【エッセイ】第3回 任せたつもりの場所で|前提がほどける場所で── インドで子育てをして知ったこと
第3回|任せたつもりの場所で
1|話を最後まで聞く
子どもたちが学校から帰ってくると、その日の出来事をよく話してくれた。
授業でどんなことがあったのか。友達がどんな発言をしたのか。先生がどう反応したのか。ときに長くなり、細かな場面まで思い出して語ることもあった。
私はその話を、途中で遮らないようにしていた。家族として暮らす中で、その日に起きたことを語り合う時間は、ごく自然に続いていた。
ある日、そのいつもの会話の中で、私はふと立ち止まった。
内容そのものは特別な出来事ではない。学校の中で起きた、ごく普通のやりとりだった。
しかし聞いているうちに、私は初めて「ここで親はどこまで関わるべきなのか」と考えた。
それまでにも似たような場面はあったはずだった。
しかしこのときは、はっきりと判断を迫られているように感じられた。
話の内容は、小さな意見の違いだった。
クラスの中で起きた、ほんの短いやり取り。誰かが何かを言い、それに別の子どもが反応した。
しかしその話し方には、どこか迷いのようなものが混じっていた。
どう振る舞うのがよかったのか。何を言うべきだったのか。子ども自身も迷いながら言葉を選んでいるようだった。
私はその話を最後まで聞きながら、頭の中でいくつかの言葉を思い浮かべた。
何か言葉を添えるべきだろうか。そう思いながら、少し迷った。
子どもたちが助言を求めれば、私はいつも自分なりの考えを伝えてきた。
ただし、それを答えとして押しつけることはしたくなかった。
子どもたちの立場に立って状況を見つめ、どこに視点を置けばいいのか、どう受け止めればいいのか。その手がかりになる言葉を渡す。それが親としての役割だと思っていたからだ。
日頃からよく話をする家族だった。
互いの考えを聞き、尊重し合いながら暮らしてきた。
だからこそ私は、自分に問い直していた。
それは本当に子どもたちのための助言なのか。
それとも、親として安心したいだけなのか。
2|任せたつもりだった
インドでの生活が始まってから、私はできるだけ子どもたちの学校生活に口を出さないようにしていた。自分で判断し、自分で動く経験が、この環境では大切にされていると感じていたからだった。
日本で身につけてきた感覚では、親がある程度道筋を示すことは自然だった。
宿題の進め方や時間の使い方、友達との関係の作り方まで、必要に応じて助言することは珍しいことではなかった。
しかしインドでは、その距離感が少し違っていた。
子どもたち自身が判断する場面が、日本にいた頃よりもずっと多かった。先生もすぐに結論を示すわけではなく、生徒自身が答えを探る過程を重視しているように見えた。
授業の中でも、子どもたちはよく意見を言っていた。
先生の問いかけに対して手を挙げて答えるだけではない。自分の考えを説明し、別の意見を持つ友達と議論する場面も珍しくなかった。
家庭でも同じだった。
クラスの出来事について、子どもたちは自分の考えをはっきり言葉にしていた。
私はその様子を見ながら、先回りして整えることを控えようとしていた。
任せてみよう、そう思っていた。
しかし実際の場面では、その判断は思っていたより簡単ではなかった。
3|任せると放っておくの境界
任せることと、放っておくことは違う。そのことは頭では分かっていた。
しかし実際には、その境界は思っていたより曖昧だった。
子どもたちの話を聞いていると、つい一言添えたくなる瞬間があった。
言葉を整えることは難しいことではない。
ほんの一言添えるだけで、子どもたちの行動は変わるだろう。
しかしその一言が、子どもたち自身の判断を先回りして決めてしまう可能性もある。
私はそのことを、何度も自問した。
日本で育ってきた感覚では、親が見守っているという安心感はとても大きかった。子どもの行動を把握し、必要に応じて軌道を整える。それは親の責任の一部でもあると思っていたからだ。
しかしインドでは、子どもたちが自分の言葉で状況を説明し、自分の判断で行動する場面が多かった。
その姿を見ていると、親がどこまで関わるべきなのか、以前よりも分からなくなることがあった。
4|正解が共有されない場所
先生の考え方も、家庭教師の姿勢も、周囲の親たちの関わり方も、それぞれ少しずつ違っていた。
インドでは、塾に通うだけではなく家庭教師をつける家庭も多かった。
勉強の進め方についても、親が強く関わる場合もあれば、子どもに任せている家庭もあった。
どれが正しいという共通の形があるわけではない。
それぞれの家庭が、それぞれの判断で子どもに関わっているように見えた。
「こうするべきだ」という形が最初から用意されているわけではない。
その中で、私は何度も立ち止まった。
何が正しいのか分からないまま、判断だけが求められる。
子どもが経験することを尊重するべきなのか。それとも、親として何かを示すべきなのか。
その線を引くことは、思っていたより難しかった。
そしてもう一つ気づいたことがあった。
周囲の大人たちは、必ずしも同じ答えを持っているわけではないということだった。
それでも互いの考えを否定するわけではない。
それぞれの家庭が、それぞれの判断で子どもに関わり、その違いを自然に認め合っているように見えた。
その姿を見ながら、私は自分の判断を自分で引き受けるしかないのだと、少しずつ理解していった。
5|まだ答えは出なかった
その頃の私は、まだ答えを持っていなかった。
任せると決めても、不安が消えるわけではなかった。
口を出せば、また別の迷いが生まれた。
しかし子どもたちは、少しずつ自分のやり方を見つけていった。
うまくいくこともあれば、思い通りにならないこともある。その経験の中で、自分なりの判断を重ねていった。
私はその様子を見ながら、一つの問いを抱え続けていた。
子どもを信じるとは、どういうことなのか。
その答えは、このあと起きた出来事によって、もう一度強く考え直すことになる。
【連載一覧】
第1回 日本の子育ての前提が崩れた日 https://note.com/islalima/n/n04d6f8b6d06e
第2回 答えを教えない学校
第3回 任せたつもりの場所で
第4回 親が守れない場所
第5回 もう一度、挑戦する
第6回 前提がほどける場所で
