アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第九話】わが軍の右翼は押されている。中央は崩れかけている。撤退は不可能だ。状況は最高、これより反撃する ①
【第九話】わが軍の右翼は押されている。中央は崩れかけている。撤退は不可能だ。状況は最高、これより反撃する フランス陸軍元帥 フェルディナン・フォッシュ ①
「いよいよ二週間後、待ちに待った戦競がここ厚木で初めて開かれる。もちろん君たちが選り抜かれた精鋭である以上、今回のノルマは優勝だけだ」
勝野の言葉に、パイロットたちの表情が引き締まる。あのリムパック以降、若さゆえの急激な成長カーブを描き、今や、飛行教導群以上では? とも噂される「ながと」戦闘飛行隊の面々。
勝野は口角を上げると、手元のリストに目を落とした。
「ではメンバーを発表する。とは言っても諸君も知っての通り、戦競への参加経験が無い者を優先せよとのことなので、アッシュとナッツ以外の若手四名! ガイア! ティーダ! イデア! ジャック! 以上だ。バックアップは優勝経験の無いナッツ。きっちり勝ってこい!」
雄叫びが上がる。自身の現在地を知る上でも、またとない機会。夕陽にとってはリムパックでの汚名を返上して、敏生への恋心に折り合いをつけるチャンスでもあった。
「そんなに気負う必要はないよ。今の夕陽なら普通にやっていれば大丈夫だから」
誰よりも夕陽の気持ちを理解してくれている敏生が、優しく頭を撫でる。
「でも、後悔はしたくない。やるからにはきっちり準備してトップを狙いたいの」
「了解。じゃあ、あと二週間、みっちり頑張ろうぜ」
「うん!」
誓いのグータッチ。
それからの二週間、夕陽はただひたすらに敏生とのコンビネーションを磨き上げることに専念した。コンビを組んでから一年半。今ではお互いの考えていることが手に取るように分かる。そこにあるのは確かな手応え。
いける。絶対に。トップを獲ってみせる。敏生のウィングマンとして。
そして、その暁には彼と――――。
濃密な時間はあっという間に過ぎ去り、迎えた戦技競技会初日。
晴天の下、厚木に集結したライトニング飛行隊は青森・三沢の第三航空団第三〇一飛行隊と第三〇二飛行隊、F15からF35へ改編中の小松の三〇三飛行隊、そしてホームの「ながと」戦闘飛行隊。競技で仮想敵役を務める、敏生の古巣の飛行教導群のみF15DJでの参加だった。
この日ばかりは、地味なステルス塗装のライトニングにも各隊思い思いのカラフルなスペシャルマーキングが施され、参加各隊の士気はいやがうえにも盛り上がる。
ながと戦闘飛行隊のライトニングには美鈴の発案により、夕陽の異名である「魔女」をモチーフにした美少女のイラストが大きく描かれていて、フェンス越しの航空ファンたちの注目を集めていた。夕陽にとっては照れ臭いことこの上なかったが。
早朝の開会式が終わり、各隊、準備のため一旦隊舎に戻る。ながと戦闘飛行隊は第三ピリオドからの登場で、第一編隊の敏生と夕陽が先陣を切る予定だ。
「トシ!」
その声に振り向くと、夕陽の隣を歩いていたはずの敏生が久々に再会した飛行教導群の猛者達にあっという間に周りを取り囲まれ、代わる代わる揉みくちゃにされていた。
上下の別なく、誰からも愛される彼が夕陽には少し羨ましい。
