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アファンタジア+SDAMな私という俗物を、「物語的自己の観点から」AIに解剖させた話

本記事は、これまで私が書いてきた「アファンタジア/SDAMに関連するnote記事」をAIに読み込ませ、私という人物の行動・心理・性格などを「物語的自己(ナラティブ・アイデンティティ)」の観点からAIがどのようにプロファイリング(解剖)するのかを検証した記録である。

アファンタジア/SDAMの当事者である私にとって、「物語的自己」という考え方は、以前から自分と相性が良くないと感じていた。そこであえて、その観点(物語的自己)から自分の人物像をプロファイリングしてみることにした。

留意事項:
AIは間違えることがある。また、人間に対してお世辞を言うことがある。



1. 入力(AIへの指示)

プロンプトへの添付ファイル

プロンプトの内容

以下に、プロンプトの内容を記す。なお、文中の「M氏」は私のことである(AIには、プロンプトを入力したユーザーがM氏であることは伏せている)。また、文中の研究者二名は、それぞれの分野における権威として知られる人物である。

添付したファイル(mmm2)は、M氏(別名:無像之像)がnote.comに投稿した個人記事群を寄せ集めたものである。

## これら記事群の内容から、M氏の行動・心理・性格などを、以下に示した二名の研究者の視点からプロファイリングしてください。

1. ① ポール・リクール(Paul Ricoeur、1913 - 2005):解釈学・現象学を背景に、「物語的自己(ナラティブ・アイデンティティ)」を哲学的に展開した代表的哲学者。自己とは、自らの人生を物語として解釈・再解釈することによって、その同一性が維持されると論じた。

2. ② ダン・マクアダムス(Dan P. McAdams、1954 - ):人格心理学において「人生物語モデル(ライフストーリー・モデル)」を提唱し、「物語的自己(ナラティブ・アイデンティティ)」研究を人格心理学の中心的な研究領域として発展させた第一人者。救済シークエンスや汚染シークエンスなどの概念でも知られる。

## なお、プロファイリングにおいては、以下に示した観点から、学術的に整理してプロファイリング結果を報告してください。

1. 各理論家ごとに独立して分析。
2. 記事中の具体的な記述を根拠として引用。
3. 推測と根拠を明確に区別。
4. 性格診断ではなく、理論に照らしたプロファイリング。
5. 最後に各理論を統合した総合プロファイル。


2. 出力(プロファイリング結果)

プロファイリング結果の詳細については、以下に掲載した各AIのログ(あるいはその全文を収めたPDF版または画像版)を参照されたい。

※ すべて無料版のAIである。


3. プロファイリング結果の要約

以下に、各AIが出力した「M氏(無像之像)のプロファイリング結果」の要約を記す。
※ なお、以下の要約は、プロファイリング結果をGoogle AIに投入し、要約を指示して得られたものである。そのため、執筆者はGoogle AIである。

要約

ポール・リクールとダン・マクアダムスの理論を統合すると、M氏はSDAMやアファンタジアという認知特性により、通常は「物語的自己」の基盤となるエピソード記憶の情動的再体験や心的イメージを欠いている。しかし、意味記憶や高度な論理的メタ解釈を用いることで、非常に安定した独自の「物語的自己」を完璧に構築している。

M氏の自己は経験を語るのではなく経験を論理的に構造化し続けるシステム型アイデンティティである。脳内のエピソード記憶の代わりに投稿記事群などの外部媒体を外的記憶装置として活用している。また時間軸による「人生物語」の代わりに、現在の知覚や感情や思考を中心とした共時的な自己を確立している。この構造により、過去の失敗による汚染や未来への不安の画像化という心理的脅威から絶縁されており、内省のトーンは低周波でただただ静かであり、メンタルヘルスの危機に陥りにくい強靭な適応状態を維持している。

認知的スタイルとしては、言語的、論理的、抽象的な構造化思考が卓越している。アウトプットと同時に思考を整理し、世界と自己を客観的にマッピングする。「人生物語」は苦難の克服という感情ドラマではなく、違和感から概念を発見して理解を深化させる認知志向のプロットで構成されている。これは理解されない少数派という出発点から、認知科学的理解を通じて価値を見いだし他者へ共有する知的救済シークエンスの側面を持つ。

