日南りとの卒業についてのひとりごと。

はじめに

2026.3.25(水)は飲み会の帰りだった。

Twitterの通知が届いた。
一文目のタイトルで内容は分かった。
目をそらした。スマホをベッドにゆっくりと投げ捨てた。

飲み直す気もおきなかった。かといって、何かできるわけでもなく。
今はとにかく早く寝たほうがいい。

目を閉じた。でも、寝られるはずもなく、もう一回、意を決してTwitterを開く。今度は読み終えて、「そっか」とつぶやいた。悔しくて悲しい。

理解したくないけど、考え続けて、考えはまとまらない。ふと、ワールズエンド。の解散が発表された日を思い出す。

あの日の山中湖の民泊は、隣の部屋を障子で隔てるだけだった。隣は寝落ちしたのだろうか、メイビーMEの『曖昧あいでんてぃてぃ』がエンドレスで流れ続ける。
せめても(僕が好きな曲の)『Fabulous Days』であれよ。どうせならメインステージ争奪で聴いた曲が聴きたいんだよと意味不明なことを思いながら、(ワルエン解散か〜)と布団で涙を流したあの日のことを思い出した。

今、りとちゃんの卒業に僕が何か一言書くならばとツイートをして。


やっぱり、Twitterを巡回する気も起きず、もう一度、目を閉じる。
ふと「ごめんね」とつぶやいたら、せきを切ったように涙があふれた。

正解の言葉ではない。
ありがとうでも、寂しいでもなく、せめても何か自分のせいにしたいだけの言葉だから。そして、自分のせいでもないことも分かっていた。

じゃあ、正解ってなんだろう。
答えを探し続けている。
感情に整理もつかないから、これまでのことを書き連ねよう。



りとちゃんとの出会いとか、ワールズエンド。の始まりとか。


りとちゃんを初めて見たのは、メインステージ争奪戦の最中だった。

僕はマリオネッ。を応援していた。そして、りとちゃんはメイビーMEにいた。

マリオネッ。について語ることはいっぱいあるが、プロデューサーのワタルさんはワルエン解散後に以下のように語っていた。
「マリオネッ。はエモいグループだった。でかいオンボロ車で、"これが良い"と思ってやってきた。」

マリオネッ。のことを知らない人向けに簡単に書くと、マリオネッ。は、主に2つの理由で解散をし、ワールズエンド。という後継グループを作った。
(この記載については自分でも不正確な表現、もっと言えば嘘を書いていることに自覚はあるけれど、1年以上を短くまとめることなんて、誰しもできない。とはいえ、過去を決めつけるのは怖さがあるので、あくまで、僕の中の1つの仮説として読んでほしい。)

① メンバーと運営方針の乖離
プロデューサーとして、「オンボロ車だけど、これが私たちの音楽だ」という形を作るつもりでマリオネッ。をスタートした。スタートダッシュに成功し、順調に成長していった。

ただ、メインステージ争奪での敗戦と、新星だったアンスリュームの存在が大きかった。後からできたグループで関係も近いアンスに、あっという間に追いつかれ、追い抜かれていった。それは、メンバーのより"売れたい"、強く言えば"売れるべきだ"という驕りを誘発し、運営方針で乖離ができた。
メンバーの強い焦りもあったが、運営としてもグループをより売れる形に作り変える必要性を強く感じた。


②日南りと、柊木あいなの加入
マリオネッ。はメンバー間のこの6人でやっていく、という気持ちが強いグループだった。だから、マリオネッ。の新メンバーではなく、新グループを作る必要があった。ワールズエンド。のオリジナルメンバーとして、グループをスタートすることにした。

つまり、ワールズエンド。を作った目的は、有り体に言えば、売れ筋のグループへの転換だ。
ワタルさんはアンスリュームをスーパーカーと評していた。つまるところ、ワールズエンド。というグループは、スーパーカーになることを目指して結成されたグループだ。その高い目標、理想に対して、りとちゃん、あいにゃという新しい戦力を補強した。

マリオネッ。についてもワルエン結成背景もまだまだ書きたいことはいっぱいあるけど、今回の本筋ではないので、この辺にしよう。

3月にマリオネッ。の解散ライブを終えて、メンバーが発表された。
ワールズエンド。の活動が、始まらなかった。

始められなかった。

2020年春、コロナ禍でライブがなくなった。

デビュー当初のワールズエンド。は、活動そのものが難しい情勢に巻き込まれた。新グループで新しくやっていこうというときに、自分たちが何者であるか?アピールする機会が失われた。