そんな彼の様子を微笑ましく遠巻きに眺めていると、不意に肩をポンと叩かれた。
「よ、久しぶり」
「木村一尉!?」
そこにいたのは夕陽が千歳時代にコンビを組んでいた木村英司一等空尉だった。
「木村一尉、何でここに?」
「ああ、お前が厚木に移った半年後に、三〇三飛行隊の再編要員として異動になったんだ。元気か?」
「はい! 木村一尉もお元気そうで」
真面目で人格者、腕も立つ、夕陽が全幅の信頼を置いていた上官。表向きがお調子者で飄々とした敏生とはある意味、正反対の男と言えた。
「雰囲気、変わったな?」
「え? そうですか?」
「ああ、なんか……いや」
「?」
「どうだ? 神月。久しぶりに再会したことだし、今度……」
「夕陽!!」
木村の言葉を遮るように背後から掛かった大声。
見ると、敏生がボサボサになった髪の毛を手で直しながら駆け寄ってきた。
「敏生、もういいの?」
「ああ、あいつらキリないからさ」
「あいつらって、仮にも先輩方でしょ?」
クスクスと夕陽が笑う。と、敏生が夕陽の傍らに立つ木村を認め、先に敬礼した。
「ながと戦闘飛行隊一等海尉、門真敏生です」
「あ、敏生は……じゃなくて、門真一尉はあたしの今のエレメントリーダーなんです。こちらはあたしの千歳の時のエレメントリーダーだった木村英司一等空尉。今は小松の第三〇三飛行隊に異動されたそうで」
夕陽の紹介を受けた木村は敏生を一瞥すると答礼し、フンと鼻で笑った。その様子に敏生もムッとした表情を浮かべる。
「そうか、君が噂の天才パイロット君か」
「どうも。千歳では夕陽がお世話になりました」
二人の間で静かに火花が散る。もっとも当の夕陽は気づいてはいなかったが。
「夕陽、行こうぜ。ブリーフィングだ」
「うん。じゃあ木村一尉、また」
「ああ……」
木村に向かってペコリと頭を下げ、敏生の後を追う。
「何話していたの?」
夕陽を振り向くことなく、前を向いたまま聞いてくる彼。
「特に何にも。お久しぶりです、くらいかな」
「そっか」
「でもまさかここで会うとは思わなかったな。木村一尉、教科書から出てきたような真面目な人でね、色々教わったの。新人だったあたしにとっては最高の上官だったなー」
「ふーん」
珍しく、気のない彼の反応。
「どうしたの?」
「いや、別に……」
あ……、これってもしかして。
夕陽はクスッと笑うと、バンッと敏生の背中を叩いた。
「いてっ」
「もう! 誤解しないで。あたしにとって最高の相棒は敏生なんだからね!」
「え?」
「ほら行きますよ! 編隊長殿!」
言ってから急に恥ずかしくなってきた夕陽は、その場から逃げ出すように足を速めた。
「うおおおっ、俺頑張っちゃうぞーっ!」
背後から聞こえてきた彼の雄叫びに、喜びを噛み締めながら。
*
戦競が始まった。
もともと若手精鋭を集めた「ながと」戦闘飛行隊はやはり強く、特に敏生と夕陽の息の合った見事なコンビネーションは周囲に驚きをもたらした。
競技はただ相手を撃墜すれば良いだけでなく、連携も重要な評価項目となるだけに、それは非常に大きなアドバンテージとなる。
一年半に渡りトップパイロット達に揉まれてきた夕陽にとって、初参加ではあったが自身の成長に確かな手応えを感じることができ、これまでにない充実感に満たされていた。
そして三日目のこと。
敏生、どこに行ったんだろ?
