アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【最終話】本日天気晴朗ナレドモ波高シ <Mission complete>
【最終話】本日天気晴朗ナレドモ波高シ 大日本帝国海軍中将 秋山真之 <Mission complete>
「子供たちに平和の尊さを教えるのは我々教師の義務だ。かつての戦争の悪夢を繰り返してはならんのだ。それを自分の娘がまさか日夜、戦争の訓練をしているなどと……。子供たちに対して説明が立たん」
敏生は和博の言葉に力強く頷くと、上体を起こした。
「平和の尊さを知り、どのように平和を守っていくか、それを考えることはとても大切なことだと思います。私たち自衛官は日本の平和を守っている自負があります。ご両親と目的は同じです。ただ、アプローチの方法が異なるだけなんです」
縋るように想いを訴える彼。だが、和博は一笑すると敏生を睨み付けた。
「すまないが、君たちと一緒にしないで欲しい。人は話し合えば分かる。暴力装置の軍隊などは必要ないんだ」
我慢も、もう限界だ。敏生が必死に歩み寄ろうとしているにも関わらず、よりによって「暴力装置」とは。夕陽はいきり立つとテーブルをばんと叩き、身を乗り出した。
「……はあ? なに言ってるの? 話し合う以前にあんた、聞く耳持って無いじゃん! いつもそうだよね? 自分の考えにそぐわない意見を排除して何が分かり合えるよ? あたしの話なんかまともに聞いてくれたことも無いくせに!」
悔しくて情けなくて、涙が止まらない。横に目をやると、敏生が両手を畳についたまま頭を垂れ、押し黙っている。その下にぽつり、またぽつりと滴る雫。
泣いているの……? 敏生……。
敏生を傷つけた。許せない、絶対に。
「もういい! もういいよ、敏生、帰ろう! もう充分だから! あたしはこれ以上敏生に嫌な思いをして欲しくない!」
促すように夕陽が敏生の腕を取る。だが、彼はその手を振り払った。
「良くない!! だからいつまで経っても戦争が無くならないんだ!!」
予想だにしなかった彼の大声に呆然とする。両親もまた、呆気に取られている。
「人種、宗教、国境、利権、主義、主張! 自らこそを正義としてお互い相容れないからこの世から戦争が無くならないんです!」
目を真っ赤にしながら親子に訴える。それは彼の心からの叫び。
「なのに……、なのになんでよりによって愛し合うべき実の親子がっ、イデオロギーのことでこんなにいがみ合わなくちゃならないんですかぁ……」
「敏生……」
悔しさのあまり、唇を噛み締め、涙を流す敏生。
「夕陽も駄目だよ……、ご両親のことを〝あんた〟なんて言っちゃ……」
親子の絆に勝るイデオロギーなどありえない。
そう問いかける敏生の言葉が、親子の胸に深く突き刺さる。
沈黙。
彼の鼻を啜る音だけが部屋に響く。どれくらい経っただろうか? 沈黙を破ったのは和博だった。
「私たちは自衛隊を信用していない。これまでも、そしてこれからもだ。教え子を戦場に送るな、という主張は私たちを教師たらしめる矜持だ」
そう毅然と言い放つ父親に、夕陽は落胆した。結局、この人たちとはどこまで行っても交じり合うことなど出来ないのか。
「だが……」
和博が顔を上げる。
「君は少なくとも人として信用できる男のようだ」
うそ……。敏生に向き直って畳に手をつき、頭を下げる父。驚きを隠せない。あの厳格でプライドの塊のような父が、人に頭を下げるなんて。
「敏生君といったね。色々と言って、すまなかった。どうか娘を幸せにしてやって欲しい」
「お父さん……」
思わず顔を見合わせる二人。
「絶対に誓います! 必ず娘さんを幸せにします! そしていつの日か、自衛隊そのものがお父さん、お母さんに信用していただけるよう、夕陽さんと一緒に頑張ります!」
信じられない。あれほど頑なだった両親が。涙が止まらない。
「夕陽」
「は、はい」
「勘違いするなよ。まだお前を許したわけではない。これから、私はお前の自衛官としての平和に対する覚悟とやらを、じっくりと見せてもらうつもりだ。だから」
すっと二人から視線を逸らし、庭先を見つめる父。咲き誇るオリーブの白い花。
「一年に一度くらいはこの家に帰ってきなさい。敏生君と一緒に。いいよな、母さん」
母の真理子は和博の問い掛けに口元を抑えると、涙を流しながらただただ何度も頷いた。
「夕陽、良かったな。良かったな」
彼もまた、夕陽の肩をポンポンと叩きながら、顔中を涙でグシャグシャにして喜んでくれている。
「としきぃ……」
またも彼に教わった。目の前の問題から逃げずに、真正面から向き合うことの大切さを。
プライドをかなぐり捨て、ただ夕陽のことだけを想い、両親に向かっていった彼。
何もできなかった自分を情けなく思う以上に、彼があまりにも大きくて、傾倒せずにはいられない。誰よりも安心できる彼の温もりに濡れた頬を寄せる。
