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御茶ノ水|鉄道の音と、缶コーヒーの静けさ

御茶ノ水。
正式には「御茶ノ水」らしい。
「お茶の水」でもなく、「お茶ノ水」でもなく、少しだけ格式ばった字面が、この街には似合っている。

駅を出て、川の方へ歩く。
橋の上には、いつものように鉄道マニアがいる。
構図を決めて、息を止めて、シャッターのタイミングを待っている。

総武線、中央線、丸ノ内線。
複数の車両が、同じ一枚に収まる瞬間がいいらしい。
その一瞬のために、彼らはここに立ち続ける。

川の水は深い色をしていて、
その上を、音を重ねながら電車が渡っていく。

遠くで、救急車のサイレンが鳴る。
近づいてくるわけでもなく、消えるわけでもなく、
街の背景音として、ずっと鳴っている。

このあたりは、学生の町だ。
順天堂大学。
東京医科歯科大学。
今は、東京工業大学と合併して、「東京科学大学」という名前になった。

東京科学大学。
悪くはないけれど、
国立科学大学の方が、しっくりきたんじゃないか、なんて思う。
まぁ、どうでもいいことだ。

昔、この街には日立製作所の本社があった。
理系の匂いと、古い企業の影が、
今も薄く空気に混じっている気がする。

楽器屋が多いのも、御茶ノ水らしい。
ギターケースを背負った学生が、
信号待ちで、少しだけ落ち着かない顔をしている。

自動販売機で、缶コーヒーを買う。
ブラック。
甘さも、言い訳もない。

橋の欄干に寄りかかって、ひと口飲む。
苦い。
でも、悪くない。

この街は、静かだ。
人は多いのに、ざわつきがない。
それぞれが、自分の用事を抱えて、
同じ方向を見ていないからかもしれない。

電車の音。
救急車の音。
遠くの工事の音。

全部が重なって、
それでも、ちゃんと静かだ。

御茶ノ水は、通過点みたいな顔をしている。
でも、立ち止まると、
意外と長く、ここにいられる。

缶コーヒーを飲み干して、
もう一度、橋の上を見る。
鉄道マニアは、まだカメラを構えている。

いい瞬間は、
たぶん、もうすぐ来る。


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