アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【最終話】本日天気晴朗ナレドモ波高シ ①
【最終話】本日天気晴朗ナレドモ波高シ 大日本帝国海軍中将 秋山真之 ①
じゃがいもはひと口大。にんじんは乱切りで、玉ねぎは薄切り、っと。えっと、敏生が苦手なしらたきは無しでおっけー♪
鼻歌交じりに手際よく仕込みを進めていると、呼び鈴が鳴った。
あ、帰って来た。
ドアスコープを確認し、ドアを開ける。
「お帰りなさーい!」
「ただいまー」
敏生が玄関に入ろうとしてふと動きを止め、夕陽をじっと見つめる。
「どうしたの?」
「いや。天使だな、と思って……」
「もー」
ぎゅっと敏生に抱き着くと、彼もまた目尻を下げて背中に手を回す。
「突然のアラート待機、お疲れさま」
「まったく、清瀬のやつ。せっかくの夕陽との休日が半日潰れちまった」
「仕方ないよ。ティーダ、病欠だったんでしょ?」
「真相は二日酔いだよ。昨晩、ガッツとビーバーにしこたま飲まされてドボンだと」
「ほんとに? それ許せない!」
「大丈夫。代わりに当分、その三人に俺たちの休日のアラート替わってもらうことにしたから」
「さすが編隊長殿!」
二人で笑いながら軽く唇を重ねる。
彼と結ばれて以来、タガが外れたようにプライベートでも毎日、敏生と一緒にいる。
常に彼の温もりを感じていたくて、気が付けばすっかり半同棲状態。自分のアパートにはたまに物を取りに帰るくらいだ。さっさと引き払って同棲に切り替えることも考えたが、幹部自衛官同士としての世間体もあり、そこまでは踏み込めていない。
「何作っているの?」
「えへへー、敏生の大好きな肉じゃがだよ」
「うわっ、楽しみ。夕陽の手料理、めちゃくちゃ美味しいんだよな」
それは愛情込めていますから、という返しのセリフはまだ恥ずかしくて言えない。
「何か手伝うよ?」
「大丈夫。敏生はアラート明けで疲れてるんだから休んでて」
幹部自衛官ゆえ家事一切、身の回りのことは何でもこなせてしまう彼。もっとも、大好きな人の世話を甲斐甲斐しく焼きたい夕陽としては、男子厨房に入るべからず、だ。
「でも、そばに夕陽がいないと寂しくてさ」
「もー。じゃあそばに居てくれる?」
「うん。あー、俺、幸せだなー」
「あたしも」
頬を染め俯くと、ぎゅっと後ろから抱きしめられる。敏生は優しい。いつも蕩けるように甘い、癒しのひとときを与えてくれる。
「夕陽のエプロン姿、ほんと可愛い」
「こら、これじゃお料理できないよぉ」
苦笑しながら包丁を置くと、胸元に回っている彼の腕にぎゅっと抱きつく。幸福な時間。自分が彼とこんな時間を持てるなんて、思ってもみなかった。
「なあ、夕陽」
「うん?」
ただ温もりが幸せ過ぎて。彼の逞しい身体に包まれていると、自分がとてもか弱い存在になったような感覚に陥る。それがまた、不思議と心地よい。
「好きだよ」
「ん、あたしも」
どちらからともなく始まる、啄むようなバードキス。
「明日さ」
「なあに?」
「俺んち、行かないか?」
「え? ここ敏生のおうちじゃない」
「いや、俺の実家。戸塚の」
「え?」
驚き、彼を見上げる。
「夕陽のこと、真剣だから親にも会わせておきたくてさ」
「ご、ご両親にご挨拶って、早くないかな?」
「出会ってから、夕陽のこと好きになってからもう二年近く経った。俺にとっては充分だ」
素直に嬉しい。自分のことを真剣に考えてくれている彼。
「そっか、そうだよね。いいよ、よろしくお願いします」
「良かった。ありがとう」
ホッとした様子の彼に、夕陽の顔も綻んだ。そこまでが昨日のこと。そして。
やばい、緊張してきた。
手には横浜で途中下車して購入した人気のスイーツ。東海道本線の戸塚駅で降り、彼に手を引かれながらあれこれと想いを巡らせる。
確か敏生のご両親って海自だったよね。やっぱり横須賀勤務なのかな? 敏生の年齢考えると、お父様は海将補とか、もしかしたら海将? うわ、緊張する。地方隊の総監とか、お偉いさんだったらどうしよう。あ、でも鬼の先任伍長殿という可能性も。それはそれで緊張するなー。
そんなことを漠然と考えながら、どう転んでもいいように、対面時の挨拶を頭の中でシミュレーションする。
彼の実家は駅から徒歩十五分ほどの閑静な住宅街にあった。小洒落た洋風の家屋に手入れの行き届いたイングリッシュガーデン。敏生が呼び鈴を押すと、しばらくしてカチャッとドアが開いた。
「やあ、いらっしゃい」
「親父、久しぶり。で、彼女が神月夕陽さんね」
出てきたのは父親だった。落ち着いた雰囲気を纏った、物腰の柔らかそうな印象だが、そんなこととは関係なく心臓が沸騰し、数通りのシミュレーションの内容など一瞬で吹き飛んでしまった。
「敏生の父です。いつも息子がお世話になっています」
「あ、あたし、敏生さんとお付き合いをさせていただいております、神月夕陽と申します!」
咄嗟にペコリと頭を下げ、顔を上げたのだが。
……はい?
