「言葉の庭」の3月の企画「私、〇〇を卒業します」
メンバーシップ「言葉の庭」3月の執筆企画は、
「私、〇〇を卒業します」
「私、〇〇から卒業します」
「私、〇〇から卒業したい」
さて、かぜの帽子は3月1日に何を卒業するのかお伝えしよう。
蛇のようだが定期的に脱皮したくなる。
いや、変態する昆虫に近いか。
自分を特定の定義に押し込めると、その状態がやがてさなぎのように感じて始め、いそいそ次の形態を追い求める。
そのように変容しながら、生きてきた。
続けるのは得意だが、同時に飽き性という矛盾する性質を抱えている。
さて、先日、自己理解がまた進み、自己受容が全然足りていないことに気づいた。
行動し続けてきたので、自己効力感(セルフ・エフィカシー)は、ある程度高いだろう。
フリーランスで10年、生き延びてきているので、マインドの保ち方や挑戦のしかたも理解している。
だが、基本、鬼軍曹が僕の中に住み着いており、全然、ほめないのも事実だ。
それくらいできて当たり前。もっと上のレベルを目指しなさい。
淡々と、これを言い続けられるのは辛い。
そう辛かったのだ。
そこに気づけた。
また脱皮のときが来ている実感がある。
こういうときは、心の声やインスピレーションに委ねるのがいい。

こうして見ると、
・INFJ
・kindle作家
・note研究家
・ライター
など、肩書が多い。
こうした枠組みを設けることで、自己理解が深まり前に進むことができたのは確かだ。
しかし、枠組みの中の自分が成長してくると、窮屈に感じる。
さて、昨年の秋に明らかにnoteを書いていて、変容を感じたことがあった。
みなかはるかさんとのご縁をいただいたタイミングぐらいから、ぐんぐんとつながる人の層が変わっていった。
みなかはるかさんはきっと、あるタイミングで「あっ、自分の魅力、受け取っていいんだ」と気づかれたのではないか。
自己受容ができた人間は、自他に優しくなり、好循環の旗手となる。
話は飛ぶが、たくろうの漫才をテレビで初めて見たとき、笑い飯をM-1で見たときと同じ衝撃があった。
で、「あんな面白い人たちが、なんぜ全然売れてないんだろう?」とずっと不思議だったが、去年、見事優勝をはたした。
お笑いの劇場へ行くと、売れそうな人が輝いて見える。一瞬でわかるほど、キラキラしている。
恐らく僕が最も得意とすることのひとつに、当人がまだ気づいていないところも含めて、その方のポテンシャルの器を可視化できる能力が挙げられる。
過去にあるコンテスト向けの講師をしていて、大賞受賞者を2年連続で、輩出することができた。
そのとき「教えるの上手いですね」「育てるの上手いですね」などと、言っていただけたのだが、とんでもない。
才能をある人を見つけて、「どうか、一緒にやってくれませか?」と頭を下げただけだ。
そう、ポテンシャルの器を見て、こちらから「この講座を受けませんか?」とお声がけして賛同いただいただけである。
あとは、能力開花の邪魔をせずに、客観的意見を過不足なく伝えるに徹した。
僕がしたのは、ほんとこれだけである。
みなかはるかさんとのご縁をいただいたのと、それほど変わらないタイミングで、こちらの方々とのご縁をいただく。
こんな素敵な方々が次々にと、感動した。
花子さんは、どこを切り取っても聡明。きっとIQとEQ両方高い方だが、「これからの時代はEQ」と気づかれているところが、また素敵。こういうのを本当の知性と呼ぶのだ。あと、頭がいい人って、たいてい笑いのセンスがある。
のぞみんさんは、ポテンシャルの1割か2割くらいが発揮ている感じで、それでこのnoteの伸びなのだ。こりゃあ、開花すると恐ろしいことになる。もちろん、それが楽しみでしかたない🌻
「言葉の庭」に入ってくださってる方々は、ポテンシャルの宝庫。まだまだ紹介させていただきたかったのだが、おひとりずつ挙げていくと、きりがないため泣く泣く割愛させていただく。
さて、これまでは、どちらかと言えば、自分は一方的な発信をしている感じもしたが、昨秋からは循環を起こせていると感じられるようになった。
それには理由があり、元来、しめっぽく憂いを含んでいる、かぜの帽子の悲しみがだんだんと癒えて、ゆとりが増えてきたからにちがいない。
なんか嫌な事されても「まあ、ええやん。吐き出して、楽にならはったんやし」と、流せるようになった。
ダメージをストレートに受けることがなくなったのだ(多少は食らうのだが)。
これまでは、ずるい人、その領域にい続けたい人から執着されることが多かった。
だが、次第に「やめてください」「迷惑なんです」などのNOが言えるようになった。
拒否を伝えるのに、ためらいがなくなった。
しかたないよ。だって嫌なんだもん。
好き嫌いをはっきり提示すると、自分のコアが伝わる。
アンチも現れるだろうが、受け入れる。
支持してくださる人が増えるということは、反作用が働き嫌われるということ。
逆接だが、嫌われてもいいと覚悟できた人は支持されやすい。
これが腑に落ちれば、縁の流れが大きく変わる。
結局、人生はこちらの投げたボールが返ってくる。
それを踏まえた上で「じゃあ、あなた、どんなボールを投げますか?」という話である。
前置きが長くなったが、
かぜの帽子は、今の肩書を卒業し、
引き寄せnote師
を名乗ります。
幸運を引き寄せたい人は、ぜひ、かぜの帽子と絡んでおくんなまし。
先日、目を伏せていた弱みに気づいて、しばらく落ち込み、自分の甘さを痛感した。
ただし、そこからまた浮上し、あかんとこも受容できたので、ここから、また上昇の予感。
いいことは予感とともにやってくる。
3月は、かぜの帽子と絡むと楽しいよ。
僕の日々のnoteを読んだり、フォローすると、たくさんいいことがある。
ちゅうわけで、これからも、よろしく。

ふふ、怪しいだろ。
