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雪の降る街で 第三章 「大社」 ③

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第三章 「大社」 ③


 第一戦車大隊は、年明け初日から本格演習を指示された。

 長期連休明けで停滞気味だった脳味噌が、一気に現実に引き戻される。

 近傍の東富士演習場に移動した大隊の面々は、ミーティング開始までの束の間、各々の持ち場で休み中の話題に花を咲かせていた。

 光一もまた、第一小隊の仲間達の輪に加わっていた。

 三曹とはいえ小隊最年少の光一は、こういう時は聞き役に徹し、話題を振られるまでは口を挟まないようにしている。

 余計な軋轢を生まないために身に付けた処世術。

 だから憧れの女性が仕掛けてきたそれは、光一にとって過分に余計なお世話だった。

「よっ、幸せモノ!」

 後ろから肩を叩かれ振り向くと、藍が満面の笑みを浮かべて自分を見下ろしていた。

「あい……、た、隊長?」

 不可解な笑顔に動揺する。まさか……。

 隊長の登場に、小隊の面々が一斉に立ち上がろうとするところを、藍が両手で制する。

「ああ、みんなまだ休憩してていいわよ。ミーティングは十分後に開始するから。それより聞いたわよぉ? コウ君、菜々ちゃんと正式に付き合い始めたんだって?」
「何!?」
「マジかコウ!?」

 藍の衝撃発言に、第一小隊だけでなく、他の隊の隊員達までが一斉にざわめき立つ。

「なっ!? ど、どうしてそれを!?」
「さっき、司令部で本人から聞いたの。みんなの前で嬉しそうに話してたわよ」

 あいつッ。バラすなら先に俺に言えよ!

 一斉に注がれる視線。妻子持ちや、彼女持ちの隊員達は嬉々とした目で、恋人のいない独身隊員達は真顔で光一を見つめる。

 なんだよ、藍さんもよりによって!

 窮地に追い込まれた光一は、尻込みしそうになるもギュッと目を瞑ると意を決した。

「はい、そういうことになりました。二人とも真剣なのでどうか温かく見守って下さい」

 胡坐をかいた膝に両手をつき頭を下げると、歓喜の雄叫びと絶望の悲鳴が上がった。

 無理もない、相手は駒門のアイドル。

 そんな中、啜り泣く声が聞こえてきて、顔を上げた光一の表情が凍りついた。笑っていたはずの藍が、両手で顔を覆っている。

 え? え? え? どういうこと? 藍さん……? だって俺のことなんか……

 藍の泣き声に気づいた隊員たちが一斉に押し黙り、心配そうに覗き込む。

 藍もまた、駒門では菜々と若い男性隊員の人気を二分する存在。対応を誤れば周囲を敵に回す。

「ひどいわコウ君……、あたしにあんなモーション掛けといて……」

 光一の背筋に冷たいものが走る。え、いや、だって、あれは……

「藍ちゃん、モーションって相当昔の死語だぜ」
「え? そうなの?」

 相原が突っ込むと、藍がケロッとした表情で顔を上げた。

 一瞬にして場が笑いに包まれる。

 案の定、揶揄われているだけだった。ガクッと力が抜けるも、ホッとしたのは確かだ。

「ま、何はともあれ、新年早々おめでとうだね! はい、みんなコウ君に拍手~!」

 藍が促すも、明らかにショックを受けた様子の独身隊員たちが多く、拍手はまばらだ。

「もう。みんな、ノリ悪いゾ」

 藍が口を尖らすと、相原が立ち上がった。

「仲間の幸せを純粋に祝えない奴はいつまでたっても幸せ掴めんぞ! 拍手だ、お前ら!」

 鬼軍曹の一喝で、落ち込んでいた連中も仕方なしに拍手に加わり、その後は半ばヤケクソ気味な盛り上がりを見せることとなった。

 藍も満足そうな笑顔で手を叩いている。

「あと、他の隊の連中に言っとけ! 人の恋路を邪魔するような奴は俺がぶっ殺す、とな」

 相原の牽制に、光一はこの人達が味方で良かった、と心の底から胸を撫で下ろした。
 
           *
 
「へぇ。コウ君、三嶋大社行ったんだ」

 戦車に乗り込んで機器類のチェックを済ませると、演習開始までそのまま待機となった。

「はい、相変わらず、すごい人ごみでしたよ。菜……、片倉が行きたいって言うので」

 藍の押し殺した笑い声が聞こえてくる。

「知ってる? 三島の地名は三嶋大社から取られたんだよ?」
「え? 三島にあるから三嶋大社じゃないんですか?」
「逆よ。あの辺りは昔、国府こうって呼ばれてたの。そこに祀られたのが三嶋神。三嶋は元々、御島、御中の御に島って書くんだけど、それが転じたって説がある。御島が意味するのは伊豆諸島。つまり三嶋大社は伊豆諸島の鎮守神として建立されたと言われているわ」
「……藍さん、相変わらず博識ですね」
「すげぇな、防大首席卒はやっぱり違うな」

