御茶ノ水駅|中央線ホームで東京行きを待ちながら、春の気配を感じる
御茶ノ水駅の中央線ホームに立つ。
夜の時間帯。
照明に照らされた線路は、昼間よりも輪郭がはっきりして見える。
電光掲示板には「東京」の文字。
あと数分で来るはずだが、その数分が少し長く感じる。
向かい側を、中央線快速の電車が通過していく。
速度を落とさず、光の帯のように走り抜ける。
止まる電車と、通過する電車。
ここでも、その違いははっきりしている。
ホームの端に立ち、視線を少しだけ上げる。
暗がりの中に、建物の明かりが浮かんでいる。
順天堂大学医学部附属順天堂医院。
そして、東京科学大学病院。
どちらも、この時間でも灯りが消えない場所だ。
ここでの時間は、電車のダイヤとは関係なく進んでいる。
待つことも、通過することもなく、ただ続いている。
駅の周辺では、大きな工事が行われている。
昼間に見たときよりも、機材の輪郭が強く見える。
光に照らされて、街の骨組みのように浮かび上がる。
この場所も、少しずつ形を変えていくのだろう。
ポケットからボトルコーヒーを取り出す。
キャップを開けて、一口飲む。
温かくはない。
でも、このくらいがちょうどいい。
喉を通る感覚だけが、はっきりと残る。
ホームには、それなりに人がいる。
だが、互いに関わることはない。
それぞれが、自分の帰り道を持っている。
私も、そのひとりだ。
帰ったら、ドラマを見ようと思う。
「冬のなんかさ 春のなんかね」。
タイトルだけでも、少し曖昧で、少しやさしい。
季節の変わり目には、こういうものがちょうどいい。
もう一度、コーヒーを飲む。
風が、ほんの少しだけ違う。
冷たさの中に、わずかな緩みがある。
季節は、目に見える形ではなく、こういうところから変わっていく。
やがて、電車のライトが近づいてくる。
レールの上に、光が伸びる。
ゆっくりと速度を落としながら、電車がホームに入ってくる。
ドアが開く。
人の流れに合わせて、一歩踏み出す。
振り返ることはしない。
次にここに立つときには、もう少し春が進んでいるのかもしれない。