ワールズエンド。は当時のアイドル環境に最適化を目指して作ったグループであった。
一番早く走る車を作ろう、これで大きく売り出そうとしたら、あったはずのレースがなくなった。コロナ禍でアイドルの環境が大きく変わった。

というわけで、ワールズエンド。の活動初期としては、かなりの逆風だった。

この頃の僕のことを思い返す。

記憶としては、僕は3月はコロナ禍の事態の大きさを見誤っていた。
(グループ名はワールズエンド。か。マリオネッ。のほうが名前はかっこよかったな〜)
(りとちゃんって、たしか歌上手い子だったよな〜)
(どんなグループになるかは分からんけど、沖縄、めっちゃ楽しみだな〜)
とかそんな感じ。かなり楽観的だった。コロナについての世論もまだ楽観的だったように思う。

4月からはやっと事態の大きさに気づいた。外出が制限され、当然のようにライブもなくなった。
サービス開始したばかりのオンリーファイブを買い、通販でTシャツを買いながら、ライブ再開をひたすら待っていた。僕は、りとちゃんとあいにゃに関しては、とにかく早く会って話したかった。

というのも、当時の僕は、弁当にチェキを載せて写真を撮るという、弁当チェキ部(部員1人)にハマっていて、1回も会ったことないオタクの"奇行"は怖いよな〜(会ったことあるオタクの奇行が許されるのかは知らん)の気持ちだった。
せめても、一回ぐらいは話してからリプライとかオンリーファイブ買いたいな〜と思っていた。結局、会う前に買っているけど。

そして、当時のオンファイ見返したところ、案の定、弁当チェキって何?ってことが書かれている。当たり前体操(死語)。あとは、いけだ"さん"と書かれていて、それもそう。会ったことないので。

有人ライブは8月まで待ったワールズエンド。だったが、コロナ禍の最初期デビューの中では、滑り出しは悪くなかった。というのは、この間もずっと待っていた主にマリオネッ。のオタクがいて、もともと振りコピ文化だったりもして、コロナ禍文化にも馴染んでいった。当時のアイドル現場について思い返すと、コロナ禍の初期は変なオタクが残っていた。

思い返すと、振りコピして納得いかないのか何度も首を傾げるオタクとか、野外を裸足で踊るオタクとか、スピーカーに吹き込んだMIXでコールするオタク(知り合い)とかいた。
特殊な環境が鬼才を育む。女性声優現場と一緒だね。

でも、全体的には、声出しがないライブはもの足りないところがあって、足りないところを埋めるように過去の人気曲に人気が集まる時期だった。
コロナ禍での人気曲はババババンビか、過去の名曲か、のどっちか。ぐらいには、過去回帰と集約化が進んだ。世の中の流れもそうであったように、価値が認められているものに人気が集まり、新しい"何か"を探すムーブは下火だった。

ワールズエンド。についてワタルさんは解散後に「マリオネッ。の曲をこんなにやるつもりはなかった」という趣旨の発言をしている。その発言を踏まえると、コロナ禍がない世界線でのワルエンはそうだったんだろうなとも思う。
コロナ禍の中で過去の自由に沸けていた時代の曲が人気、期待されて、新曲を伸ばしにくい環境だったように思う。どうしても、コロナ前の、そして、この間も離れず待っていたオタクに応えたかったというか。

ワールズエンド。は新曲も出しつつ、マリオネッ。の曲もやっていくことになる。

僕はよく、りとちゃんのことを歌姫と評している。それは、一番伝わり易い言葉だから。
より詳細にりとちゃんの歌のどんな部分が好きかで言うと、単純に歌がうまいのはもちろんとして、曲を自分のものにする力とそれを押し通す能力がずば抜けて高いことだと思う。
歌でわがままを通せる魅力があるのが好きで、そこがすごくお姫様ちっくに感じている。「"私"はこういう歌が好き」が伝わるようで魅力的に感じる。

