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早期退職で「優秀な人から辞めていく」は、たぶん嘘——先に辞めるのは"情報を持たない人"だ

「早期退職を募集すると、優秀な人から辞めていく」——ビジネス記事の定番だ。上乗せ退職金を手に、転職市場で値の付く人から順に去っていく、という理屈。もっともらしい。
でも私は、フリーランスとして複数の会社を内側から見てきて、ずっと違和感があった。本当に中核にいる人は、辞めていなかった。 辞めていったのは、別の層だった。
調べてみると、制度の仕組みも、実証研究も、この違和感を裏づけていた。


この通説を語る記事は数多くあるが、論拠は書き手の実感と理屈で、実証データを引いているものはほとんど見当たらない。そしてもう一つ見落とされがちなのが、「早期退職での離職」と「普段の自発的な転職」はまったく別の現象だということ。だからこの記事では、まず「優秀」という言葉を定義してから、場面を分けて両方を考える。

そもそも「優秀」とは何か——その大部分は、個人ではなく"文脈"に宿る

「優秀な人が辞める」を語る記事は多いが、読み比べると「優秀」の中身がバラバラだ。仕事ができる人、エース、成長意欲のある人、市場価値の高い人——全部混ざっている。だから、まず定義から始めたい。

広い意味での優秀とは、シンプルに「結果を残せる人」だと思う。ここに異論は少ないだろう。

問題は、結果は文脈に依存するということだ。極端な例を挙げれば、原始時代にどれだけプログラミングが書けても、何の結果も残せない。能力そのものに普遍的な価値があるのではなく、その時代の・その環境が求めるものと噛み合ったときにだけ、能力は結果に変わる

だからサラリーマンの世界で「優秀」と呼ばれる状態の実体は、突き詰めれば「今の時代の、今の会社に合っている」ということでしかない。

これは私の感覚だけの話ではない。有名な実証研究がある。ハーバードのボリス・グロイスバーグは、ウォール街のスターアナリスト1,000人以上を追跡し、彼らが他社に移籍した後どうなったかを調べた(『Chasing Stars』)。結果は残酷で、移籍したスターの大半は、新しい会社で成果を落とした。ウォール街という極端に競争的な世界の話ではあるが、示唆は普遍的だ。輝きの源泉は本人の才能だけではなく、前の会社のリソース、文化、ネットワーク、同僚に埋め込まれていたからだ。例外は、チームごと移籍した場合など、"文脈ごと"持ち出せたケースに限られた。

この定義を置くと、「優秀な人が辞めていく」という言葉の解像度が変わる。辞めていくのは個人だが、その人の優秀さの大部分は、会社の側に残る——あるいは、持ち出せずに消える。この前提で、二つの場面を見ていく。


「優秀」の正体=個人の能力×環境との噛み合い


場面1:早期退職——ここでは「優秀な人から辞める」は、たぶん嘘


「優秀な人が辞める」を二つの場面に分ける


種明かしその1:会社は「優秀な人が辞めない設計」にしてから募集する

まず、制度の仕組みから。日本の希望退職には、あまり知られていない標準装備がある。

募集要項には、たいてい「退職は会社が承認した場合に限る」という条項が入っている。 さらに「業務上、特に必要と認められる者は除く」という除外規定を置くこともできる。つまり、辞めてほしくない人が応募してきたら、会社は拒否できる。実務では、キーパーソンが応募してきたら慰留する——「逆たたき」と呼ばれる引き止めも普通に行われる。

言い換えれば、希望退職とは「誰でも自由に上乗せ金をもらって辞められる制度」ではない。会社が最初から、中核人材の流出弁を閉めたうえで開く募集だ。もちろん、弁をすり抜けてキーパーソンが去る例外はある。だが、それは制度の設計意図に反した「事故」であって、通説が言うような標準の現象ではない。


