から改めて聞き、はっとさせられた。前年の選挙が終わったあとも、息子と娘は学校生活の中で自分たちにできることを考え続けていたのだった。

9年生の選挙のことは、私の中ではなかなか整理がつかなかった。あの時のネガティヴ・キャンペーンは、単なる選挙戦略以上の意味を持っているように感じられていたからである。

息子と娘は、日本人であると同時にインディアン・オリジンでもある。父親はインド人であり、インドの文化の中で生活し、友人たちと同じ学校で学び、同じ行事を経験してきた。

しかし息子と娘にとっても、この問いは決して軽いものではなかった。自分は何者なのか。どこに属しているのか。日本人なのか、インド人なのか。ハーフなのか、ダブルなのか。

日本人の母親のもとに日本で生まれ育ちながら、父親はインド人であり、小学生からはインドの社会の中で生活してきた。それは2人にとって、自分の存在そのものに関わる問いだった。

9年生の選挙の時に投げかけられた「日本人だから」という言葉は、その問いを正面から突きつける出来事だった。

それでも2人は、その問いから逃げることはなかった。学校生活の中で仲間たちと向き合い、同じ場所で努力を重ね、同じ目標に向かって進む。その積み重ねの中で、自分たちの居場所を確かめようとしていたのだと思う。

3|やらなければ何も得られない

2人はこう言った。

「もしまた落ちても、失うものは何もない。」

「でも、やらなければ何も得られない。」

その言葉には迷いがなかった。

私は、9年生の時とは違うものを感じていた。あの時は挑戦そのものへの期待が先に立っていた。しかし今回は、経験を踏まえたうえでの決意だった。

私はしばらく考えた末、2人の挑戦を応援することにした。

4|選挙戦

それからの2週間、学校は完全に選挙の空気に包まれていた。

前年同様、立候補者たちは各学年の教室を回り、短いスピーチをしながら支持を訴えた。廊下や階段、ロビーでもキャンペーンの声が響き、休み時間になると生徒たちの間で選挙の話題が飛び交っていた。

息子と娘の周りにも、自然と仲間が集まっていた。ポスターを書く係、破られたポスターを直す係、教室を回る係、ロビーや階段でキャンペーンをする係など、それぞれの役割を分担しながら活動が進められていった。

朝学校に行くと、息子と娘のポスターが破られていることもあった。しかし2人は怒る様子もなく、新しいポスターを貼り直していた。

その年も、ヤダヴくんによるネガティヴ・キャンペーンは行われていた。

しかし息子と娘は、誰の悪口も言わなかった。

むしろ2人はこう言っていた。

「私たちはネガティヴなことは言いません。なぜなら私たちはポジティヴだからです。」

「ネガティヴなことを言う時間があるなら、その時間で私たちが皆さんのために何ができるかを伝えたいです。」

ポスターが破られても貼り直し、教室を回り、支持をお願いし続けた。前年とは違い、2人の態度には落ち着きがあった。

5|結果

投票日当日、全校集会が開かれた。立候補者たちは壇上に立ち、最後のスピーチを行った。

息子と娘の順番が近づくにつれて、私は胸の奥が熱くなるのを感じていた。9年生の選挙から1年。2人は確実に成長していた。

そして即日開票の結果が発表された。

息子と娘は、2人とも大差で当選した。

ムンバイのアッパークラス現地校で、日本人の子どもたちがヘッド・ボーイとゲームズ・キャプテンに選ばれた瞬間だった。

私はこの結果に心から驚き、そして深く感動した。

9年生の選挙の時、私は子どもたちの居場所を心配していた。しかし1年後、息子と娘は自分たちの場所を、自分たちの力で切り拓いていた。



【連載一覧】
第1回 日本の子育ての前提が崩れた日 

第2回 答えを教えない学校

第3回 任せたつもりの場所で

第4回 親が守れない場所

第5回 もう一度、挑戦する
第6回 前提がほどける場所で


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