だから、僕はりとちゃんの歌うマリオネッ。の曲がワールズエンド。の曲になっていくのが楽しみだった。マリオネッ。の歌を、りとちゃんの歌として、ワールズエンド。の歌として聴けるのがずっと楽しかった。だから、マリオネッ。の曲をいっぱい聴けたのもそれはそれでよいことだったなと思う。


ワールズエンド。の脱退とか卒業とかワンマンライブがなくなったりとか

この件は未だに僕には書くことが難しい。
お知らせとしては以下の文章の件。


当時でもすでに2年近くアイドルオタクしていた僕だけど、アイドルはどこかでずっと遠くの、画面の中の出来事のようなそんな気がしていた。
だから、「ずっとアイドルでいてね」ってこの頃までは言えた。
嫌な言い方をすれば、"他人事"だから。ヒーローを応援しているだけだから。言葉の重みを考えていなかった。

このとき、名古屋遠征で、このままグループとしても終わっちゃうのかもなと思った。
そんな雰囲気をひしひしと感じた。

メンバーそれぞれがこのままワルエンを続けるか否かの瀬戸際で、もし仮に、自分の言葉が誰かを励ましたり、誰かに何かをさせる事が本当にできるならば、もっと直接的にアイドルを傷つけたり、辞めたくなる言葉を、行動をとるのはそれよりはるかに簡単なことだと気付いた。前者よりも後者の方がよっぽど簡単だから。

僕の言葉でアイドル辞めさせることも、諦めさせることもできちゃうだろうと確信した。アイドルオタク版、ヤバいクレーマーのSUSURUだ。

だから、僕はアイドルを続けさせることはできないのに、辞めさせることはきっとできるんだなと思ったときがアイドルが画面の中じゃなくなるときで。

アイドルってヒーローだと思う。日曜朝のテレビで、特撮、戦隊ヒーロー、魔法少女に並ぶのがアイドルで、そういう意味でも世の中で最もヒーローに近い、並び立つ職業がアイドルだと思うから。

そして、ヒーローに助けてもらうこと、ヒーローを応援することはできても、「ずっとヒーローでいてくれ」と言うのはとんでもなくずるいことで。
これは単に僕の信念だけど人に自己犠牲を強いることを僕は応援と呼びたくはない。だから、ずっとアイドルでいてくれとは言えない。

一方で、ワールズエンド。を無くすことは、絶対にしたくないなとも強く思った。そういう意味で、僕が自分の言葉により気を使うようになったのは、この経験がすごく影響している。

ここまでのワールズエンド。を作ったメンバー全員に感謝している。誰かを恨んだり、敵にするのは僕のなかでは収支が合わない。ここまで楽しかったし、ずっと好きだし、今もその気持ちは変わらない。

それでも、ワールズエンド。が結局1回もワンマンライブができなかったのはムカつくな。ムカつくけど、それも全て、噛み締めて、結果を受け取るしかないんだと思う。

今、世の中に向けて僕が書けるのは、これぐらいなのだと思う。

ワールズエンド。最終年について

ワールズエンド。の思い出のほとんどは、5人のワールズエンド。だ。ライブの声出し緩和が進み、オーバードーズ・バッドトリッパーズを掲げて夏を巡った。

福島や仙台、行ったことない土地をまわり、夏を駆け抜けた。

無限に『新世界RPG』がかかる。
「なんでずっとこれなの?」
「新規受けがいいらしい」
「あ〜、しょうがないか〜」
とかぶつくさ言いながら。


ライブ中で野外でフリスビーを投げたり、日本国旗やミラーボールを振ったりしてた。たぶん、そういう奇行をするたび一番笑っていたのはりとちゃんだったな。(たぶんこれ書くと、あいにゃは「あいにゃも笑ってたよ〜」って言う。そんなやりとりをずっと続けて今がある。色々とゆるされてきたアイドルオタク人生だった。まだ僕は終わる気はないけど。許されるってありがたいことよ。)

TIFは台風で中止になった。来年こそ、と思った。

新木場コーストで主催ライブをした。

そのとき、ワールズエンド。って凄いな。
このライブが好きだなと強く思った。このグループがすごく好きで、来年もまたこんな夏を、これ以上の夏にしたいと願った。
もっと上に行けると確信していた。