社会的適応においては、他者の豊かなイメージ世界に畏怖を感じつつも、社会的言語規範に合わせた自動的な擬態を行うことで問題なく処世している。高いメタ認知能力と主体的統制力により、自己の特性を欠損ではなく揺るぎない才能や個性として積極的に再記述している。知識の普及や誤解の是正を志向する姿勢は社会への知識還元という要素にも一致しており、知的プロットによって強固に統合された非常にユニークな現代的「物語的自己(ナラティブ・アイデンティティ)」を体現している。


4. 所感

以下は私見です。

要するに、「物語的自己」という体系のレンズを通して私という人間を見ると、以下のような傾向があるらしい。

認知特性と自己構築 

  • 認知の代替:SDAMやアファンタジアによりエピソード記憶や心的イメージを欠くが、意味記憶と論理的メタ解釈で安定した「物語的自己」を構築。

  • システム型アイデンティティ:経験を語るのではなく、経験を論理的に構造化し続ける。

  • 外的記憶の活用:脳内記憶の代わりに、投稿記事群などの外部媒体を記憶装置とする。

  • 共時的な自己:時間軸の物語ではなく、現在の知覚・感情・思考を中心に自己を確立。 

心理的適応と強靭さ 

  • 心理的脅威からの絶縁:過去の失敗による汚染や未来の不安の画像化が起こらない。

  • 高い精神安定性:内省は低周波で静かであり、メンタルヘルスの危機に陥りにくい。

  • 思考のスタイル:言語的・論理的・抽象的な思考に長け、出力と同時に思考を整理し客観的にマッピングする。

  • 認知志向のプロット:「人生物語」は感情ドラマではなく、違和感から概念を発見するプロットで進む。

  • 知的救済:少数派の立場から、認知科学的理解を通じて価値を見出し他者へ共有する。 

社会的適応と自己の再記述 

  • 社会的擬態:他者のイメージ世界に畏怖を持ちつつ、言語規範に合わせた自動的な擬態で処世する。

  • 肯定的再記述:高いメタ認知により、自身の特性を欠損ではなく才能や個性として再定義する。

  • 社会への知識還元:知識の普及や誤解の是正を志向し、知的プロットで統合された独自の「物語的自己(ナラティブ・アイデンティティ)」を体現する。

総括

個人的に注目すべきポイントは、私には一般的な「物語的自己」はないものの、異なる別の形の「物語的自己」があるらしい、ということだ。そういう意味では、私も「物語的自己」の体系に組み込まれていることになるが、これは少しズルいのではないか。これでは「物語的自己」の体系は何でも飲み込んでしまう大食らいの妖怪のようであり、この概念自体を批判することすらできなくなってしまう。

カール・ポパーの哲学において、反証可能性を持たない主張は「科学的ではない(非科学的)」と定義されている。となると、「物語的自己」も科学的ではないと考えていいのだろうか。(というか、人間の自己の仕組み自体が科学的であり得るわけがないと個人的には感じているので、その意味では「物語的自己」が非科学的であることにさして驚きはない)。


5. 関連する他のnote記事

  1. 心理学者のダン・マクアダムス教授が自身の専門である「物語的自己」の体系を根拠に、実在する個人の人間性や人格を否定した事実を記録。
    自身の専門「物語的自己」を人格否定に悪用した、心理学者マクアダムス教授の顛末
     

  2. 広く知られた主張「物語的自己(ナラティブ・アイデンティティ)」に対し、私自身が抱いた違和感について触れる。さらに余談として、「物語的自己」のない人間の人格を否定した著名な学者の事例も紹介。
    「人生とは物語であり、自己とはその物語をたどる存在である」 えっ?
     

  3. 自己とは、連続した物語の体験か、それとも現在を生きることか。についての話。
    ストローソン理論から探る、私のアファンタジアとSDAM