アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【最終話】本日天気晴朗ナレドモ波高シ ②
<本編に入る前に>
このエピソードの初出は今年3月8日の某WEB小説サイトなのですが、それから2カ月後の5月14日、愛知県犬山市の入鹿池に航空自衛隊のT4練習機が墜落し、搭乗されていた井岡拓路一等空尉(31歳)と網谷奨太二等空尉(29歳)が殉職されました。地上の人たちを巻き込むまいと、最後まで必死に機体をコントロールし、池へと誘導された精鋭イーグルドライバーのお二人。奇しくも、このエピソードの敏生の状況と被ることとなり、残念でなりません。
最期まで国防に携わるパイロットとして、崇高なご意思を貫かれたお二人のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
【最終話】本日天気晴朗ナレドモ波高シ 大日本帝国海軍中将 秋山真之 ②
「何ですかそれ、おっかしいー」
お腹を抱えてアハハと笑い転げる美鈴。
昼食を終え、午後の課業再開までのいつものおしゃべりタイム。
「もう、笑いごとじゃないよ~。こっちは本当に心臓が止まると思ったんだから」
プクっと膨れてみせるも、実は怒ってなどいない。
あのあと、会社員のお姉さんも加わり、夕陽の緊張を解すように和やかに包んでくれた彼の家族。
それはとても楽しく賑やかなひとときで、厳格な家庭に育った夕陽にとっては絵に描いたような家族団らんの光景だった。
彼によるとご両親とお姉さんもいたく夕陽のことを気に入ってくれたそうで、次はいつ連れて来るのか、とせっつかれているらしい。
「じゃあもう、情報統制は解除ですね」
「情報統制?」
「ええ。門真一尉、夕陽さんに余計なこと言うなって皆に触れて回っていましたから」
「ええ? 何でよー?」
初耳だ。だからこれっぽっちも気づかなかったのか。
「それはやっぱり、夕陽さんにありのままの自分を好きになって欲しかったからじゃないですか?」
ニヤッと夕陽を覗き込んでくる美鈴に思わず赤面する。たぶん、彼がいうところの「正々堂々」のひとつなのだろう。いつだって、自分に対して真っ直ぐに向かってきてくれる彼。
「そんな……あたしはどんな敏生だって構わないのに……」
「きゃーっ! 夕陽さんめちゃくちゃ可愛いっ!!」
美鈴にいきなり抱きつかれる。
「ちょ、ちょっと美鈴ちゃん!」
「あーもー、あたしが男なら絶対ほっとかないわ、この可愛さは。さすが門真一尉」
「もーう」
苦笑しながら美鈴を引き剥がすと、美鈴がおどけたようにチッと舌打ちして見せる。
「お互い寂しいですね? 二週間も会えないんじゃ」
またもや空自からの要請で、臨時教官として二週間、浜松に出張となった敏生。
ながと級二番艦「むつ」でも戦闘飛行隊が創設されることになり、育成が間に合わない海自に更に十名の戦闘機パイロットが引き抜かれることになった空自からの要請とあっては、断ることはできなかった。
確かに寂しい。すごく。
一人のときは寂しさなんて感じなかった。今まで誰にも頼ることなく、歯を食いしばり一人で生き抜いてきたつもりだったのに、敏生と結ばれてから、いや、彼のことが好きになってから自分がひどく弱くなったような気がする。
だが一方で、彼から与えられるものひとつひとつが夕陽にとっては余りにも大きくて、今となってはたとえ強さと引き換えであっても離れることなど考えられなかった。
「うん。でも敏生は〝こういうのは請われているうちが華だから〟って」
「おー、さすがのポジティブシンキング」
もっとも出発前日の日曜日には、気を失いそうになるくらいさんざんに求められたが。翌日からの定期コールも欠かさない彼。彼との甘い会話を思い出し、一人はにかむ。
いいのかな、あたし。こんなに幸せ過ぎて。そっと首元に手をやる。
え?
