日本でのHPVワクチン積極的再開に道を拓いた名著「10万個の子宮」:反HPVワクチン派の“副反応仮説”の科学的誤りを指摘
「10万個の子宮」は、村中璃子医師によるHPVワクチン副反応騒動渦中である2018年に出版された本。私は長年、米国に滞在していたため、副反応騒動については、知識に乏しく、2016年に帰国した時も、同問題に関わることは少なかった。本書は、そうした私が、勉強させていただいた本であり、反HPVワクチン運動が盛んであった時に出版された勇気ある一冊。本書の出版以来、私も含めて、HPVワクチンの「副反応説」の科学的誤りについて、医師・一般人の間に周知されることになり、HPVワクチン積極的推奨の再開に最も貢献した名著である。
私は抗ウイルスワクチン、神経免疫学を30年以上研究している専門家だが、本書は医師である著者が子宮頸癌ワクチンに関する問題点を最新情報をもとにまとめており、専門性のある医学データを客観的かつ一般の人にもわかりやすく解説した良書。
第1章の要旨は、子宮頸癌はヒトパピローマウイルス(HPV)感染が原因で日本では毎年、新規患者が1万人、3000人が死亡、1万人が子宮を失う(p22)。「人類史上初のがん予防ワクチンp19(注:B型肝炎ウイルスHBVは、肝炎・肝硬変を経て肝がんを起こすので、抗HBVワクチンを世界初の抗癌ワクチンとし、抗HPVワクチンは世界で二番目の抗癌ワクチンとする立場はあり)」であるHPVワクチンは現行のもので約65%、海外で承認された9価ワクチンでは90%以上の予防が期待される(p22、2025年現在では日本では9価のワクチン接種が主流となった).ところが日本ではワクチンの接種率が約7割から1%以下に落ち込み、事実上の停止状態となった(p21、注:2025年現在でも、HPVワクチンの積極的推奨が再開されたにも関わらず、接種率は30%と低迷している).これは「一連の神経症状がワクチンが原因である」として、メディアが広く報道したことによる。これらの症状はワクチン未接種者、男性、ワクチン導入以前にも認められたものである (p28)。東京医科大学西岡久寿樹氏らは、子宮頸癌ワクチン関連神経免疫異常症候群(HANS)という疾患概念を提唱しているが (p35)、HANSは「接種から経過した時間は問わない (p36)」もので、原因は基本的にはHPVワクチンに含まれるアジュバント (p37) によると仮説されているが、同じアジュバントを含むB型肝炎ワクチンなどではHANSは発生しない (p56, 注.アジュバント仮説の科学的誤りについては、角田執筆の解説文を参照).
第2章では、名古屋市で行われた調査によりワクチンと一連の症状の関連が統計学的に否定されたことをオッズ比の明快な解説 (p66) をもって説明。名古屋市のURLでの公表結果が当初の明瞭なものから不明瞭なものに変わった問題を指摘。解析は名古屋市立大学公衆衛生の鈴木貞夫教授が行った。本書では鈴木教授の最終解析の論文は海外のジャーナルに投稿中(p92)となっているが、論文は2018年に専門医学誌 Papillomavirus Research(5: 96-103)に出版された。ちなみに鈴木教授の論文の結論は、名古屋市の結果の解析ではHPVワクチンと24の一連の症状とは関連がない。2章では更に厚生省HPV ワクチン研究班(信州大学池田修一教授)が、当初、一連の症状がHLA(ヒト白血球抗原)型と関連する (p98) としたデータと、動物実験でHPVワクチンで自己抗体が誘導された (p129) とする実験結果の両者とも、厚生省も含めて否定されるにいたった経過を説明 (p161) (注.厚生省の見解については以下のURLを参照: 平成28年3月16日の成果発表会における池田修一氏の発表内容に関する厚生労働省の見解について|厚生労働省 )。
第3章では、HPVワクチンに関する報道の問題について。HPVワクチンは世界130ヵ国で承認、71ヵ国で女子に定期接種、11ヵ国で男子にも定期接種 (p191)。MMRウイルスが自閉症を起こすという誤った論文を医学誌「ランセット」に報告したイギリスのウェイクフィールドが結局は医師免許も剥脱され、論文もランセット誌により撤回された事件を紹介。これを究明した新聞記者ブライアン・ディアが著者に送った次のメッセージを紹介。「君には医者だというアドバンテージがある。けれど、ワクチン推進運動家というレッテルを貼られると、君の筆のインパクトは消える (p196)」。ウェイクフィールドをトランプ大統領、ロバート・デ・ニーロを含む著名人が現在も支持しているアメリカの反ワクチン感情 (p208) を紹介。ちなみに「ウェイクフィールド事件」が専門家の間で極めて異例とされているのは、論文の撤回がウェイクフィールド自身によるものではなく、医学誌「ランセット」の判断によるため。同様のことが2016年に医学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に出版されたHANSの動物モデルとされる論文にも起こったのは記憶に新しい。掲載後、17ヶ月経った2018年に「サイエンティフィック・リポーツ」は同論文を、「実験方法がHPVワクチンによって中枢神経に障害を起こすことを証明するために適切ではない」として、東京医科大学の著者の同意なしに撤回した。動物モデルの科学的欠陥についての詳細は、角田の解説文を参照していただきたい。
最終章では著者と一連の症状に悩む一少女の関係を紹介し、現在行われている症状に対する治療法を紹介。著者は「もちろん、ワクチン接種との因果関係にかかわらず、自己免疫性の病気である可能性が否定できないケースもあるだろう(p244)」としており、もっともな意見。現在、ある種の自己抗体の誘導により神経症状が出現する自己免疫性脳炎が発見されてきており、こうした原因となる自己抗体が証明された症例にはステロイドパルス療法や血漿交換療法などが一つの治療法である。こうした自己免疫性脳炎とHPVワクチンの因果関係は科学的には否定されている。ちなみに、2024年に行われたHPVワクチン薬害訴訟では、角田がHPVワクチンと自己免疫疾患の関係がないことについて詳細に証言を行った(内容については角田の「note」を参照)。
