アファンタジアでも絵は描けます(キリッ
私は普段、「アファンタジアでも〇〇できます」みたいな表現は使いません。なぜなら「人間でも呼吸できます」って言わないでしょう? そういうことです。
ですが、今回の記事タイトルは「アファンタジアでも絵は描けます(キリッ」としました。そっちのほうが「人目をひくかな?」と思ったからです。
原則は目的に若かない(目的のためなら、原則にこだわるべきではない)。そうです、ズルいんです。柔軟性があるんです。私は。
絵(その1)
2022年頃。
SNSで「アファンタジア民が何も見ずに絵を描けるか?」というお題で描いたゾウです。
(何も見ずに想像だけで描きました)
(青ボールペン画、幅5cmほど)

作画のアプローチはこちらをご覧ください。
私が絵を描くときの作法について
絵(その2)
2026年。
上のゾウ画をスキャンした画像ファイルをAI(ChatGPT)に投入し、「アップスケール、二値化、輪郭を太く滑らかに、ノイズ除去」を依頼して出来上がったゾウです。
(面は silver で塗りつぶしています)

その後、このゾウは当 note アカウントのユーザーアイコンになりました。
絵(その3)
2024年頃。らくがきです。
(何も見ずに想像だけ… だったと思いますが記憶が曖昧です)
(PC上で作業、マウスで作画、AIは使用していません)

この猫は、青稀シン『ねこぐるい美奈子さん』というマジキチ漫画に登場する猫の絵からインスピレーションを受けています。
青稀シンのイラスト・マンガ - pixiv
(マジでキチなので閲覧注意!)
https://www.pixiv.net/users/25441/artworks
絵(その4)
2023年頃。
こちらも「ア民が何も見ずに絵を描けるか?」というお題で描きました。
(何も見ずに想像だけ)
(紙と油性ペンを使用)

実際のドラえもんはこちらです: ドラえもん
私にとって絵とは、ほとんどの場合「形(輪郭、ベクトル、配置)」であり、テクスチャ(表面の質感)は軽視しつつ、全体的に記号(デフォルメ)的な趣が強いものです。
絵(その5)
2000年頃。
フレディ・マーキュリーです。
(英国のバンド「クイーン」のメンバーで、ポピュラー音楽史上もっとも偉大なシンガーの一人です)
(同じく、何も見ずに想像だけ)
(紙と、おそらく鉛筆を使用)

私にしては頑張ったほうで(他の絵と比べて細かいです)、彼の1970年代のMVを観たことがある方なら、なんとなくニュアンス伝わりますか?笑
私は完全なアファンタジア(VVIQスコアは常に最下限)であるため、当然ながら頭の中に視覚的イメージ体験はまったく存在しません。しかし、概念・観念・知識といった情報(あるいは着想や気配)によって、その対象の「特徴」(細部の集合としての全体像)を抽象的に捉えており、その把握内容をあえて言語化すると以下の通りです。
────(ここから)────
顔はともかくとして、身体のほう、具体的には、ピチッとしたレオタード(胴体から脚の先まで一体)、ヘソのあたりまで開いた胸、モシャモシャした胸毛(腹毛も?)、小さい尻、すらっと細い脚、脚を開いたときの角度、開いた脚の仁王立ちシルエットとしての身体の曲線、貴公子ステッキ風のマイクスタンド(接地側の土台部分なし)。
あえて顔に言及すると、しっかりした顎(絵ではやや手抜き)、輪郭(絵では若干雑)、挑発的な目(本来は黒目)、印象的な上前歯と唇と口、ヒゲとまゆ毛(絵では存在感が弱いが、本来は濃い・太い、色は黒)。
髪形と耳は、私自身がその部分にあまり関心を持っていないため印象が薄く、描写も適当です(髪の色は黒ですが、線画では輪郭表現が主のため塗り潰していません)、まゆ毛の端をクルッとさせたのは実際がそうではなく、遊びで雰囲気を出したものです。
────(ここまで)────
こうした情報(特徴)が渾然一体となり、視覚像(イメージ)を伴わない、非言語的かつ抽象的な状態で着想(いちいち言語化を経ずに直観的に把握)され、それらが土台となって紙面に具現化された象徴が、上で示した絵というわけです。絵自体は非常に稚拙ですが、それを支える情報の基盤は、どうなんでしょう?(それが豊富なのか貧弱なのか人並みなのかは、他人と比較したことがないため不明です)。
なお、この絵を描いたのは今から四半世紀前ですが、当時と現在とで、上記の情報の粒度や精度に大きな変化はないように感じます。おそらく、それほどフレディ・マーキュリーの映像的インパクトが鮮烈だったのでしょう。そのため、強く長く記憶に定着しているのだと思います(好みは別として)。
絵(その6)
2018年頃。
(何も見ずに想像だけ)
(PC上で作業、マウスで作画)

身体は、「なんとなく身体のようなニュアンス」が描けていればOKと考えています。