無い。そこにあるはずの、敏生が買ってくれた誕生日プレゼントのペンダントが。
「うそ……、やだ、どうして!?」
「どうしたんですか?」
「無いの! ペンダントが!」
「夕陽さん落ち着いて。服の中で引っ掛かっていませんか?」
美鈴に宥められ、ハッと我に返る。あった。お腹のところで引っ掛かっていた。
何、これ……。
「大丈夫ですよー。これくらい簡単に直してもらえますって」
そうじゃない。胸に渦巻く、えも言われぬ不安感。そのとき。
突然、基地内に鳴り響いたけたたましいサイレン音。
「エマージェンシーコール……?」
〝浜松管制隊より入電! 当基地所属の門真一等海尉が搭乗するT4練習機が御前崎沖で消息を絶った! 救難隊は直ちに発進せよ! 繰り返す!〟
うそ……、いま、なんて……
ガツンと後頭部を殴られたような衝撃。血の気が引き、目の前が一瞬にして暗くなる。
「夕陽さん!?」
身体中から力が抜け、崩れ落ちる夕陽を美鈴が慌てて抱き止める。
敏生……
そのまま夕陽は意識を手放した。
*
遡ること三十分前。
これまで数多の航空機墜落事故の原因となってきたバードストライク。離陸して高度を上げている最中に、目の前に突然舞い上がった鳥の大群は防ぎようもなかった。
高速で飛行している航空機に鳥が衝突する際の衝撃は相当なもので、前席の風防はひび割れて鳥の血に染まっている。そして不運にも左右の空気吸入口から鳥を吸い込んでしまったようで、小爆発を起こした後、エンジンは二発とも完全に停止してしまっていた。
国民の血税で購入された大切な機体だが、リカバリーが不可能であることは一目瞭然。ギリっと唇を噛むと、即座にエマージェンシーコールを通報した。幸いある程度高度は確保していたので即墜落とはならない。ここからはひとつひとつの判断が重要になってくる。
「浜松コントロールよりチェッカー07へ。基地への帰投は可能か?」
「厳しいと判断する。油圧系統はまだ生きているが、左右のエンジンが爆発を起こしているので時間の問題だ。民家に落とすわけにはいかない。機首を海に向ける」
浜松基地周辺は住宅街。一か八かで守るべき国民の生命を危険に晒すわけにはいかない。
「了解した。直ちに救難隊を派遣するので方角が定まったら連絡願う」
「感謝する」
微かに舵が効くうちに機首を海に向ける。既に滑空状態につき、高度が徐々に下がり始めている。エンジンが停止している今、無茶な急旋回は即失速、墜落に繋がる。
前席には操縦課程の学生。極限状態につき万が一、パニックを起こして余計なことをされたら事だ。目の前に迫る人気のない丘陵地帯。キャノピーを粉砕するなら今だ。
「飯沼一曹、先にベイルアウトしろ」
「そんな! 嫌です!」
「ああもう、君がいると邪魔なの! 早く行け!」
「……すみません!」
「泣くな! 姿勢を正さないと首折るぞ! 身体ちぎれるぞ!」
「はい!」
飯沼が意を決しレバーを引くと、キャノピーが粉砕され、爆炎と共に勢いよく前席が射出されていった。周辺に民家はないので破片が被害を及ぼすことは無いだろう。だが、息をついている暇はない。
「チェッカー07より浜松コントロールへ。飯沼一曹をベイルアウトさせた。拾ってくれ」
さてと。やべえな、これ。
フラップが効きづらくなってきた。このままだと旋回状態から戻せなくなる。この方向だと海は遠いが仕方がない。水平飛行に戻す。
頼む、保ってくれよ。
助からなくてもせめて最後の瞬間、脱出装置だけは起動させたい。日夜、必死に機体の整備に努めてくれている隊員達に、間違いがなかったことを証明するためにも。だが。
高度が下がっていく。この分だと海まではギリギリだ。T4の脱出装置は高度ゼロ速度ゼロでも脱出できるように設計されてはいる。もっとも、人を巻き込まない確証が得られるまでは射出レバーに手を掛けることは出来ない。
ごめん……。俺、駄目かもしれない。
絶対に守ると約束した、誰よりも大切な人。よりによってその彼女を、自分が泣かせてしまうことになるかもしれないとは。
最低だな、俺。
脳裏を過るのはあの、初めて出会った時の彼女の不機嫌そうな顔。好事魔多しとはこういうことか。やっとの想いで結ばれたばかりだというのに。
夕陽――――――!!
数分後、敏生の乗ったT4が浜松コントロールのレーダーから消えた。
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