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アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第九話】わが軍の右翼は押されている。中央は崩れかけている。撤退は不可能だ。状況は最高、これより反撃する ②

【第九話】わが軍の右翼は押されている。中央は崩れかけている。撤退は不可能だ。状況は最高、これより反撃する フランス陸軍元帥 フェルディナン・フォッシュ ②


 ホーム飛行隊の最後のピリオドということもあり、エプロン前には戦闘飛行隊の隊員たちだけでなく、厚木基地に所属する全ての部隊の隊員たちが総出で応援に駆け付けていた。

 大声援に応えながら愛機に乗り込むと、タキシングを開始する。前方にいつもリードしてくれる編隊長機がいない違和感。

 戦競半ばにして離脱することになった敏生。何があったかは分からないが責任感の強い彼のこと、今頃ひとり苦悩していることは想像に難くなかった。ギュっと唇を噛み締める。

 あたしが……、敏生になる。

〝Runway 01, Cleared for takeoff. Break a leg, EDEA !!〟
(一番滑走路、離陸に支障なし。成功を祈る、イデア!)

〝Roger, cleared for takeoff. Leave it to me. I have Mars on my side〟
(了解、離陸に支障なし。任せて。あたしには戦神がついているわ)

 夕陽は斜め後方で待機するジャックに合図を送ると、アフターバーナーを点火した。加速する二機のライトニング。やがて機体が浮かび上がると、夕陽は瞬時に車輪をたたみ、機首を上げた。

「ジャック!」
〝ラジャー〟

 帽振れで声援を送る隊員達からワッと歓声が上がる。

 ド派手に翼を振りながら天空へと駆け上がっていく二機のライトニング。それは「生真面目で優等生のイデア」からは想像もつかないパフォーマンスだった。

「ありゃあ、まんまガイアですね」

 水島が苦笑する。

「ああ、いい意味で乗り移ったな。これは化けるぞ」

 勝野は部下たちの消えた空を見つめながら口角を上げた。

〝イデア、気をつけろ。これは勝ち残り戦だ。捕捉しても深追いは禁物だぞ〟

 仲間たちの期待を背に一気に戦空まで駆け上がった二機が、戦闘空中哨戒を開始する。

「簡単よ。墜とされる前に見つけた敵機を片っ端から墜とすだけ。フォロー頼んだわよ」
〝マジかよ、お前。相手はいずれも海千山千の猛者だぞ?〟

 ジャックの諫言など気にも留めず、ディスプレイの情報を基にせわしく上下左右に首を振り、周囲を探る。

 いた。

「ガイアより強い男なんてこの世にはいないわ! タリホー目標視認! 行くわよ!」
〝ああもう、分かったよ! 後ろは任せろ!〟

 獲物を狙う猛禽類の目。こちらに気づいた敵機が鋭く回避機動に入る。

 ここで敏生なら! 

 次々と脳裏に浮かんでくる彼のマニューバのイメージ。

〝最初の仕掛けの瞬間だけでも、G負けせずに確実に相手を仕留めろ〟

 うん。分かってるよ、敏生。ここは―――

 ハイGヨーヨー! 

 オフボアサイトからのロックオンを警戒しながら、相手の死角に回り込む。

 え?

 拍子抜けするほどあっけなく背後を取ることができ、驚く。

 これならウィングマンとして敏生についていく方がよっぽど大変だ。罠か、と周囲を警戒するも片割れが出てくる気配はない。

「GUNs, GUNs, GUNs !」

 まずは一機目。 

 次は!? いた、あそこ!

 二機目、そして三機目。勢いに任せて次々と敵機を捕捉しては確実に仕留めていく。

 次!

 獲物を見定め、後を追う。今度は簡単ではなかったが、徐々に追い詰めると、何とか背後を取った。

 よし!

「Lock on ! Fox 3 !」

〝イデアやったな! アグレッサーだ!〟

 自分の背後をフォローしてくれているジャックが興奮気味に叫ぶ。

「え?」

 目を凝らすと、撃墜したのはカラフル迷彩の教導群機だった。

 嘘でしょう? みんなあたしのことを揶揄っているの?

