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絵本がつないだ記憶の地図:祖父と私と、原爆の町たち

私は長崎に生まれました。
幼いころ、よく遊んでいた、自宅の前の「八幡神社」(母たちは、「はちまんさん」と呼んでいたと思います。)
どんぐりを拾って楽しかった思い出があります。

のちに知ったのですが、そこは1945年8月9日の原爆投下のあと、城山小学校の生き残った生徒に
**「八幡神社に集まりましょう」**と呼びかけられた、集合場所となった神社⛩️だったのです。

「世界でいちばん悲しいクラス」より

そのエピソードは祖父が遺した絵本にも描かれていて、読んでもいましたが、私が遊んでいたあの神社の事だなんて、最近まで結びつかなかったのです。
この本の内容は、また改めてご紹介したいと思います。

「世界でいちばん悲しいクラス」より

数回の引越しがあり、また長崎市内に住む事になりましたが、その時には、山里小学校区。
その時のお話はこちらです⬇️

少し地図がわかる年にはなっていましたが、城山学区のことは、詳しくわかりませんでした。
その神社は、若草町にあります。
その近辺の花園町、岩見町、なども、戦後につけられた町名で、昔はその一帯は「城山」だったそうです。

さて、私は、その後、父の転勤で小倉へ。
学生の私には、どこに行くかなんて選ぶことはできません。
でも気づけば、そこは長崎の前の「第一目標」だった町。
小倉の学校では、毎年8月9日が「平和登校日」でした。
その意味を、なんとなく、だけど確かに感じていました。

そして、今。
私は結婚を機に、広島に住んでいます。

長崎、小倉、広島
不思議なことに、私はそれぞれの街に、何らかの形で“縁”がありました。

こんなふうに、静かに誰かの人生に“重なる”こともあるものかと思います。
私たちは“偶然のような必然”の中で、何かを受け取っているのかもしれませんね。

長崎も、80年目のあの日を もうすぐ迎えます


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