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雪の降る街で 第四章 「榊」 ③

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第四章 「榊」 ③


「あー、あれね。あれは訓練よ。スムーズなコミュニケーション醸成の一環。彼にあたしを口説いてみなさいって言ったのよ」

 今度は菜々がきょとんとする。

「え……?」
「あれは回線開いていたから小隊内のみんなも聞いているしね。お互い本気ならそんな状況でそんな会話、繰り広げないわよ」
「でもっ……じゃあなんでそんなこと……」
「小所帯の戦車だからね。戦闘で弾が当たれば最悪、みんな死ぬ。上官と部下なんて関係ない。いざという時に物怖じしないようにしておかないとダメなのよ。特に命を預け合う仲間の間では」

 釈然としない様子で菜々が俯く。

「……防大ではコミュニケーション醸成のために女性を口説くことを教えるんですか?」
「あはは、まさか。ま、教えてくれたのは防大の先輩だけどね」

 オクテな性格を直すにはナンパで場数を踏むに限る! と無茶苦茶な理論を振りかざし、休日の度に後輩達を都心のクラブに引率していた稀代の女たらしコンビ、刑部太一と門真敏生。

 何故か、女の藍や若葉まで社会勉強だと言われて、何度か巻き込まれた。
 
 思い出すだけで笑みがこぼれる、厳しくも楽しかったあの頃。

「菜々ちゃん」

 藍がポンッ、と菜々の両肩に手を掛けると、彼女が目を上げた。今にも泣き出しそうだ。

「コウ君は誰かを想いながら他の女の子と付き合えるような子じゃない。それは彼を好きになった貴女が一番分かっている筈よ?」

 口を真一文字に結んで藍を見つめる菜々。

「もっと自信を持ちなさい。自分は愛されているって。じゃないと彼が可哀想だわ」
「……余計なお世話です」
「確かにね」

 藍は苦笑すると、菜々の肩からそっと手を外した。

「でもね、余計なお世話も焼きたくなるのよ。あなたを見ていると」
「え?」
「昔のあたしに似てるのよ、菜々ちゃん。ああ、菜々ちゃんみたいに可愛くはないけどね」
「あたしが?」
「何となく一歩引いているというか、どことなく輪に入り込めていないところが、ね」

 ハッとした表情で菜々が藍を見る。どうやら図星のようだ。

「あたし、本当は外交官になりたかったの。東大から国家総合職試験受けて外務省、って」

 藍は軽く溜め息をつくと、菜々の左隣に並んで壁に寄り掛かった。

「高三の時に父が倒れてね。多額の医療費も必要になって大学どころじゃなくなっちゃったの。高校だけはアルバイトしてなんとか卒業できたけど」

 藍にとっては人生で初めての挫折。

 何不自由ない生活を送り、有名私立でも常にトップの成績。東大模試もA判定で目標まで順風満帆のはずだった。

 それがまさかの暗転。

「……それで防大に入られたんですか?」
「うん。やっぱり勉強したかったし、防大なら学費も無くて逆にお給料が出るからね」

 共働きだった母親も父親の看病の為に勤務時間を削らざるを得ず、収入は激減した。そうなると我儘など言っていられない。

 家計を助ける為、自分の食い扶持を減らし、かつ働いてお金を入れるしかない。それでも勉強をしたかった藍としては、衣食住が保障され、国家公務員として給与と賞与も支給される防衛大学校への入学しか道がなかった。

「でもね、やっぱり自分の置かれた境遇に納得がいかなかった。仲の良かった子達は皆、希望の大学に進んで、楽しそうにキャンパスライフを送ってて。何であたしだけこんな目にあうんだろう、何で自分は防大ここにいるんだろうって」