「ワールズエンドで色んなところに行きたいね〜、沖縄とか。」そんな話をしたりしながら。


そこから、新曲が出ない期間が半年あった。
だから、離れていくオタクもいっぱいいた。残っているオタクもいっぱいいた。

僕は「これじゃ、ガチ恋じゃなきゃ通えないよ」と、うそぶいて。
何回か、しばらく行かなくてもいいかなと思って。
でも、ライブ見るとやっぱり好きだよなと思うことがずっと多くて。結局、良いライブするから、来年の夏はまたもっと上に行けるから。

冬が終わって、そろそろ夏が来る、やっっとというときに、解散が発表された。


あとから知ってみれば、秋、解散の話が出ていた。そうと知ってから考えたら、点が繋がっていった。

ワタルさんは「解散について後悔があるか?」という質問に対し、「もっと早く解散を伝えられたら」という回答をしていた。

ワルエンは売れなきゃいけないグループだった。売れることを目的としたグループだから。それを売れなかったのは、運営のせいで、メンバーのせいで、オタクのせいで、環境のせいで。何かのせいにはできるけれど。

でも、きっと責任を背負い込むとしたら、運営しかない。だから、どこかで早く解散を伝えなきゃいけなかった。それは分かるんだけど。
僕はそう割り切れないほどには全部好きだから、せめても、環境のせいにしたくなるけれど。

何にせよ、このグループが当初の目的のスーパーカーになれないことで、終わらせることを決めたならば、それは早く終わらせるしかなかった。
実際、マリオネッ。は、夏が終わったらすぐ1回運営から手を引いて、すぐ解散した。それは次があるからで、次を良くするためだけど。 

ワルエンが解散を決めたのに結局、半年続けたのは、メンバーもオタクも結局、運営込みで、このグループを終わらせたくなかったからなのだと思う。

そもそも、終わらせないことができた。

普通に考えて、アイドライズで言えばduo(トリ前)で、生誕祭WESTクラスの2年目って地下アイドル界でかなり上澄みなんですよ。チェキも売れているし、続ける分には何も問題なく、続けることはできた。というかそれができないならもっとアイドルは少ない。


半年大きな動きがなければ離れるのは普通で、解散決まっていたら新曲が出ないのも普通で。
僕はライブ見たら、離れる気がしなくて。
夏が来れば、ワルエンはきっと、大丈夫だって信じていて。
そして、確実に僕以上に愛を持ってワルエンを見ていたオタクが何人もいた。
だから、終わらせられなくて。

ワールズエンド。の解散ライブで、りとちゃんは
「続けるかずっと迷っていた。アイドルするよ、と口では言いながら、本当はどうするか、今日まで決めなかった。まだ歌いたいからアイドルを続けます」
と言った。
僕はりとちゃんが辞める気は全くしなくて。
解散ライブで、飛びポでも何でもないところでジャンプするように、りとちゃんからハンドサインがあって、意味も分からず飛んだら笑っていて、僕にとってのワールズエンドって、そんなグループだった。

アウェイの環境でのライブ、熱い夏の野外、行ったことのない場所に行き、いつもの、いつも違うライブを見て、そんな日々を懐かしみながら、フラッシュバックのように思い返して、無意識でも懐かしみながら、『シンデレラとよばないで』の歌詞にある「2年契約」のような短い期間で、表示される曲の数が少しずつ減っていき幕を閉じた。

僕は『86 SUMMER FILM』のこの一節がめちゃくちゃ好き。

きっと「結末」を2人で遠ざけて

『86 SUMMER FILM』

遠回りかもしれないけれど、この期間は苦しいこともいっぱいあったかもしれないけれど、

まだ、やれる。

そんなふうにみんなが思った。結局、ワールズエンド。は、解散後も、休養のあぐりを除くメンバー4人は、同じグループでの活動を決めたのは、このメンバーならもっと上に行けるはずだ。と。

そして、あぐりもピコリモード(現ラナキュラ)としてアイドルに帰ってきた。

みんなが好きだったものを誰一人諦めなかったんだな。って強く思った。

「アイドルに救われた。」ってよく聞くけど、少なくとも僕はそんなに人生辛くもないし、最低限の社会性はあるし、それほど人生がドラマチックではないと思う。
どんなに可愛いアイドルがいたところで、それは娯楽であり、エンタメであって、人生ではないんですよ。