 自分でも気付かぬうちに飛躍を遂げていた己の技量。

「夕陽さん! 凄かったです!」

 基地に帰投し機を降りると、隊のみんなに取り囲まれて祝福された。

 同じだ。リムパックの時の敏生と。

 あの時、彼を遠巻きに眺めながら感じていた嫉妬と羨望。そして今、歓喜の輪の中心にいるのは紛れもなく自分。

 だが、全く嬉しくなかった。結局、戦競はながと戦闘飛行隊が優勝し、夕陽も文句なしのトップスコアでMVPを獲得したが、どこか冷めた目で客観視している自分がいる。

 これが本当に自分の求めていたものなのだろうか? いや、厚木ここに来る前は間違いなくそうだったはずだ。

 いつもと違うこと。それは敏生が傍にいないこと。そして今さら気づく。夕陽に充実した日々を与えてくれていたのは敏生の存在であったことに。

 溢れ出す涙。

「夕陽さん? どうしたんですか?」

 敏い美鈴だ。それが嬉し涙でないことくらいは直ぐに見抜かれてしまう。皆の喜びに水を差したくはなかった。

「これは美鈴ちゃんにあげる。MVP獲れたのはクルーのみんなのおかげだから」

 夕陽は驚く美鈴に表彰楯を渡すと、足早に皆の輪を離れた。ひとりになりたかった。向かったのはいつも休憩時間を敏生と過ごす隊舎の裏。崩れるように蹲り、膝小僧に顔を埋める。

 あたしはただ、敏生に褒めて欲しかったんだ。敏生に認めて欲しかったんだ。敏生の笑顔が見たかったんだ。

 思い出すのはリムパックの時の敏生。大戦果を上げたにも関わらず、悲しそうな表情を浮かべていた彼を。あの時の彼の気持ちが今は理解できる。ずっとずっと前から彼は、自分のことをここまで想ってくれていたんだと。

 敏生は今頃どうしているのだろうか。会いたい、彼に。だが、一方で自分の言葉に傷ついた敏生の顔が頭から離れない。北条はああは言ってくれたものの、やはり怖かった。彼の気持ちを確かめるのが。

「神月……」

 名前を呼ばれて顔を上げると、そこにいたのは木村だった。

「木村一尉……」

 心なしか顔が蒼い。夕陽は涙を拭い、徐に立ち上がると、お尻をパンパンと払った。

「すまない! 俺はお前に対して最低なことをした!」

 いきなり頭を下げられ、戸惑う。思い当たるのは一昨日の敏生との喧嘩のことしかない。

「どういうことか……詳しく聞かせてもらえます?」

 夕陽が木村を覗き込むようにお願いすると、彼はポツリポツリと話し始めた。

           *
 
 木村は焦っていた。

 彼が異動した第三〇三飛行隊はF35Aに機種転換中の身で、未だ半数以上がF15のまま。機種変更完了まではあと二年はかかる。そんな中での戦競への参加。隊内のF35Aの錬成を任されている木村としては、今回の戦競で結果を求められていることは分かっていた。

 だが、F35Aのマザースコードロン(母体飛行隊。F35Aを最初に装備した部隊)である第三〇二飛行隊には練度で全く敵わず、それどころか通常型のA型に比べ、空戦性能面で劣るはずの海自のF35Bには圧倒的な力を見せつけられた。

 そしてその中の一人が、かつての自分の部下で、密かに想いを寄せていた夕陽だった。確かに彼女は千歳時代から抜群のセンスを誇っていたものの、当時は太刀打ちできないほどではなかった。

 それが今はどうだ? 明らかに自分を上回る技量を持ち、そして自分の知らない男と抜群のコンビネーションを見せている。

 挙句に、その男だけに見せる、千歳時代にはめったに見られなかった弾けるような笑顔。

 全てが腹立たしかった。自分の不甲斐なさ、かつての部下への嫉妬、そして想いを寄せる女性を取られてしまった悔しさ。だから感情をぶつけてしまった。

 門真敏生。空自創設以来の天才パイロットと言われた男。

「お前のところの客寄せパンダには負けたくないからな」

 すれ違いざま、ペコリと頭を下げた彼に思わず口走ったのが発端だった。

「……何すか? それ」

 聞き捨てならないといった様子で立ち止まり、振り返る若き天才。

「いい気なもんだ。空自のPR戦略でパイロットになれたようなものなのにな。さも実力のような顔しやがって」

 違う、そんなことはこれっぽっちも思っちゃいない。俺は一体、何を?