会社は中核人材の流出弁を閉めてから募集する


種明かしその2:実証研究では「優秀な人から辞める」は起きなかった

次に、データ。「優秀な人ほど応募する」という現象は、経済学で「逆選択(adverse selection)」と呼ばれ、実際に研究されている。

米国のある早期退職プログラムを分析した実証研究(NBER)では、結果はこうだった。逆選択は起きなかった。(一つの事例研究であり、対象は米国の大学職員という特殊な労働市場である点は差し引いてほしい。) 高業績者が多く応募したという証拠は見当たらず、実際に応募したのは「個人の特性から予測される給与より、実際の給与が低かった人」——成果主義のもとでは低業績寄りの層——と、経済的に困窮していた人だった。

日本にも手がかりがある。ある企業の早期退職制度を分析した事例研究(大阪大学・柿澤, 2004)では、退職金の設計次第で、応募しやすい層を変えられることが示唆されている。つまり「優秀な人から辞める」が起きるとしたら、それは自然法則ではなく制度設計の失敗であって、普通の会社は失敗しないように設計している。


実証研究の結果——「優秀な人から応募」は確認されなかった


種明かしその3:実施した会社の業績は、その後むしろ改善している

もう一つ、シンプルな検証方法がある。「優秀な人から抜けていく」が本当なら、実施した会社は組織の中核を失い、その後の業績は系統的に悪化するはずだ。実際はどうか。

2020年以降に早期退職を実施した上場企業304社を分析したベイン・アンド・カンパニーの調査では、実施企業は非実施企業に比べて、実施2〜3年後の時価総額のパフォーマンス差がむしろ広がり、営業利益率も改善していた(2023年時点で2020年比6%改善)。さらに、2009〜2014年に100人超の大規模な人員削減を行った上場企業134社の追跡(Strategy&の報告)では、約6割が削減前の利益水準を回復・維持したとされる。そのうち約半数(69社)は、翌年度からすぐに回復している。

もちろん業績改善には人件費削減の直接効果があるし、好調な黒字企業が先手を打つ「黒字リストラ」が実施企業の約6割(東京商工リサーチ)という事情もある。それでも言えることは一つ——「早期退職で中核人材が流出し、会社が空洞化する」という通説のシナリオは、データのどこにも現れていない。 会社は、いちばん失いたくない人を守ったうえで削減している。数字は、そう読むほうが整合する。


早期退職を実施した会社の「その後」——空洞化はデータに現れない


私が見てきたもの:辞めていったのは「input を待つ人」だった

ここからは、私自身が見てきた話だ。フリーランスとして8年、複数の会社の内側で仕事をしてきた。人員整理の場面も、その前後も見てきた。

まず、辞めていった人たち。無能ではなかった——渡された仕事は、期待以上の精度で仕上げる人たちだった。それでも、共通点があった。重要な情報を持っていなかったのだ。

会社の中期計画がどこへ向かっているか。事業の数字が実際どうなっているか。自分の部署が一年後にどうなりそうか。——そういう情報が、彼らには回っていなかった。正確に言えば、取りに行っていなかった。input を渡されれば見事な output を返す。でも、input を自分から取りに行き、自律的に動くことは、していなかった。


分かれ目は精度ではなく、inputを取りに行くかどうか


だから、募集の告知が出たとき、彼らはその告知で初めて会社の現在地を知る。慌てて、限られた情報のなかで、割増金を前に判断を迫られる。

一方、中核の人たちは「募集が出る前」に決めていた

対照的だったのが、会社の中核にいる人たちだ。面白いことに、役職はあまり関係なかった

彼らに共通していたのは、経営の情報ループの内側にいることだった。中期経営計画は共有されている。PL——事業の数字も見えている。というより、共有を待つのではなく、自分から取りに行っていた

そしてもう一つ。彼らは自分のビジョンと会社のビジョンを擦り合わせていた。一方通行ではない。経営側も、その人個人のビジョンを分かったうえで、給料や処遇を設計していた。 お互いがお互いの行き先を知っている——いわば会社と相思相愛の関係だ。

