アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【最終話】本日天気晴朗ナレドモ波高シ ④
【最終話】本日天気晴朗ナレドモ波高シ 大日本帝国海軍中将 秋山真之 ④
翌日の精密検査の結果も問題はなく、戦闘機パイロットを続けられることになった敏生。
これから国土交通省運輸安全委員会による事故調査も本格的に開始されるが、既に事故の状況も明らかになっており、敏生の判断は的確でミスも無いことから、お咎めは無いだろうとの見方が関係筋から示されていた。
下関に向かう新幹線の中、二人黙ったまま手を繋ぎ、肩を寄せ合う。T4の墜落事故は全国ニュースとして報じられ、民家への墜落を避けるべく命を賭して海へと誘導を試み、着水とほぼ同時に脱出した敏生の行動は美談として取り上げられていた。
もっとも当の本人はこの件に関して一切、語ることはなく、彼の気持ちが痛いほど理解できる夕陽もただ、黙って彼に寄り添うだけだった。
ぼんやりと流れる車窓を眺めていると、ふと彼の手に力が入った。覗き込むと、心なしか顔色が悪い。新幹線は掛川に差し掛かったところ。ハッと思い至る。墜落地点の御前崎沖からは目と鼻の先、窓の外に見覚えのある地形でも認めたのだろうか?
夕陽は落ち着かせるように彼に抱き着くと、その胸に頬ずりした。彼もまた、目を瞑るとそっと夕陽の黒髪に顔を寄せる。お互いがただ、堪らなく愛おしい。
最愛の人の温もりに落ち着いたのか、新幹線を降りる頃には敏生はいつもの明るさを取り戻していた。
もっともこの後のことを考えると、彼に反比例するように夕陽の心は沈んでいく一方だったが。
乗り換えの小倉で一旦、駅を出て昼食をとる。夕陽にとっては学生時代に良く買い物に訪れた街。懐かしさに駆られ彼方此方覘いてみたかったものの、彼に手を引かれては、大人しく従わざるを得ない。
「大丈夫。全て俺に任せて」
夕陽を慮り、握る手に力を込める彼。二人なら、怖いものなど何もないと思えてくる。
小倉から下関へは山陽本線で関門トンネルを潜り、ものの十五分程度。改札を抜けると、そこは変わらぬ故郷の景色だった。
駅からは歩いて二十分。生まれ育った町を彼と行くのはどこか不思議な感じで、面映ゆい。知り合いに見られたらどう思われるだろう、と伏し目がちに歩く。心のどこかで、さりげなく彼を自慢したい気持ちもあったりして。
だが、そんな浮ついた気持ちも、いざ生家を前にすると一瞬にして吹き飛んでしまった。
心の準備も整わないままに、敏生が何のためらいも無く呼び鈴を押す。できれば留守であってほしい、というささやかな願いもむなしく、玄関の扉が開いた。
「はーい?」
出てきたのは母親の真理子だった。記憶の中の母親とは異なり頭髪に白いものが混じっていて、確実に八年の歳月が過ぎたことを痛感する。
「お母さん……」
「ゆう……ひ」
母親は呆気に取られた様子でしばし夕陽の顔を見つめていたが、我に返ると気色ばんだ。
「何しに来たの!?」
その言葉に夕陽も一瞬にして頭に血が上った。
「待ってくださいお母さん! 彼女の話を聞いてあげて下さい!」
「あたし!? あたしは話すことなんて何もないよ!」
「誰だか知りませんが貴方にお母さんと呼ばれる筋合いはありません!」
「どうしたんだ、母さん?」
玄関先での騒がしさに気づき、顔を出したのは父親の和博。そして夕陽を認めた瞬間、顔色を変えた。
「帰れ! 二度と敷居を跨ぐなと言ったはずだ!」
「待ってください! お願いです! 話を聞いてください!!」
敏生はそう叫ぶと、その場にストンと膝をつき、手を置いた。
「なっ、何をしているんだ!? やめなさいこんなところで!」
出た。必殺どこでも土下座。これやられると焦るんだよね。
案の定、玄関先で額を地面に擦り付け始めた彼に、近所への体面を気にして慌てふためく両親。悲しいかな、血は争えない。
「やめません! 話を聞いていただけるまでは!」
「分かった! 分かったから一旦中に入りなさい!」
「ありがとうございます!」
すごい……敏生。この人たちをあっさりと手玉に取って……。
「さ、お言葉に甘えて入ろう、夕陽」
まさか彼に促されて実家の敷居を跨ぐことになるとは、思ってもみなかった。
実に八年ぶりとなる生家。過去の記憶が昨日のことのようによみがえってくる。客間に通されると、父の和博はどかっと床の間の前に腰を下ろした。
そういうことね、と夕陽の中に両親に対する反発心が湧き上がってくるも、敏生は気にする素振りも見せず正座すると、畳に両手をついた。
「で、一体どういうつもりなんだ? それから何なんだ、君は」
「申し遅れました! 私は夕陽さんと真剣にお付き合いさせていただいております、海上自衛隊自衛艦隊航空集団ながと航空隊戦闘飛行隊一等海尉、門真敏生と申します! これ、つまらないものですが受け取ってください!」
これまた敏生必殺の横浜土産、中華街は精華樓の肉まん。
確かに頬が落ちるほどの至極の一品ではあるが、地方出身の夕陽からしたら貴陽軒のシウマイの方が知名度的に良かったのでは、などと考えてしまう。
「夕陽から何も聞いていないのか? 私は……」
はあ、とため息をついてお土産を脇に除ける父親。てっきり叩き返されることを想定していた夕陽としては意外だった。敏生の勢いに中てられてしまったのだろうか?
