かげろうの君と #10 第三話 霊障②
第三話 霊障②
やって来たのは地域で一番大きな総合病院。待ち合いは人で溢れかえっている。
これではなかなか順番が回って来そうにない。
こうしている間にも体調がますます悪化していくのが分かる。
「大丈夫? 拓海」
「……大丈夫だから、さっちゃん。安心して」
半べその彼女の手をポンポンと叩く。叩いた感触はそのまま自分の太腿に伝わるだけだったが、病気の時に一人じゃないのは心強かった。
寄り添う彼女の存在を感じながら、外来ロビーの様子をぼうっと眺めていると、そこにドヤドヤと医師の一団が通りかかった。
物々しい感じはまるで白い巨塔だ。大学病院ではなかったが。
すると、先頭を行く白髪の医師が拓海の前で立ち止まった。
傲岸不遜な雰囲気を纏ったその医師は、しばらくの間、拓海を見下ろしていたが。
「だいぶ辛そうだな。私が診ようか。おい、5番に入ってもらって」
「でも院長、この後の予定が……」
傍らの医師たちがおろおろとしている。
「あんな会合、どうとでもなるだろう。苦しんでいる目の前の患者が優先だ」
「しかし……」
……院長? 何で大病院の院長が通りすがりの外来で突然、発熱診療のヘルプを?
熱のせいもあって理解が追いつかないが、診察が早まるのはラッキーだ。
「すみませんが、院長が診ますので、5番の診察室に入ってお待ちいただけますか?」
取り巻きの一人がやれやれ、といった様子で拓海を促す。
「は、はい……」
フラつきながら指定された診察室に入ると、間を空けずに看護師が入ってきて、焦った様子でウィルス検査に取り掛かる。
鼻綿棒は何度やっても苦手だ。傍らの幸子が初めて見る検査方法に驚いたのか、顔を両手で覆いながら恐る恐る様子を見つめている。
「ゔっ」
「はい、終わりました。検査結果が出るまでここでお待ちください」
検査を終えると看護師は診察室を出て行った。
「痛かった?」
「うん。鼻グリは何度やっても苦手だよ……」
心配そうな幸子に無理に笑みを作ってみせ、涙目で頷く。
しばらくして、検査結果が出たのか、院長が診察室に入って来た。
問診に聴診、触診をして、うん、と納得したように頷く。
「インフルエンザもコロナも陰性。肺の音も問題ないから、症状の内容から恐らく胃腸炎かな。辛いようなら点滴受けていくかい?」
「お、お願いします」
腹を下しているわけでも、気持ち悪いわけでも無かったが、大病院の院長先生が言うのだから間違いないのだろう。
その後は処置室に移動させられ、点滴の処置が施された。終わるまでは一時間半くらい掛かるらしい。
二人になると、早速、幸子が拓海を覗き込む。
「拓海、本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫。何だか眠くなってきたよ……」
「あたしに気を遣わず少しでも寝て頂戴。一昨日の夜更かしが祟ったのよ、きっと」
「でも、さっちゃんとお喋りするのが楽しくて」
「もう……」
拓海がゆっくりと目を瞑ると、幸子は労わるように、そっと手を彼の目に翳した。
時代が進んで医療もだいぶ進化したようだ。
彼のことはとても心配だが、寝顔を見つめていると、じわじわと幸福感が込み上げてくる。
大好き。拓海。
まさか死んでから80年も経って、初めての恋をすることになるなんて。
彼のことが好きで好きで、彼に触れたくて、はしたないと思うが彼と接吻したくて仕方ない。
恋仲になってからは、何で自分は幽霊なんだろう、と何度もこの身の上を呪った。
でも、幽霊になったから、あの橋で彼と出会えたのは事実。
あの時死んでいなかったら、彼とは出会うこともなく、こうして恋仲にもなれなかっただろう。
何せ、現実的な彼との年齢差は、80歳以上離れているのだ。
しばらく彼の寝顔に惚けながら寄り添っていると、ガラッとドアが開いた。入って来たのは、あの院長だった。
「ふむ、寝ているようだな。薬が効いたか」
え?
動揺する。
拓海が寝ていることを確認した院長が見つめているのは、紛れもなく自分だったから。
「そんなに驚かんでいい。私は昔からよく視えるんだ」
院長は鼻を鳴らすと、どかっと傍らのパイプ椅子に腰を下ろした。
「なぜ君がこの人に取り憑いているのか、詳しく聞きたいと思ってね。霊障だと治療法も変わってくるから」
院長が睨みつけてくる。
「……彼は胃腸炎じゃないんですか?」
幸子はムッとすると、軽く睨み返した。
だが、幽霊に睨まれたというのに、院長は意に介する様子もなく、白衣のポケットにぞんざいに両手を突っ込んだ。
「どこも悪くない。胃腸炎は点滴のための方便だ。体力低下が著しいから栄養剤と睡眠薬を入れてある」
「え……?」
「原因は君だよ」
その、院長の指摘に愕然とする。
あたしが……、拓海が倒れた原因……?
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