アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第九話】わが軍の右翼は押されている。中央は崩れかけている。撤退は不可能だ。状況は最高、これより反撃する ③
【第九話】わが軍の右翼は押されている。中央は崩れかけている。撤退は不可能だ。状況は最高、これより反撃する フランス陸軍元帥 フェルディナン・フォッシュ ③
「ぶっ……、ちょっ、ゆうひっ、暴力は最低だって……」
「うるさい!! つべこべ言ってんじゃないわよ!!」
怒鳴りつけると、ジワっと涙が滲み始める。
「戦競……優勝したわ。MVPはあたしが獲った」
「……そうか。良かった、良かったな」
敏生の顔がパッと綻ぶ。夕陽の願いが叶ったことを心の底から喜ぶ彼。その表情に涙腺が決壊した。
「良くない!! 全然嬉しくなかった!! あたしはただ、あなたと一緒に飛びたかった!!」
大きく目を見開く彼。
「何で、何で何も言ってくれなかったのよ!? あたし一人バカみたいじゃない!!」
夕陽は涙を流しながら、そっと敏生の大きな右拳を両手で包んだ。暴力は決して肯定できない。だが、自分のために振るわれたこの拳。愛しくて仕方ないからこそ、次は間違って欲しくない。
「この手は……操縦桿を握るためにあるんだよ!? 大空を翔けるためにあるんだよ!? あたしのために……無駄遣いなんか……しないでよぉっ」
彼の拳に額をつけ、嗚咽する。
「……それは違う」
彼はコンビニの袋をドサッと足下に投げ置くと、がばっと夕陽を抱き締めた。
「この手はお前を守るためにあるんだよ。俺にとっての全てを守るために。それじゃ……ダメか?」
「バカ……ッ!」
彼の手が頬にかかる。もう、迷わない。二度と。
「好き……大好きなの……敏生のことが」
消え入りそうな声で想いを吐き出すと、涙で溢れた目をそっと瞑った。次の瞬間唇が重ねられると、夕陽は彼の腕に身体を預けた。
ロマンチックな雰囲気とは程遠い、夕暮れ時の住宅街でのファーストキス。
だが、そんなことは関係なかった。ただ、彼が愛おしくて堪らなかった。これまでの気持ちを確かめ合うかのようにお互いの唇を食み合う。やがて彼はそっと夕陽を離すと耳元に口を寄せた。
「俺んち……来るか?」
コクンと頷くと彼が夕陽の手を取った。無言のまま、二人寄り添い歩き出す。
途中、彼の手を引っ張り、潤んだ瞳で見上げると、彼が唇を重ねてくる。お互い溢れ出した想いが止まらない。
何度も何度も立ち止まってはキスを繰り返しながら、ようやく辿り着いた、愛しい彼の匂いが立ち込める部屋。玄関を上がるなり敏生に後ろから抱き締められる。
もう、怖くなんかない。
「ごめん、俺、今童貞に戻った気分。少し乱暴になるかもしれないけど許して」
背中に感じる彼の鼓動。その言葉に偽りは無さそうだ。
夕陽が頷くと敏生に横抱きにされ、唇を塞がれる。そのまま部屋の中に運ばれると、ベッドにそっと横たえられた。
彼の匂いが染み付いたシーツにますます動悸が早まる。激しいキス。ファーストキスはつい先ほどのことなのに、ここに来るまで何度キスを重ねたか、もう数え切れなくなっている。
好き。
彼が一枚一枚、丁寧に夕陽のブラウスを、スカートを、そして下着を脱がしていく。初めて異性に晒す肌が恥ずかしくて、彼にしがみつくが、その手を彼がそっと振りほどいた。
「ごめん。見たいんだ、夢にまで見た夕陽の身体」
その言葉に夕陽はキュッと目をつぶると顔を横に向け、恥ずかしさに耐えるようにシーツの端を握りしめた。
「とても綺麗だよ、夕陽」
彼の指がすっと、夕陽の曲線をなぞる。それから後のことはよく覚えていない。ただ、彼と一つになれた瞬間、止めどなく涙が溢れた。
「大丈夫? 痛い?」
痛い。すごく。でも大好きな彼だから耐えられる。そうじゃない。
動かず、心配そうに頬を撫でてくれるその手を取ると、首を横に振った。
「さっきね……、敏生に会いたくてここに来て、でも部屋に敏生がいなくて……心が張り裂けそうだったの」
泣きながら、でも彼に分かって欲しくて途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。
「あたしのせいかな、とか……他の女の人のところに行っちゃったのかな……とか」
大切なものを失ってしまったと思った。確認もせずにあんなことを言ってしまったから。
「だからね、今すごく幸せで……」
今まで怖くて踏み出せなかった世界。直接感じる彼の温もりが、彼の吐息が、彼の鼓動が、こんなに幸せだったなんて。だから。
「お願い……、もうあたし以外の人とこんなことしないで……。好きなの、敏生が……!」
彼とこうなって初めて知る感情。
