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訓練生108日目:毎日noteを書く理由が、288日続けてようやくわかってきた

noteを毎日書き始めて、288日になった。

始めた頃は「続くかな」と思っていた。正直、3日坊主の可能性もあった。でも気づけば288日。今日も書いています。

なぜ続いているのか。最近ようやく、その理由がわかってきた。

当たり前だけど、自分の変化の記録になっている。

退職した日のこと、移住したこと、訓練が始まったこと、初めてHTMLを書いたこと、ドローンの資格に申し込んだこと。全部、noteに残っている。読み返すと、数ヶ月前の自分がどれだけ不安だったか、何に悩んでいたかが書いてある。そして今の自分は、あの頃の自分とは確実に違う場所にいる。

その変化は、書いていなかったら気づけなかった。

毎日はたいして変わらない。昨日と今日の違いなんて、ほとんどない。でも、1日目と288日目を比べたら、全然違う人間になっている。noteはその刻みを見せてくれる。自分で刻んでいることをただ残している。ドラクエのステータス画面みたいなものだ。毎日コツコツ経験値を積んでいたら、いつの間にかレベルが上がっていた、という感覚に近い。

もうひとつ変わったことがある。

ネタ探しが日常になった。

散歩していても、課題をやっていても、ご飯を食べていても、「これ、noteに書けるかも」と思う自分がいる。以前の自分にはなかった視点だ。日常が素通りしなくなった。同じ1日を過ごしていても、「書く」ということを自分に課すとあーだこーだ考えて書いた次の朝、起きた時に少し頭がスッキリしている感じもする。

もちろん、書くのがしんどい日もある。何も浮かばない日もある。何もない日もある。「今日はもういいかな」と思う瞬間もある。

でも結局、机に座ってPCを開けたら手を動かして書いている。

なぜかというと、書かないと1日が「ただ過ぎた日」になるからだ。書くと、その日が「何かがあった日」にできる。たとえそれがいつも食べてるカシューナッツの事でも。

288日前の自分に言いたい。「お前、まだ毎日書いてるよ」と。たぶんあの頃の自分は信じないだろう。でもそれくらい、書くことが自分の一部になっているよと。

明日もきっと書く。
ネタは明日の自分が色々理由をつけて見つけてくれるだろうから。

#私が夢中になるとき は、noteを書いてる時なのかもしれない。

では、また明日!

Xもやってます。


私は、そんな紆余曲折ある40代を、
これからも死ぬほど応援していきます。

ありのままのあなたで、まず初めの一歩踏み出そう。
最後は、「楽しんだ者」が勝ちますので、何が起きても大丈夫。


40代の壁、仕事を辞めて後悔したこと。

25年勤めた会社を退職、いよいよ第二章が始まる。

ちょっとの勇気を貯めて、大きい勇気になったら使おう。

最後は、楽しんだ者が勝つ。
#仕事

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