感じる違和感。初めてじゃない、何故か知っている敏生の父親の顔。そしてその顔が自身の記憶と一致した瞬間、心臓が一気に底冷えする。
「門真……統合幕僚長……どの?」
門真英生統合幕僚長。かつては右に出る者のいない巧みな操艦技術を以って、花形のイージス艦やヘリコプター搭載護衛艦の艦長を歴任し、その清廉で高潔な人柄から将兵達の信望を一身に集める、陸海空自衛隊に於ける自衛官としての最上位者。
え……? え? …………ええええええええええええええ―!!!?
「しっ、しっ、失礼致しましたー!!」
真っ青になり、慌てて直立不動で敬礼する。
「おいおい、やめてください。今日はプライベートです。貴女は我が家の大切なお客さまなんですから。さ、どうぞお入りください」
統幕長から促され、恐縮しながら家に上がる。一体これは何の罰ゲームだろうか?
「あれ? 親父のこと言ってなかったっけ?」
「聞いてないよおー!」
呑気な敏生に無性に泣きたくなってくる。彼と出会ってから二年近く、今の今まで気がつかなかった自分が腹立たしい。
「お袋は? 呉から帰ってきてるんだろ?」
リビングに入った敏生が父親を振り返る。
「ああ、母さんなら今、コーヒーを淹れてくれているよ。寄港先のパナマで手に入れたゲイシャを振舞うチャンスだって張り切ってる」
「おっ、マジで? いいねいいね」
当たり前とはいえ、統合幕僚長と完全に親子の会話を繰り広げる敏生。一方の夕陽はその会話の内容に再び背筋が凍る。自分の記憶が正しければ、確か統幕長の奥様は……
「いらっしゃーい。まあ、貴女が神月夕陽さんね。会いたかったわー」
ドアが開き、お茶とお菓子を乗せたお盆を持って現れた端正な顔立ちの女性。かつて女性初の護衛隊群司令を務め、現在は防衛大臣直轄部隊である練習艦隊の司令官を務める桑原瑞穂海将補、その人だった。隊内では別姓で通しているが、有名なおしどり夫婦だ。
「あ、ああ、えっと、三等海尉、神月夕陽です! そ、その! お茶出しはあたしがやりますから!!」
いくら客人とはいえ、よりによって「提督」にお茶を出してもらうなんて初級幹部としてあり得ない。
「あら、いいのよー。今日は敏生が初めて彼女連れて来るって聞いて、あたし嬉しくて嬉しくて。それもあの神月夕陽さんだって言うじゃない? もうびっくりしちゃってー」
少女のように目を輝かせてはしゃぐ姿は、とても海自きっての女傑と言われた人物とは思えない。
「そうそう気にすんなって。今日は夕陽が主賓なんだから。お袋の手料理も美味いんだぜ」
ソファにふんぞり返って、パクパクと煎餅を摘む敏生を恨めし気に睨み付ける。
「君のことは息子からよく聞いているよ。とても可愛くて頑張り屋さんだと。さ、そんなところに立ってないで、どうか座ってくつろいで下さい」
それでもまだ戸惑っていると、敏生にぐいっと手を引っ張られ、ストンとソファに腰を落とした。
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