もうそろそろブリーフィングが始まるというのに、彼の姿がどこにも見当たらない。
彼が行きそうな場所を手当たり次第、探して回る。格納庫までやってきた夕陽は、裏手の方が騒がしいことに気づくと、急いで駆け付け、そして愕然とした。
夕陽にとって新旧エレメントリーダーの敏生と木村、その二人が口元から血を流し、それぞれお互いの仲間達に羽交い締めにされ宥められている。それは明らかに殴り合いの喧嘩が繰り広げられた後。
敏生は未だに興奮している様子で、仲間を振り解こうとあがいていた。
「敏生!! やめて!!」
夕陽は慌てて彼のところへ駆け寄ると、敏生を抑えようと抱きついた。
「何やってんのよバカ!! 何があったか知らないけど!? 暴力に訴えるなんて最低!! 見損なったよ!!」
その夕陽の言葉でピタリと彼の動きが止まる。
ほっとして顔を上げ彼の様子を窺った瞬間、凍り付いた。
自分を見つめる彼の目。それは初めて目にする彼の傷ついた表情だった。
「あ……」
敏生の力が抜け、彼を抑えていた他の仲間達も体を解く。彼は地面に転がっているヘルメットを拾い上げると、よろよろと隊舎に戻っていった。
「……何があったんですか? 木村一尉!」
夕陽は縋るように木村を見たが、木村もまた仲間の腕を振り解くと、何も答えず口元の血を拭い、その場を立ち去ってしまった。
信じられなかった。温厚な敏生が殴り合いの喧嘩をするなどと。それも、よりによって夕陽が尊敬していたかつての上官と。
もちろん、ただで済むはずもない。
結局、敏生は相手が先任だったこともあって五日間の自宅謹慎処分となった。だが、一方で木村はお咎めなしだった。それはこと、戦闘機分野においてはおんぶに抱っこで肩身の狭い海自が、空自に配慮した結果でもあった。
あたし、バカだ……
理由も聞かず、勢いで彼にひどいことを言って傷つけてしまった。
何であんなことを言ってしまったのだろう? 今さら、悔やんでも悔やみきれない。急いで彼の下へ駆けつけたかったが、戦競期間中は基地の外に出ることは禁止されていた。
「いい加減切り替えろよ、イデア。今までの努力を無駄にするな」
「ジャック……」
北条が夕陽の隣の待機シートにどかっと腰を下ろす。
迎えた戦競最終日。勝ち残り形式の対戦闘機戦闘は、ここまで好成績を残していた夕陽と北条がながと代表として編隊を組むことになっていた。
「ジャックは知っているの? 喧嘩の原因」
彼はあのとき、敏生を抑え込んでいた一人だった。
「さあな。ま、ガイアさんがあそこまで逆上するなんて、原因は大方予想が着くけどな」
「え?」
北条の言葉に身を乗り出す。
「ほんと鈍いのな。あの木村って一尉殿、お前に気があんだろ? 要はお前をめぐって殴り合ったってことだ」
夕陽は驚きのあまり目を見開くと、ぶんぶんと手を振った。
「ええ!? ないない、ないよ、そんなこと! だって、木村一尉はすっごい堅物で有名な人なんだよ!?」
はぁー、と北条が大きくため息をつく。
「こりゃあ苦労するわけだよな、ガイアさん。にしても、選り取り見取りの立場なのになんでこんなのを待ち続けるのか。俺には理解できん」
「こんなん言うな」
言い返すも、内心穏やかじゃない。そうだった、敏生はすごくモテるんだった。湧き上がってくる焦燥感。もし、あの一言で彼の気持ちが離れてしまっていたら。
「あのさ、余計なお世話かもしれないけど俺たちは戦闘機パイロット。明日も当たり前の日常が来るとは限らないんだぜ? 早くケジメつけないと、な」
ドキリとする北条の言葉。だがその通りだ。核心をついている。
「心配すんなって。ガイアさんはあれくらいでお前のこと嫌いになるような器の小さい男じゃねえよ。そんなん、お前が一番良く分かっているだろ?」
「ん……、そうだね」
四機編隊長の菅沼にも似たようなことを言われた。何故だろう。隊内の誰も彼もが自分たちのことを応援してくれていて、心に沁みる。
「ね。ところでジャックは彼女さんのどこを好きになったの?」
「え? なんだよ、藪から棒に」
「教えてよ、すごく可愛い会社員の彼女さんがいるって聞いたよ?」
照れ臭そうに頭を掻き、シートに身体を沈める北条。
「美鈴だろ、あんにゃろ。ってか、照れるじゃん、いきなり。あー、やっぱ笑顔かな、うん。めちゃくちゃ癒されるんだよ、あの笑顔に」
「ぷっ。ベタ惚れだねー」
「わっ、笑うなよ。そういうお前はガイアさんのどこが好きなんだよ?」
「防衛機密」
「おまっ、人に聞いといてそりゃないだろう!?」
「だって……、そういうことは真っ先に本人に伝えたいもん」
ヘルメットを抱え込み、顔を埋める。北条はハハッと短く笑うと、ポンと膝を叩いて立ち上がった。
「だな。じゃあすっきり勝って終わろうぜ。リードはお前に任せた。時間だ、行くぞ」
「うん!」
絶対に勝つ。自分のことをずっとずっと、温かく見守ってきてくれた敏生のためにも。
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