この人たちにとって、募集は「初めて知らされる衝撃」ではない。数字が見えているから、来ることは前から分かっている。残るなら納得ずくで。辞めるなら、こんな制度とは無関係に自分のタイミングで。

同じくらい仕事ができる人が二人いても、重宝されるのはこちら側だった。output の精度ではない。情報を取りに行き、ビジョンを擦り合わせているかどうか——そこで分かれていた。


中核人材と会社は「相思相愛」——お互いの行き先を知り合っている


場面2:普段の転職——こちらでは通説は"半分正しい"。ただし理由が違う

では、早期退職のような場面ではなく、平時の自発的な転職ではどうか。正直に言うと、こちらでは「優秀な人が辞めていく」は半分正しい。声がかかる人には、実際に声がかかる。ただし、通説とは理由の置きどころが違う。

まず、実感には正体がある。 研究が示しているのは、人員削減の、残った側——いわゆるサバイバー——のうち、高業績者の自発的離職が増えるという現象だ。高業績者が去ると、それを見た別の高業績者が続く——この連鎖は複数の研究・実態調査で繰り返し報告されている。「リストラで優秀な人が辞めた」という多くの人の実感は、おそらく募集期間中ではなく、この"後日の静かな流出"を見ている


本当の流出は募集期間中ではなく「その後」に起きる


そして、なぜ彼らは動けるのか。ここでも鍵は同じだ——情報。残った人たちは、削減のやり方を見て「この会社は安全な場所か」を再評価する。情報を持っている人ほど、その評価は速くて正確だ。数字が見え、経営の行き先が見えているから、会社との相思相愛が壊れたことに、いち早く気づける。そして慌てず、自分のタイミングで出ていく。

もう一つ、例外の層についても正直に触れておく。 最初から「ここでスキルを身につけたら次へ行く」と決めて入社してくる人たちだ。この人たちは相思相愛モデルの外にいる——壊れて辞めるのではなく、入った瞬間から出口を設計している

ただし、データを見るかぎり、この層は多数派ではない。転職理由の調査では、1位は5年連続で「給与が低い・昇給が見込めない」(約37%)で、スキルアップ型の計画的転職は主流ではない。そして年齢の壁もある。転職者の比率は15〜24歳がもっとも高く、年齢が上がるほど下がっていく。「いつでも出られる」を実行に移せるのは、実際には若い層に偏っている——歳を重ねるほど、良くも悪くも、いまいる場所との関係がすべてになっていく。

つまり、二つの場面をまとめるとこうなる。

  • 早期退職の場面:「優秀な人から辞める」は、たぶん嘘。制度が止めるし、中核は募集前に決めている。応募に追い込まれるのは、情報を持たない人。

  • 普段の転職の場面:優秀な人が辞めていくのは、半分本当。ただしそれは「市場価値が高いから」という単純な話ではなく、情報を持っているから、関係の終わりに早く気づき、早く動けるということ。

どちらの場面でも、分かれ目は同じ一つのこと——情報のループの内側にいるかどうかだ。

読者のあなたへ——「先に辞めさせられる側」に回らないために

分かれ目は、成果の精度ではなかった。情報のループの内側にいるかどうかだった。だとすれば、やるべきことは二つしかない。

一つ、情報を取りに行くこと。 中期計画を読む。自社の数字を見る。上司や経営層に「会社はどこへ向かうのか」を聞く。渡される input を待たない。これは権限の問題ではなく、習慣の問題だ。役職がなくても取りに行っている人を、私は何人も見てきた。

二つ、ビジョンを擦り合わせること。 自分がどうなりたいかを言葉にして、会社の行き先と重なる部分を確認する。重なっていれば、あなたは会社にとって「処遇を設計したい相手」になる。重ならないと分かったなら、それはそれで収穫だ——割増金の告知に判断を迫られる前に、自分のタイミングで動けばいい

