これからの地域の姿を考える・・・地域が担うべき事とは?
時代の進展とともに、モノが豊かになり、何でも揃います。
集団性を重んじることは無くなり、個人の自由を求める時代となっています。
玄関を出れば、仕事や学校、そして自分の好きな行動をとるのみで、隣りの人が誰なのか、知らなくても過ごせる世の中です。
住民自身で地域を支える自治会(町内会)は任意であるが故に、未加入者・脱会者が年々増えて、ついには60%となったそうです。
幼い子どもを預ける保護者による、PTA組織でさえ、北九州市ではコロナ禍に、「任意にせよ」と強制的に旗を振られて、どこもかしこも壊滅状態です。
災害が起こると潜在していた課題が噴出すると、よく言われます。
コロナがそうでした。
地域コミュニティが希薄になっている。地域活動の担い手が高齢化・限定化している課題がありました。
コロナの会わない、出ない、各種行事の中止の波は一気に襲いまして、
各地の地域活動もミニマムなものになっているのも実情です。
お祭りをはじめとした地域の伝統行事も、しなきゃしないでも、誰に迷惑がかかるわけでもなく、衰退・縮小・廃止。
町内会など、地域の寄り合いも、定例的に開催していたものが、顔を合わさなくてもできることがわかり、人が繋がる機会がなくなりました。
それでも、子ども達はすくすく育ち、地域の見守り活動やパトロール活動も、してもしなくても、犯罪や事故などの増減を感じることはないので、一気に消滅しました。
前述のとおり、学校に行かなくて良い、先生の負担軽減、法的な争いの未然防止などの理由でPTAも姿を変えました。保護者世代が地域と繋がる接点は、今はもうありません。
自治会(町内会)の加入率が表面的にわかりやすいように、いま、
『地域コミュニティ』の姿が課題視されています。
でも、
時代とともに、ニーズは変わっていくはずです。
地域が担うべき役割や、取組みたい事柄って何なんでしょう?
現状の課題が多過ぎて、未来志向がなかなか見えてきませんが、
少しでも、未来を見つめ、未来のために、いま、考えて、一歩ずつ歩みを進めなければならないんだろうと思います。
地域における、機能や役割はもちろんですが、
まずは、『人』ですよね。
人の繋がりがあるからこそ、地域・エリアなわけです。
人が繋がる必然性は、たしかに薄れてきていると思います。
必要性はどうかというと、人によって価値観は違うんでしょう。
筆頭にあげられるのは、安全・安心、防犯・防災でしょう。
何かあったときには、近くにいる人が頼りです。
地域で目を光らせていると犯罪抑止になります。
地域で声を掛け合うと命を守る行動ができます。
福祉についても、地域が担っている点が大きいですよね。
一番大変そうなのは、民生委員の皆さんの活動です。
ひとり暮らしの高齢者がすんごく増えています。訪問活動も大変です。
町内会から福祉協力員を出してきたところは、なかなか成り手がいません。民生委員は完全ボランタリー。渡される権限が重たく、義務的な活動が多いのも実情です。
見守り活動は、もっとローカルなところでもたくさん行われています。
ゴミを出す支援や、ちょっとしたお手伝い、声掛け。
シニアの皆さんが、家に閉じこもってテレビばかり見るんじゃなくて、各種イベントを企画されたりしています。
誰しもが、キレイなまちに住んでいたいです。
ゴミ収集所は、町内会が担ってキレイにしてくださっています。
マンションは管理会社が行っているところが多いですね。テキトーにゴミを捨てるもんだから、カラスなどに食い散らかされて、道路までゴミが散乱しています。でも、管理会社がすぐに来るわけでもなく、ご近所の人が掃除をしてくれていたりします。
公園をはじめとした、公共的な場所の清掃も地域で担っているところが多いです。
公園の草が伸びたら、公園愛護会の皆さんが清掃してくださっています。愛護会の無い公園は、行政直営で業者を発注しますが、コスト的にはとんでもない差があるでしょう。
地域で育っていく子どもたち。
子ども達に何かあってはいけないと、子育てを随分前に卒業された方々が見守り活動をしてくださっています。何か起こってからではいけません。
親元を遠く離れて、子どもを生み育てているママ・パパ。人間は他の動物と違って、本能だけで子どもを育てることができません。先輩達の知恵を教えてもらったり、手を借りたりして育てていきたいです。
『新しい公共』の議論、ぼくは好きでしたが、アッという間に過ぎ去っていきました。
『公』と『共』。
どうあるべきなのでしょうか。
ぼくは、常々、『共』の存在が重要と、いろんなところでお話をさせていただいています。
自分自身が『公』で仕事をしている(行政)なかで、手の届かないところがたくさんあります。
『認定NPO法人好きっちゃ北九州』での活動だって、
PTAの活動だって、
校区のまちづくり協議会の活動だって、
町内の組長の活動だって、
子ども達のバスケだって、
行政や民間が担いきれるものではないです。
テリトリーの問題はあると思います。
少子化をはじめとした、子育ての課題において、お金という手段での解決ばかりをしていこうとしていますが、はたしてそうなのでしょうか?
福祉の分野においても、行政が完全に解決することができるのでしょうか?
地域の方々が、ボランタリーに心を寄せ合い、心身ともに捧げてくださり、地域の隙間が埋められていきます。
地域のネットワークのなかで、住民が救われています。
ウチの町内会は、校区自治区会から随分前に脱会しており、活動はミニマムなものです。
敬老会は無いし、もちろん子ども会も無いです。
お祭りも無ければ、寄り合いもありません。
町内で動員がかかることはないし、回覧板ももう何年も見ていません。
こんなぼくでも、今年度、組長になって、初めて会話をした人がたくさんいました。
防犯灯は、皆さんの町内会費で維持しています。
それだけでは財源が足りないので、古紙回収の案内を毎月貼りにいきます。
ゴミの捨て方が悪い課題がありました。今度対応しようと思っています。
近くのマクドナルドで怖い事件がありました。
日頃からあいさつできる関係性をつくっていきたいと思います。
これから出水期に入ります。近くには大きな川があります。
二階のない家の人はとっても心配です。
地域が担っていくべきこと。
どんなことなのでしょう?
全部、直営で行政がしてくれれば良いですけど・・・?
全部、サービス業に転嫁させて、仕事にしてくれる人、利用料を払ってくれる人がたくさんいれば良いですけど・・・?
はぁ。
どうしましょ。
今日もご覧いただきありがとうございます。
貴重な時間のなか、この記事をご覧くださってありがとうございます。
冒頭の美しい「れんげ」の写真は、yamamotravel|noteさんの作品を使用させていただいています。ありがとうございます。
これまでの記事をいくつか貼っておきますね。
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