「……夕陽は千歳のベストガイだったんだろ? それにあの勝野のオッサンが選んだパイロットだ。何よりこの一年半、俺はずっと夕陽と一緒に飛んできた。あいつの実力は誰よりもこの俺が知っている」

 射抜くような目で睨みつけてくる後輩パイロット。その言葉にカッとなる。

 それくらい俺だって知っている!

「ふん、お前だって思っているんだろ? あいつが客寄せパンダだって」
「やめろよ」
「カッコつけやがって。どうせお前はあいつの容姿に惚れただけだろ?」
「……てめぇ!」

 次の瞬間、左頬に衝撃を受けその場に倒れ込んだ。彼はさらに怒りの形相で上に乗りかかってきて、ぐいっと胸倉をつかまれる。

「夕陽はあんたのことを信頼していた! 最高の上官だったって! なのにあんたは!!」

 その目には涙が滲んでいて、それが逆に木村の癪に障った。怒りに任せて殴り返すと今度は門真が転がった。あとはもう覚えていない。気がついたら仲間達に羽交い締めにされていた。

 そしてその目に飛び込んできたのは、彼を必死に止めている夕陽の姿。

 何もかもが自分の完敗だった――――

           *

「めったに笑うことのなかったお前が、あいつといる時はいつも笑顔なのが悔しかった。お前とあいつの息の合ったコンビネーションに嫉妬した。俺は最低だ、本当にすまない」

 深く頭を下げ詫びる、かつての上官。その姿勢に嘘偽りはないだろう。そういう男だ。だが、夕陽はぼんやりと彼を眺めながら、全く別のことを考えていた。

「……そっか。彼といる時、あたし自然に笑えているんですね」
「え?」
「ありがとうございます、木村一尉。あ、大丈夫ですよ、あたし。客寄せパンダなんて百も承知ですから」

 そう言い残すと夕陽はグイっと袖で涙を拭い、駆け出した。

「神月!! 俺、お前のこと……ッ!!」

 背後から木村が叫ぶ。夕陽は立ち止まって振り向くと、

「ごめんなさい!! あたしは彼が、敏生のことが大好きなんで!!」

 と、満面の笑顔で叫び返し、再び走り出した。

 会いたい。敏生に。一刻でも早く。ロッカールームで急いでシャワーを浴び、帰り支度を整えて廊下に出ると、隊長の勝野が向こうから歩いてくるのが見えた。

「あ、隊長! 神月、早退します! 祝勝会にも参加できません!」

 勝野は一瞬キョトンとしたが、すぐに口元に笑みを浮かべると、

「承認! 明日も休んで良し!」
 と返ってきた。

 敏生……、敏生、敏生。

 息を切らせながら正門を駆け抜け、そのまま綾瀬の街を走る。自宅謹慎の身だからきっとアパートにいるはずだ。部屋に上がったことはないが場所は知っている。

 彼のアパートの部屋に着いた夕陽は、呼吸を整えると呼び鈴を鳴らした。

 しかし、反応がない。ノックしてみるが同じだった。禁を破って出かけてしまったのだろうか? それとも傷心を癒すため、他の女性のところに……?

 ぶんぶんと頭を振って嫌な妄想をかき消す。しばらく待ってみたが彼は帰ってこず、仕方なく夕陽はいったん、自分のアパートに戻ることにした。

 いつも当たり前のように夕陽の傍にいてくれた彼。会えない辛さが骨身に染みる。途方に暮れて歩いていると、向こう側からコンビニ袋を下げて歩いてくる男の姿が目に入った。

「夕陽……」

 向こうもこっちに気がつき、気まずそうに立ちすくんでいる。

 その顔を見た瞬間、なぜだか無性に怒りがこみ上げてきて、夕陽はズカズカと敏生の前まで歩み寄ると、平手で思いっきり彼の左頬を引っ叩いた。

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