 次第に高校時代の友人達とは疎遠になった。

 生活のリズムが一般の学生と合わなくなったこともあるが、彼女達の楽しそうな話を聞いていると自分がなんとも惨めな存在に思えてしまい、現実から目を背けたかった。

 空虚な日々。要領も良く、勉強もスポーツも万能だった藍にとって、厳しい課業についていくのはさほど難しいことでは無かった。

 そんな中、どこか冷めた目で周りを遠巻きに眺めている自分がいて。

「でね。ある日、同室の子にすごく怒られちゃったの。〝あんたはそんなに斜に構えてみんなのこと蔑んで、一体何がしたいんだ? こっちは真剣に国を守ることを考えて防大に入ったんだ。あんたみたいなのがいると目障りだ、とっとと辞めちまえ!〟って」
「それって……」
「ね? どこかで聞いたセリフでしょ?」

 菜々が恥ずかしそうに視線を逸らす。

「ショックだったわ。気づかないうちにそういう雰囲気を纏ってたってことに。置かれた境遇を嘆いているうちに、あたし自身がもっとも忌み嫌う不遜な女になってたの」

 今でもはっきりと覚えている。男前だったルームメイトの、あのときの本気の顔は。

「嫌なら無視することだって出来たのに、その子は〝仲間は見捨てられない〟って、真正面からあたしにぶつかってきてくれたの」

〝あんたの目標って外交官になって終わり? 世界中の国々と交流して平和を紡ぎたいとか、もっと崇高な目標はないわけ!? それなら自衛隊にはPKOだってあるし防衛駐在官の道だってあるじゃない!〟

 今では無二の親友の彼女。歯に衣着せぬ物言いは昔から。あの時も散々言われたが、彼女の言葉は暗く閉ざされていた藍の足下を灯してくれたのだ。

 新たなる夢へのしるべを。

「防衛駐在官?」
「安全保障面の情報収集や交流で大使を補佐する外交官。海外ではミリタリーアタッシェと呼ばれているわ。自衛官が派遣されるの」
「そうなんですか?」

 初めて知った様子で菜々が食いつく。その目には先刻までの敵愾心は見られなかった。

「うん。もっとも一等陸佐にまでならないとダメなんだけどね」
「じゃあ何でこんなところにいるんですか? 藍さん、防大首席卒業のエリートなんでしょ? 機甲科なんてPKOの機会すら無いし、もっとも縁遠いじゃないですか」

 菜々の鋭い指摘に言葉に詰まる。宙を見つめ、しばし逡巡してから藍は言葉を紡いだ。

「失敗したのよ、色々と」
「失敗? 幹部なのに営内居住なのもそれが理由ですか?」
「まあ……、色々と、ね」

 寂しげな笑みを浮かべた藍を、菜々が覗き込む。

 失敗、か。

 他に言葉が見つからない。

 ただ目標に向かってがむしゃらに走っていくつもりだった。だが、人には時に制御不可能な感情が存在することを、藍は身をもって知ったのだ。

 それは今、目の前の若いWACを突き動かしているものと同じ感情。

「菜々ちゃん」

 藍は菜々の頭に手を乗せると、そっと撫でた。あの頃の自分を労わるかのように。

「コウ君のこと、大切にしてあげてね。彼はあたしにとって可愛い弟のようなもんだから。絶対に離しちゃダメだよ?」

 菜々は驚きつつも藍の手に頭を預けていたが、やがて我に返ると藍の手を掴んで外した。

「意味分かんないです。言われなくても、コウちゃんはあたしが幸せにしてみせますから!」

 潤んだ瞳で藍を上目遣いに睨む彼女の口元は、柔らかい笑みを湛えていた。


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あとがき

 藍vs菜々ちゃんの女同士のバトルはこれにて終了ですかね? 一件落着、めでたしめでたし……。

 ってな作品ではございません💦

 次回のタイトルは「警報」。
 いよいよここから物語は大きく動き出します。

 ここまでは恋愛小説風の青春群像劇だったかもしれませんが、私の狙うテーマは「愛」、そして「令和の叙事詩」。

 次回は9月13日(土)です。

 
引き続き、お付き合いいただけますと嬉しいです(*´꒳`*)