Episode 62 過去は見ないでほしいのです。
学校の卒業アルバムって、何であんなに恥ずかしいんでしょうね。
多分、ASDの人に限らず、どんな人でも恥ずかしい過去のモノって思う部分があるのでしょう…だって、私のパートナーもなかなか見せてくれませんもの。
小学生ぐらいまでの写真と違って、中高生時代の写真ってカワイイだけでは済まされない独特の「ダサさ」があるじゃないですか。
きっとそれなんですよね、見せられない原因って。
いわゆる「黒歴史」と直結しているケースが多いってことでしょうかね。
私の中高生時代も結構な黒歴史でして、文章にして多少なりとも言葉を吟味してればまだしも、面と向かってでは恥ずかしくてなかなか喋れないですよ。
完璧主義な私は、環境が替わる度にウルトラマンに変身することを望み、自爆して凹むことを繰り返してきました。
当然のこととして自己評価が高くなるはずもなく、月の上から地球を眺めていたワケですが、それでも不登校にならずに部活動を続けた理由は、学校に行かないという選択肢自体が存在しないからだったとしか思えません。
自己評価の低い過去を捨てたい、それ故の新しい環境への渇望は常にありました。
だから、過去を知る人間との接触は極力避けたい。
新しい環境に私の過去を知る人間は邪魔だったのです。
当然の結果として友達関係が長続きするはずもなく、今となっては私と小中高生時代を共にした旧知の友人は皆無です。
この傾向は今でも直ってません。
人事異動で別の職場に移ったら、新しい環境でウルトラマンになろうとしてしまうし、出張で今の私の職場に来る以前の同僚は避けて通ろうとするワケです。
ASDでなくても黒歴史は存在するって、そのことはパートナーから教わりました。
誰もがいくつかの触れられたくない過去があって、そこの部分を知る人がいても普通はシレっと流すものなんでしょうね。
そこが出来れば、もしかしたら一人ぐらい「幼なじみ」って言える人がいたかもしれないし、元の同僚が出張とかで今の職場にやってきてもギクシャクしないで済んでいたかもしれません。
孤立する要因を自ら作っているのに、ひとりが好きではないなんて、変な話です。
旧ブログ アーカイブ 2018/11/15