いやだ。たとえそこに彼の気持ちがなかったとしても、他の女になんかこの幸せを渡したくない。
敏生は驚いた様子で泣きじゃくる夕陽を見つめていたが、やがてすごく嬉しそうに微笑むと、瞼にそっとキスを落としてくれた。
「大丈夫。俺はもう、とっくの昔に夕陽だけのものだから」
「としきぃ……」
怖い。幸せ過ぎて。こんなことならもっと前から彼に抱かれておけばよかった。
すると彼は急に悪戯っぽい笑みを浮かべて、夕陽の耳元に口を近づけ囁いた。
「その代わり……。今夜は一回で済ますつもりはないから」
「……え?」
「ということでまずは一回戦ね」
「え? あっ……!」
未知の世界に戸惑いながらも、素直に彼に身を委ねる。
出会ってから一年半に渡りお預け状態だった敏生は、初めての夕陽に対して全く容赦なかった。
宣言通り、一度で満足することは無く、先ほどまで無垢だった夕陽の身体の隅々にまで指と舌を這わせ、愛し尽くさんとする。その想像を絶する彼の行為に幾度となく意識が飛ぶも、それは決して嫌ではなく、むしろそこまで愛されていたことにこの上ない悦びを感じる。
「愛している、夕陽。好きだ。大好きだ。ずっと俺だけの夕陽でいて欲しい」
「うん。ずっと、ずっと一緒だよ? あたしは敏生のものだから。敏生だけのものだから」
お互い、愛の言葉を浴びせ合い、何度も何度も彼の逞しさに身を仰け反らせる。
もっと。もっともっと深く彼と繋がりたい。彼とひとつに溶け合いたい。
狂おしいほどに彼のことが愛おしくて、夕陽はこれまでの時間を取り戻すかのように、必死に彼にしがみついた。
*
夕陽はヘルメットを脱ぐと、ふうっ、と大きく息をついた。
たっぷりと汗をかいた肌に、まだ冬の名残をとどめる早春の冷気が心地よい。
敏生の謹慎があけて久々にエレメントでのACM訓練だったが、以前にも増して彼とのコンビネーションが向上した手応えを感じ、よしっ、と呟く。
「お疲れ、イデア」
「あ、お、お疲れ、ガイア」
いつものように先に機を降り、夕陽を待ってくれている彼。ルーティンのグータッチを交わすと並んで歩き出した。
いつもと違うのは彼との境界線が変わったこと。そのせいか、どちらからともなく無意識のうちに肩と腕が触れ合う。
「夕陽」
ふと彼が顔を覗き込んできてドキッとする。
「大丈夫か? 顔赤いぞ。熱ないか?」
「ちっ、違うよ。大丈夫」
慌ててぶんぶんと首を横に振る。グータッチのあと、彼に抱きつきたい衝動を必死に堪えていた身としては、彼の顔の近さは正に目の毒だ。
やばい。やばいやばい。油断していると無性に彼とキスしたくなってくる。
「そっか。だいぶ無理させちゃったから心配だった」
「あ、あたしは大丈夫だよ。だって好きだから、敏生のこと」
「ん?」
「え?」
「俺、さっきの演習のこと言ってたんだけど……。ほら、高G掛け過ぎちゃったから」
「!」
顔から火が出るとはこういうことか。敏生は嬉しそうに微笑むと、そっと夕陽の真っ赤な耳に口を寄せた。
「じゃあ今夜も一緒に居られるな」
目をギュっと瞑り、頷く。恥ずかしくも嬉しい彼の言葉。と、そのとき。
「夕陽、逃げろ!」
「え?」
バシャッ!
何の前触れもなく突然、正面から浴びせられた大量の冷水。それは一度で止むことなく、次から次へと、四方八方から襲い掛かってきた。
「きゃああああっ! やめてやめてー!」
やがて周囲で湧き上がる歓声。恐る恐る目を開けると、傍らの敏生もずぶ濡れだった。
「門真一尉! 夕陽さん! おめでとうございます!」
満面の笑みを浮かべた美鈴が花束を二つ持って駆け寄ってきた。わけが分からず顔を見合わせる二人。
「え? え? みんな何で知ってんの?」
「あ、あたしまだ誰にも言ってないよ?」
ポカンとした表情を浮かべる二人を飛行隊の仲間たちが取り囲む。
「はあ? なに言ってんだよ。お前ら今のフライトで揃って飛行千時間超えたんだろうが」
呆れたように二人に突っ込む刑部。
「飛行千時間……」
それは戦闘機パイロットとして一人前への仲間入りを果たした証。
素直に嬉しさが込み上げてくる。敏生もまた、感慨深そうに空を見上げている。まさか彼と二人で、この日を迎えることが出来るなんて。
「全く。どこまで仲いいんだよ、お前ら」
ウーイ、と揃って仲間達に小突き回される。
「そっか、飛行千時間か……。俺はてっきり夕陽との初エッチがばれたかと」
敏生の言葉に一瞬にして静まり帰る飛行隊の面々。
「ちょ、ちょっと、敏生! 何言ってんの!?」
サーっと蒼ざめるも時すでに遅し。次の瞬間、仲間たちの雄叫びと共に、再び空自伝統の大量のバケツシャワーが二人に炸裂することとなった。
その日の空はどこまでも青かった。
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