でも、決して順風ではなかったワールズエンド。の中で、自分が周りのオタクが好きだったものを諦めないって結論をメンバー全員が出したことは、ドラマチックではなくとも劇的で、僕にとって、救いだったと思う。

好きだったものを、そのまま信じられるって、それよりも大切なことはない。

まあ、そんなふうにエモがりながらチェキ見返した。




早くキモついしろって書いてあって、そんなに絶望するようなことでもなかったのかもしれない。

解散決まった山中湖は、山中湖にお湯いっぱい入れたら温泉になるかな?だったし、卒業決まって最初に会った時も、「いけだはコンビニで会えるから」だった。まあ、そうだよね。

そういう話をずっとしてきたんだよ。これまでも。


バチュン活動初期について

初期、特に未完成ナイトライダーぐらいまでは、別のnoteでいっぱい書いているので、そっちで。また書くと何字になるんだってところあるんで。
というか、Merry BAD TUNE.のことは別のnoteでめっちゃ書いてるつもりなので、今後とも書くので今回軽めに書く。


というわけで、万感の思いを抱えて、ワールズエンド。を終えて、2ヶ月ほどでバチュンが始まるわけだけど、マリオネッ。がデカくて燃費の悪い車で、ワールズエンド。がスーパーカーだとしたら、バチュンはどんな乗り物だろうか?と考える。

僕は、バチュンは宇宙船、もしくは銀河鉄道だと考えている。

宇宙船は何が必要か?
夢をいっぱい詰め込んだロマン。そして、何よりも生き残ること、生存することが大事で。続けることを選んだ道で、そういうグループだと思っている。

だから、メリバという「終わり」を掲げるグループであるけれど、逆に「終わらない」を伝えてくれるグループだなと思っている。


TIFメインステージ争奪戦あたりはこちらで。

または、ゴーオントミーさんのnoteで。

メインステージ争奪戦について書くと、これも長くなるので、ここではりとちゃん関係をちょっとだけ書く。
特に今週の『MusicSPICE』2026.6.3のラジオでもメインステージ争奪戦の前哨戦の話があって懐かしかった。

りとちゃんは唯一のメインステージ争奪戦を2回優勝している。このことつぶやいた時に、りとちゃんから、「変に拡散されてるじゃん!」って言われたけど、事実は広まるべきだし、僕はTIF側はスポンサード公演すべきだと思っている。
日南りと卒業公演〜Sponsored by TIF
も見たいだろ。やれよ。

メインステージ関係でいうと以下のツイートの流れがめちゃくちゃ好き。

「今泣いたところで結果は変わらん」は、僕としては、勝ちを確信してるからこその言葉だと思う。今さら、運勝負や神頼みはしないってことだから。

メインステージ争奪戦で勝ったことのあるアイドルが出演したことは日南りと以外いない。
ある意味、勝たなければいけない度合いでいえば、一番プレッシャーを感じていて当然だ。


その中で、ライブ出て当日の雰囲気をみて(これは大丈夫だろ)って慌てることもなく思うのはりとちゃんらしさを感じられて好き。

りとちゃんはバチュンの中で、"外"の目線、客観的な視野があって、そこが好きだと思い返す。

バチュンのメンバーは共感力が高いからこそ、外の目線よりも共感を優先してしまうところがある。そこは良くも悪くも。その中で、ブレずに自分軸があるりとちゃんの存在って改めて大きいなと思う。

外の目については、オタク含め。
少なくとも僕は、外の目は弱い。そもそも、外部の外の目を強く意識できるなら、こんな長文になるわけないので…。

寄り添うわけでも、ドライでもなく、ただ、結果としてそうであるというスタンスは大きいステージに立つ時に、より普段通り、普段以上のパフォーマンスをするりとちゃんらしくて。
カッコよくて、これがバチュンだって誇らしくもあって。

この日、この時に限らず、いつだって、歌を聞いて、りとちゃんがいてよかった。そんなふうに思えたな。


りとちゃんの活動休止期間について


バチュンは、端的に言えばエリートグループだ。

大きな挫折もなく、グループとして停滞している時期がメンバーが休みか、新曲がでないかのどっちかぐらい。

もちろん、メンバー個々の挫折、苦しい時期もあることを理解している。
理解している僕がエリートというのもこの文章を読むであろうメンバーのことを考えてもはばかられるのだけど。

