ショートストーリーズ➉
ショートストーリーズ①
ショートストーリーズ⑧ からの流れです。
続きあるよね?的なコメントをいくつかいただいたので
この二人はこうなるのかな?という感じで書いてみました。
掌
電車を降りて、改札へ向かう階段を下りる。
今日も一日散々だった。
顧客からの急な仕様変更はまだ良い。
それをきちんと記録に残していない営業の
尻拭いは御免被りたい。
階段を下りる足が重い。
帰ったら……食べるものがないな。
コンビニにでも寄るか。
改札を通ろうとした時に呼ばれた。
「山本さ~ん!」
声の主の方に視線を移す。
数か月前、寸借詐欺疑惑を掛けてしまった彼女だ。
「今日もお疲れですねぇ~」
ニヤニヤしながら近づいてくる。
あの日以来、彼女は不定期に俺の目の前に現れる。
お互いに連絡先を交換しているわけでもないのに。
「潮田さんは、今日も元気だねぇ」
だが、苗字と年齢は知っている。
潮田さん、26歳。
俺の前に現れて、一緒に食事をするだけの関係。
「へへぇ~、今日も元気バリバリですよ~」
ニコニコしながら彼女は答える。
「じゃ、ご飯行こっ!」
いつもの調子で彼女は言葉を続ける。
俺はそれが嫌でも迷惑でもない。
「今日は何食べるんだ?」
迂遠なやりとりはしない。
暗黙の了解みたいなものだ。
「ん~……今日は焼き鳥食べたいな」
彼女は俺を気遣ってか、オシャレな店を要求しない。
まぁ言われたところで連れていける選択肢を
持っているわけではないけど。
駅近くの焼き鳥店に入って、
生ビールを注文する。
「かんぱ~い!」
彼女の陽気な音頭で宴がスタートする。
「山本さんって、建物の設計をしているんだよね?」
焼き鳥に手をつけたとき、ふいに仕事の話を振られた。
「うん。まぁ個人宅とか事務所とかのね」
うちの会社は、ハウスメーカーだが、事業用物件も
取り扱う。
「じゃあ、私がおうち建てたいって言ったら
設計してくれる?」
「なに?家建てる予定でもあるの?」
「そんなわけないじゃん」
彼女はケラケラと笑う。
「まぁ、ウチの会社に注文して設計士の指名してくれれば」
「指名!?ホストクラブみたいだね!」
またケラケラと笑う。
この娘は本当によく笑う。
その笑顔に癒されている自分もいるわけなんだが。
「ねぇ、掌見せて」
突然のお願いに戸惑いながら、
掌を上にして、テーブルと平行になるように差し出す。
彼女は俺の手を取り、まじまじと見つめ、
「ペンダコとかないね」
空いた手でビールのジョッキを煽ろうとしていた俺は、
思わず吹き出しそうになった。
「あるわけないだろ。今どき、図面手書きだと思ってるの?」
俺は笑いながら答える。
「そっか、手書きじゃないんだ」
彼女は納得したように呟くと、
今度は俺の掌が自分の方を向くように、
手を垂直に立てさせた。
「大きい手だねぇ~」
自分の掌をぴたりと合わせて、大きさを比べる。
「そりゃ……」
男の手だからな。
そう答えようとした瞬間、彼女は合わせた手を滑らせ、
俺の指と自分の指が互い違いになるように深く絡めとった。
「恋人繋ぎ!」
と一言言った。
俺はその言葉と指の隙間を埋める思いがけない感触に
なんとも言えず黙ってしまった。
そして、彼女は手を繋いだまま、
勝ち誇るようにニヤニヤと笑っていた。