 藍が照れくさそうに笑う。

「ただの雑学よ。三島ついでにもうひとつ。作家の三島由紀夫は三島の地名が由来なの」
「……三島由紀夫って誰ですか?」
「代表作は愛の渇きや金閣寺、豊饒の海、憂国といったところ。聞いたことない?」
「お前、高工校出のくせに知らんのか? 俺でも知ってるぞ。ほらあれだ、〝その火を飛び越して来い〟ってやつだ」
「潮騒ね。ジンさんのエッチ~」
「ばっ……、エ、エッチじゃないよ! とにかく子供心に可愛かったんだ、百恵ももえちゃんが!」

 慌てる相原に、藍が可笑しそうにクスクスと笑う。

「冗談よ。あたしも潮騒大好き」
「おじさんをからかうなよ、藍ちゃん……。三島由紀夫は本名じゃないのか?」
「ペンネームよ。本名は平岡公威。彼が仲間達と伊豆に旅行した時に、仲間の一人が、通過した三島と、富士山の雪から連想して名づけたんだって」
「へぇー、由紀夫のユキは富士山かぁ」
「ん~、その人の本は読んだこと無いんですが、名前は聞いたことがあるような気が……」
「それはたぶん三島事件ね。一九七〇年十一月二十五日、仲間の四名と共に市ヶ谷駐屯地を訪れた彼は東部方面総監を監禁し、総監室のバルコニーから集まった自衛官達に向かって檄を飛ばし、決起を促した」
「そんなことがあったんですか!?」
「お前、高工校で一体何を教わったんだ?」

 呆れたように相原が突っ込む。

「授業は受けてましたけど、そんなの、教わらなかったです。その人どうなったんですか?」
「自決したわ」

 自決。自殺ではない。光一は息を飲んだ。

「自衛官たちの野次と怒号の中、決起が失敗に終わったことを悟った彼は仲間に介錯を頼み、彼の美学にのっとって割腹を遂げたの」

 衝撃。時代劇でしか知らない割腹を、現代の日本人が自決の手段として選択するとは。

「古き良き日本の崇高な武士道精神に憧憬を抱いていた彼は、戦後、急速に欧米化を遂げ、拝金主義へと突き進む故国に我慢がならなかった。道徳教育は悪と見做され、アナーキスト達が蔓延り、戦前の全てを否定する風潮に、日本古来のアイデンティティーが失われてゆく恐怖を抱いた彼は、ペンの力で必死に抗おうとした。それでも足りないと感じた彼は政治活動に傾倒し、国体護持を、そして自身の美学を貫くべく、〝たての会〟を結成したの」
「楯の会?」
「民族派学生による民兵組織よ。彼の自決と共に解散となったけどね」

 藍の博識に相原が感嘆の声を洩らす。

 勉強熱心なエリート自衛官なのだから当然といえば当然。だが、光一はどことなく違和感を覚えた。

 そう、嬉々とした口調で語る彼女に。

「彼が亡くなって半世紀が過ぎたわ。今の日本は彼の目にどのように映っているのかしらね……」
「……藍さん?」
「あ、ああごめんなさい。やだ、あたしったら。いけない、そろそろ時間ね」

 我に返った様子の藍が、慌てて本部との通信を開始した。

 なんだ? なんだ、今の……。

「コウ、そろそろエンジンかけとけ」

 光一の中に漠然とした不安が芽生えたが、それも直ぐに、大音量のエンジン音で掻き消されていった。


リンク

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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京

あとがき

 光一と菜々ちゃんの交際発表かーらーの、
連載開始当初から貼ってあるハッシュタグ・三島由紀夫御大がここでようやく登場です。

 ここから物語が徐々に動き始めます。

 なお、藍の解説には入れませんでしたが、三島由紀夫と人質になった益田総監は、以前から親交があったこともあり、この時は懇談している中、隙を突かれてしまったようです。

 三島由紀夫と森田必勝が割腹を遂げた後、彼らの配下によって縄を解かれた益田総監は、並んで置かれた三島と森田二人の首に自ら深々と合掌し、静かに涙を流す三島の配下たちに「もっと思い切り泣け!」と仰ったそうです。

 益田総監の、武人としての熱い人柄が分かりますね。

 さて、次回は9月4日(木)に掲載予定です。
 
 新たなキャラクターたちが続々と登場します。お楽しみに♪