でも、グループとしてやりたいことをやって、目指す方向の通りに努力して、夢が叶っていく。前向きに努力できるメンバーに囲まれ、それを応援してくれるオタクが多くいる。
それは、かなり順調といってよいのかと思う。本当は全アイドルグループがそうならいいなと思うけど。


僕がそんなバチュン見ていて、一番物足りなさを感じた時期は、りとちゃんのお休み時期だったと思う。

夏が終わって、ここから飛躍していこうという中での事故で、大怪我で。

バチュンのライブを観るたび、TIFメインステージ争奪戦を通じて、バチュンのライブがもっとやれることは分かっていて、そして、メンバーが決して手を抜いたりしてなく、頑張っているのも分かっていた。

でも、だからといって、今のライブに自分が満足していないのも分かる。だからしんどくて。

りとちゃんがワルエンの最後、辞めるかどうするか、迷っていた中で、大きな怪我があって、どうするんだろう。と考えて。辞めるかもしれないなといこともよぎって。
でも、話すことももちろんできないわけで。

そのなかで、2.5th延期の発表があって。

これさ、今考えると重くないですか?
大怪我して、療養中のメンバーに、お前帰ってこないと先進めないよ。って言うの、重ための愛。

別にりとちゃんがそれを望んでいたわけじゃないじゃん。
グループとして歩みは進めながら、でも、待っているよ。だって正しいわけで。それでいいけど。

でも、Merry BAD TUNE.においては、こうあるべきで、これしかなかったように思うんだ。
りとちゃんが居ないワンマンを、物語の中にりとちゃんが居ないことを、僕は嫌だ。って思った。
そういうグループだなと思うんだよ。僕が知っているMerry BAD TUNE.は。

だから、好きで。
好きだから、しんどいね。
やっぱり、りとちゃんの居ないバチュンを考えるのがしんどいよ。
やるからには頑張れるメンバーだし、期待しているけど、よい未来を見せてくれると信じるけど。

でも、寂しいんだ。


りとちゃんの好きなところ


ダントツで好きなところは、歌姫であること。
バチュンのメンバーそれぞれが別々の感性でライブを作っている。

僕は、大きく6パターンで考えている。
一つは評価されたいのが、自分か、他人か。
もう一つは表現したいのが、音楽か、世界観か、感情か。

自分軸、世界観 → 久留あずさ
他人軸、世界観 → 星島ゆい
自分軸、音楽 → 日南りと
他人軸、感情 → 柊木あいな
他人軸、音楽 → 三倉みく
自分軸、感情 → 森乃ゆめは

これは、何となく、何を大事にしてライブしているか?を僕なりに考えたオリジナル分類で、別に本人がそう思うか?は定かではないのだけど。

例えば、久留ちゃんならば、自分のなかに確固たる理想のアイドル像があって、久留ちゃん自身が納得するように良さを追求し、バチュンの楽曲の世界観を見せたい、表現したい。
の感じ。全メンバー語れるけど長くなるので割愛。

りとちゃんは、自分軸で、良い歌を歌いたいというタイプだと見ている。こういう歌が好きが明確にあって、自分が歌いたい歌があって。

ワルエンでいえば『かくめいごっこ』、バチュンで言うと『きるきるぱーりー!!!』とかで魅せる色気のある、艶っぽい歌めっちゃ好き。

あとは真逆のようだけど『こんぐらいのこんぐらっちゅれいしょん』とか『ぷいぷい』のような曲で、メンバーが「かわいい」「ぶりっ子」のような曲の世界観に寄せるなかで、自分の歌を歌うりとちゃんがすごくらしくて好き。

曲作ったことはないけど、りとちゃんが歌うのうれしいと思う。
自分がこういう世界観で、こういう歌詞を書いて、ってやっていく中で、りとちゃんはそれを飛び越えていけるから。

シンガーソングライター信仰というか、曲書いている人が歌うのが一番偉いみたいな感じってあるじゃん。でも、アイドルソングって作って書くことって珍しいし、そうじゃないことのほうが多くて。