「存じております。実はそのことでお願いがあって参りました」
敏生は一旦顔を上げると、真剣な表情で和博を見据えた。
「どうか、夕陽さんを許してあげて下さい!」
再び頭を下げる敏生。
「夕陽さんはいつも一生懸命で、頑張り屋さんで、素直で、融通が利かないくらい真面目なすごくいい子なんです! そんな彼女のどこに問題があるのでしょうか!?」
「敏生……」
自分のために必死になってくれている彼に胸が詰まる。
でも……「融通が利かない」は余計じゃないかな?
「申し訳ないが、私たちは人を殺す訓練をさせるために娘を育てたんじゃない。心の底から反省して自衛隊を辞めたというのであれば聞く耳も持つが、いまだに国民の税金を使って人殺しの訓練に明け暮れているというのであれば、そこにいるのは私たちの娘ではない。さっさとお引き取り願おう」
和博の言葉に頭が沸騰する。
「人殺しって……酷い! 本気で言ってるの!?」
「夕陽、駄目だ」
身を乗り出そうとして、敏生に手首を掴まれた。
「なんで言い返さないのよ!? 敏生言ってたじゃない! 俺たちは相手を倒すために訓練しているんじゃない! 相手が大切な人達に手出しできないように訓練しているんだって! それが俺たち自衛隊の国の守り方だって!」
悔しい。自分たちの必死な想いを頭ごなしに否定する人間が、よりによって自分の肉親であることが。
「夕陽、落ち着いて」
「人を殺したいなんて思っている自衛官なんか誰一人いないわよ! 敏生だってついこの間の墜落事故で一般の人を巻き込むまいとして死にかけたんだから!!」
「あ、いや夕陽、それは……」
和博の眉がピクリと動く。
「事故というのは、先日の静岡で起こったあれか」
「申し訳ありません」
「そうか、君があの事故を起こしたにも関わらず、すっかり英雄気取りの本人か」
父親の物言いにさらにカチンとくる。許さない、彼を侮辱することは。
「ふざけないで! あの事故は敏生のせいなんかじゃない! バードストライクなんか防げるわけないじゃない! 敏生があのときっ、どんな思いでっ……!」
いよいよ父親に掴みかからんとする夕陽を敏生が手で制した。
「いや、お父さんの言うとおりだよ。国民の税金で買っていただいた大切な飛行機を俺は最後まで守れなかった。それどころか自衛官として守るべき一般の人たちの生命を危険に晒した。俺がもっと注意をしていればバードストライクは避けられたかもしれない。操縦桿を握っていたのは俺だ。言い訳の余地は無い」
「何……言ってるの? ……敏生?」
ここまで侮辱されているのに、何故、敏生は和博を庇うのか? 信じられない思いで彼を見つめていると、彼は夕陽の両手を取り、落ち着かせるようにぎゅっと握り締めた。
「夕陽、聞いて。俺はご両親と喧嘩をするためにここに来たんじゃない。俺はただ、今の夕陽がどんなに頑張っているか、どんなにいい子か、どんなに可愛い子かをご両親に知ってもらいたくてここに来たんだ」
彼の目が優しい。
「真っ赤で大きな夕陽のように、全てを優しく包み込むことのできる寛容な女の子に育って欲しい。そう願って名付けられた娘さんがその名の通り、立派になりましたって」
「敏生……」
心が激しく揺さぶられる。
嫌で仕方なかった自分の名前は、大好きな彼に呼ばれ続けることで、いつしか受け入れられるようになっていた。だが彼は、そんな夕陽のコンプレックスの根底そのものをただの勘違いだと、いともあっさりと否定したのだ。
「お父さん、お母さん。私はご両親のお嫌いな自衛官です。無理に自衛隊のことをご理解いただこうとは思いません。ご両親が平和を愛すがゆえ、自衛隊をお嫌いなのは承知しております。〝戦場に教え子を送るな〟という考えはとても崇高なものだと私も思います」
改まって畳に手をつき、両親を見据える敏生。
「ですが……、果たしてそれが夕陽さんを勘当する理由になるのでしょうか? 愛し合うべき実の親子がいがみ合う理由になるのでしょうか?」
強い眼光で父親を見据える敏生。そこにあるのは恐らく彼の信念。和博の目が一瞬泳ぐ。
だが、父もまた、信念の塊だった。
次回、最終回です。
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