企業と人は、相思相愛になっていないと続かない。そして相思相愛は、片思いの努力ではなく、お互いの行き先を知り合うことから始まる。

これは独立しても同じだった。フリーランスに中期計画は配られない。数字も教えてもらえない。だから取りに行って、擦り合わせる——それができる人にだけ、仕事は関係に沿って流れてくる。私が8年、営業なしで仕事が途切れなかった理由も、ここにある。


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出典・注記

  • スターアナリストの移籍後の成果低下: Boris Groysberg "Chasing Stars: The Myth of Talent and the Portability of Performance"(Princeton University Press, 2010)。ウォール街のアナリスト1,000人超の追跡研究。例外(チーム移籍・移籍先の資源・女性アナリストは低下しにくい等)も同書で論じられている。

  • 希望退職の「会社承認」条項・除外規定・慰留(引き止め): 日本の希望退職募集における標準的な実務。参考: 労働問題.com「希望退職募集の方法と注意点」( https://www.roudoumondai.com/qa/restructuring/voluntary-retirement.html )、リーガレット「希望退職-承認制の可否」( https://legalet.net/kiboutaisyoku/ )

  • 早期退職プログラムの逆選択が起きなかった実証研究: NBER Working Paper 17538 "Adverse Selection and Incentives in an Early Retirement Program"( https://www.nber.org/papers/w17538 )。対象は米国の大学の非終身雇用職員であり、文脈の違いに留意。

  • 日本の事例研究: 柿澤寿信「早期退職制度による離職行動-ある企業の事例研究-」(日本労務学会誌, 2004・J-STAGE https://www.jstage.jst.go.jp/article/jshrm/6/2/6_2/_article/-char/ja )。退職金設計により応募層が変わることを示す。詳細な内容は本文未精読のため要確認の上で引用している。

  • 人員削減後にサバイバー(残留者)の自発的離職が増え、特に高業績者で顕著という研究: Harvard Business Review "Halting the Exodus After a Layoff"( https://hbr.org/2008/05/halting-the-exodus-after-a-layoff )、Academy of Management Journal "Who Is Leaving and Why?"( https://journals.aom.org/doi/abs/10.5465/amj.2021.1327 )ほか。

  • 早期退職実施企業304社の分析(実施企業は非実施企業より時価総額・営業利益率が改善): ベイン・アンド・カンパニーの分析。Business Insider Japan「早期退職断行した約300社の"その後"を徹底分析」( https://www.businessinsider.jp/article/295475/ /Bain公式: https://www.bain.com/ja/about-bain/media-center/bain-in-the-news/japan/2024/1029-business-insider/ )。「営業利益率6%改善」等の個別数値は報道に基づく(要確認)。

  • 大規模人員削減を行った上場企業134社の追跡(約6割が利益水準を回復・維持): Strategy& 東京オフィスの報告に基づく(2009〜2014年実施企業。要確認)。

  • 「黒字リストラ」が実施企業の約6割: 東京商工リサーチ TSRデータインサイト( https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1198971_1527.html )

  • 転職理由の1位が5年連続「給与が低い・昇給が見込めない」(36.6%): パーソルキャリア「転職理由ランキング2025」( https://www.persol-career.co.jp/newsroom/news/research/2026/20260216_2097/ )

  • 転職者比率は15〜24歳が最高で年齢とともに低下: 総務省「労働力調査」に基づく(JILPT ビジネス・レーバー・トレンド 2025年1・2月号 https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2025/01_02/c_01.html )

  • 企業規模(大手・中小)による賃金水準の差は、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」等で確認できる一般的な傾向(具体数値は年・産業により異なるため本文では触れていない)。

  • 本文中の観察(中核人材と情報のループ・相思相愛)は、筆者がフリーランスとして複数企業で見てきた実体験に基づく。特定を避けるため、業界・企業・時期は抽象化している。

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