シンガーソングライターではない、アイドルソングだからの強みっていくつもあるけど、例えば、それぞれの見せ場を作れる名シーン集のような見せ方だったり、曲の解釈を極限まで高めて、より高い形で魅せることだったり。
そういう色んな形のある中で、りとちゃんが歌うことがMerry BAD TUNE.の武器になるってその感覚。
感覚すぎて伝わらないかもしれないけど、カバー曲じゃなくて自分の歌にするような、そんな歌が好き。

いつの瞬間を思い返しても、日南りとちゃんは日南りととして生きていたなと思うんだ。アイドルって大変で、良い意味でアイドルという人格を作って、それで自分と切り離して演じたほうが良いと思うんだ。
自分を評価されるのって怖いことだから。

裏は知らないけど、でもまあ、それなりに見てきたからこそ、りとちゃんってずっとりとちゃんで、変わらなくて、自分があった。
だからかっこ良いと思う。


卒業について

辞めると読んだ時にそっかと呟いた。止める理由ならあるのに。辞めてほしくないのに。
りとちゃんの決めたことなら、変えられないのだろうと思った。

何度も何度も卒業を先延ばしにした。卒業しない選択を繰り返して、TIFメインステージに自力で立って、夢だったバンドセットもやって、Zeppダイバーシティ東京でワンマンをした。グループとしての目標、夢を叶えた。
りとちゃん自身が夢にしていたこと(グラビアやバンドセット、ソロ曲)も叶えていった。

ワルエンで辞めなかったのも色んな理由があるだろうけれど、アイドルの友達が立てているステージにりとちゃん自身が立てないのはおかしい、そんなはずがない、自分なら立てるはずだって思ったのが理由の1つとしてあるのかもしれない。
アイドルを10年やって長年の夢を叶えて、満足して、それで卒業するならば、僕は止める言葉を持ち合わせない。

また、夢は作れるだろうけど、そうではなくて。

大切にしていた考え、価値観、夢。全部実現してカッコよく辞めていくのだと思った。それは理想的な、誰しもできないことをするのだと思う。

僕はそれを受け入れつつある。でも、受け入れたくもない気持ちでどうしても嫌だから、せめても自分ごとにしたくて、ごめんねと呟いた。僕はよく人から言語化が得意なんて言われるけど、この感情を伝えるべき言葉は見つかりそうにない。まあ見つからないよ。そっか。で飲み込んだ感情も、ごめんであふれ出た感情も、カッコいいなもまだ見たいも、すべてごちゃ混ぜだ。

これまでのライブを振り返ったら、楽しさ、嬉しさのほうがずっと多くて。いっぱい笑って、楽しんで、感動して。

色々書いたけど、別に100%卒業したいわけじゃないでしょ。10や20ぐらいはまだやりたい気持ちがあると思うんだ、きっと。

まだアイドルしたくなったら、卒業するのをやめたっていいよ。
言い訳なら得意だから、手伝うよ。引き留めるよ。いつまでも。

明日、新加入すればいいし、卒業を数年後に伸ばしたっていい。卒業ライブやったからといって辞めなきゃいけない理由なんてないから。

改名したらいいよ。
夏目→日南だから、目→日ときたら次は口だろうし、春夏秋冬の夏、東西南北の南ときたら、上下左右の右だ
ということは次の名字は、右口だと思う。(一ノ瀬から夏目も理由を考えたんだけど分からんかった。名字の研究者求む。)

そういう嘘も、軽薄も手伝えるよ。文句言うやつが居るなら立ち向かうよ。僕は喧嘩じゃ勝てないから、ネットの口喧嘩で勝負な。表で来るな。正々堂々インターネットでかかってこい!

ここで終わりが「ハッピーエンド」だって言われたら、そうなんだと思う。僕は、もし明日、バチュンが解散です。と言われても、そっかとしか言えないから。
こんなにめいいっぱいをもらってきて、まだアイドルでいてくれとはやっぱり言えないけど。

アイドルを続けてきてくれて、
明日カッコよく卒業するのだ。

だから、華々しく送りだそう。
だけど、卒業を「おめでとう」という気はなくて、名残惜しく、実感もなく。

バチュンを宇宙船に例えた。

ならば、今回は地球への帰還だ。
旅の終わりだ。
1回地上に帰って、もう一度、新しい旅路がまた始まる。

とにかく、盛大に出迎えて、その先のことよりも、今はただ、最後までそのままのりとちゃんでいてくれればと願う。

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