もう、彼のいない人生など夕陽には考えられなかった。
*
その日は夕陽と久しぶりに積もる話をしたい、との両親の希望もあって、そのまま実家に泊まることになった。
敏生もそうなることを折り込んでいたらしく、特に宿は手配していなかった。「宿は叩き出されたときに考えればいいと思っていた」と笑い飛ばす彼がただ頼もしかった。
「ここが夕陽の部屋か」
感慨深そうに部屋の中を見回す彼。敷かれた二人分の布団。もっとも「君たちを信用している」との両親の言により、恋人同士の営みはご法度だが。
「あたしが出て行った時のまま……」
「いつか夕陽が戻ってきてくれると思って、ずっとそのままにしていてくれたんだな」
「うん……」
またも涙が滲んできて、溢さないように上を向く。今日、生まれて初めて両親と腹を割って話すことができたように思う。
両親が親友の内申点を低く付けた事実はなかった。彼女には夕陽と同じ学校に行けるだけの学力が無く、確実に進学できる学校を志望するよう指導した際に誤解を招いてしまったようだった。また、あの自衛官夫妻にも当時、夕陽の学費と生活費を含めた謝礼を持参し、非礼を詫びたらしい。
自分の勘違いによる思い込みや、両親の自分に対する想いなど、お互いがしっかりと向き合うことで、拗れた紐はいとも簡単に解けていった。
敏生はそんな様子をそっと見守ってくれ、両親が知らない最近の夕陽の様子を、気恥ずかしくて話せない自分の代わりに丁寧に説明してくれた。
また、彼は彼で父親とお酒を酌み交わしながら「平和」に対する信条を戦わせ、決して交わることは無かったが、お互いすっかり打ち解けた様子だった。
「本当にありがとう。敏生のおかげであたし、大切なものを取り戻すことができた」
「お安い御用ですよ。夕陽のためなら、たとえ火の中水の中。みっともないところ沢山見せちゃったけどね」
彼の言葉に夕陽がぶんぶんと大きく首を振った。
「ううん、みっともなくなんかない。すごく、すごくカッコ良くて素敵だった」
敏生が照れ臭そうに首の後ろに手を掛ける。
「ね、何かお礼させて」
「礼なんていらないよ。夕陽の悩みは俺の悩み、後悔だけはさせたくなかったから」
「でも、それじゃあたしの気が済まないの。何でも言って。何でも敏生の言うこと聞くから。ね?」
そのお願いに、敏生は「うーん」としばし宙を見つめ思案していたが、やがて思い出したように視線を夕陽に戻した。
「じゃあ………ひとつだけ」
「うん! なになに?」
いつになく真剣な表情を見せる彼の手を取り、身を乗り出す。
「夕陽の裸エプロン姿が見たい」
「………は?」
なんだ、裸エプロンって……。まさか前に美鈴ちゃんが言っていた、新婚さんが必ずやるというアレか? 一瞬、己の姿を想像してしまい、頭がボンッと爆発する。
「頼む! この先後悔だけはしたくないんだ!」
夕陽の両肩をガシッと掴み、懇願してくる敏生。
「な、なな、なんの後悔よー!?」
「前からずっと思っていたんだ! 夕陽の可愛さを最大限に引き出すのは裸エプロンしかないって!」
「ちょっ、ちょっと、敏生!」
「そして〝ご飯にする? お風呂にする? それともあたし?〟って聞いて欲しい!」
な、なんじゃそりゃー!? 何かのスイッチが入ってしまったのか、目の色を変えて迫ってくる彼。頭の中はもはやパニックだ。あらゆる想像が夕陽の許容量を超えて―――――
バッチーン!!
「このっ、変態―――!!」
「何で―――!?」
思わず手が出てしまった。
「もうっ! 人が本気で言ってるのに!」
憤慨し、腰に手を当ててソッポを向く。全く、さっきまであんなにカッコ良かったのに。
「うぅ、俺も本気だったんだけど……」
消え入りそうな声の彼。横目で見ると、本気でしょぼくれている。その様子が何だかとても可笑しくて、たまらなくいじらしくて。吹き出しそうになるところをグッと堪える。
「もう……分かったわよ。一度だけだからね」
「え……? マジで?」
彼の顔がパッと輝く。
「ここじゃダメ! お家に帰ってから!」
「やったあ!」
ガッツポーズをつくり、満面の笑顔でゴロンとベッドに寝転がる彼。こんなところがとても可愛いと思えてしまう。
誰よりもカッコ良くて、でも時にエッチで、時に可愛くて、時に切なくて。夕陽の初恋は、人生で最高の出会いだったと心の底から思える。
「ほんっと、敏生ってエッチだよねー」
「幻滅した?」
上目遣いに覗き込んでくる彼に、夕陽は大きく首を横に振ると、にっこりと微笑んだ。
「大好きだよ、ダーリン」
すごく嬉しそうに鼻の頭を掻く彼。
世界で一番、という言葉も付け加えたかったが、この先のもっと相応しいシチュエーションのためにも、まだ胸の内にしまっておこうと夕陽は心に決めたのだった。
<Mission complete>
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