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喜びを、土に埋める夜に|球根は、まだそこにあるのかもしれない

心に、ひと呼吸の余白を。

こんにちは、ゆきのです。
 


「おめでとう」が、遠くに聞こえた夜


深夜、スマホの画面がふわっと光った。

暗い部屋に、白い光だけが浮かんでいる。

手に取ると、「誕生日おめでとう」の文字。


温かい言葉が、何行も続いていた。

「ありがとう」と打とうとして——指が止まった。

画面を持つ手のひらが、少しだけ冷たくなっていることに気づく。


嬉しいはずなのに、胸の奥が、きゅっと縮こまる。
心のどこかで、別の声が聞こえてくるから。
 


「こんなに祝ってもらう価値が、私にあるのかな」

「この幸せは、いつか取り上げられるんじゃないか」
 

喜びを感じた瞬間に、足元が崩れそうな不安が押し寄せてくる。

そんな夜に、心が触れたことはありますか。
 


喜びを、削除していた頃


私にも、喜びがやってくると、なぜか身構えてしまう時期がありました。


仕事で成果が出て、周囲から拍手をもらった日のこと。

上司に「よくやったね」と肩を叩かれた瞬間、拍手の音がなぜか遠くに聞こえました。
喜びより先に、喉の奥がきゅっと締まる感覚があって。


「たまたまだ」

「次はきっと、期待に応えられない」

「調子に乗ったら、あとで痛い目を見る」
 


その夜、スマホのアルバムに入れようとした記念写真の前で、親指が止まりました。

「ゴミ箱に入れますか?」という表示に、
迷わず「はい」を押した瞬間——
なぜかほっとして、大きく息を吐いていました。


幸せな証拠を消すことでしか、安心できなかったのです。

弱かったというより、そうすることで自分を守ってきたのかもしれません。

喜ぶたびに深く傷ついた記憶があったから、心が先に「喜ばない」という盾を構えていた。


用心深さは、それだけ深く傷ついてきた証です。

だから今は、盾を下ろさなくても、いいのかもしれません。
 


喜びは、今すぐ咲かせなくていい


ここで少し、球根の話をさせてください。

チューリップの球根は、秋に土に埋められてから、冬のあいだずっと暗い土の中で過ごします。

芽も出ない。
花も咲かない。

外から見たら、何も起きていないように見える。

でも土の下では、静かに根を伸ばしている。
誰にも見えないところで、春の準備をしている。

止まっていた時間に、根っこが張っていた——
そういうことが、人にもあると思うのです。


喜びも、同じかもしれません。

今すぐ咲かせなくていい——
もしそう思えたら、それだけで十分かもしれません。

心がまだ冬なら、今は土の中で眠らせておくような感覚でも、いいのだと思います。


「今日、誰かが私を祝ってくれた」

「今日、認めてもらえる言葉があった」

その事実を、いったん土の中に預けておく——
そんなイメージでもいいかもしれません。

感情が追いつかなくても、今はそれで十分です。

球根は、消えたわけじゃない。

土の中で、静かに息をしている。
 


置いていく、ということ


「手放す」という言葉が、苦手な方がいます。

忘れることでも、許すことでも、諦めることでもない。

ただ、ここに置いておく——
そういう動作が、喜びにも似ているかもしれません。


「今すぐ受け取れないけれど、なかったことにはしない」
 

その一言だけで、もう十分かもしれない。

両手を空けておくように、心に少しだけ場所を作っておく。


球根を土に埋めるとき、すぐに花が咲くことを期待しなくていい。
冬を越して、根を張って、誰にも見えないところで準備をする。
その時間を、信じていい。


喜びも、きっとそういうものなのだと思います。
急がなくても、どこかへ行ってしまうわけではないから。


だから、もし今夜、心の片隅に小さな温もりがあるとしたら——

祝ってもらった言葉でも、認めてもらえた瞬間でも——

それを、ただ思い浮かべてみるだけで、いいかもしれません。


嬉しいと感じられなくても、かまわない。
「これは、小さな球根かもしれない」と、ぼんやり思えるだけで十分です。

その言葉を、手のひらの上に乗せるようなイメージで。
小さな球根が、そこにある気がして。

心の中で、そっと土をかけるような気持ちになれたら。

「今は咲かせない。
でも、ここに置いておく」
——そんなふうに思える夜があってもいいのかもしれません。


手のひらを、ゆっくり閉じる。
指先に、かすかな温度が残っているような気がするかもしれません。


芽が出てもいいし、出なくてもいい。
今夜は、球根を埋めたことを、自分だけが知っていればいい気がします。
 


喜べない自分を、責めないで


「せっかく祝ってもらったのに、素直に喜べない私は冷たい人間だ」

そう思う夜が、あるかもしれません。

でも、責めたくなる夜があっても、大丈夫です。

喜べないのは、あなたが冷たいからではありません。

それだけ深く、過去に傷ついてきたから。

心が「もう二度と傷つきたくない」と、必死にあなたを守ってきたから。

その用心深さは、
ここまであなたを連れてきてくれた盾です。

後から届く喜びも、喜びのひとつなのかもしれません。

冬を越えてから春の芽吹きに気づくように、

数ヶ月後にふと「あの言葉は、温かかったのかもしれない」と思い出す日が来ることもあるかもしれません。

球根は、掘り返さなくても、ちゃんとそこにあります。

もし今夜できるとしたら、祝ってくれた言葉を“消さずに残す”——それだけでも、十分です。

ただ、埋めた場所があることを知っている。

それだけで、今日は十分な気がします。

ここに置いていっても、いい。

また必要になったら、取りに来ればいい。

咲かなくても、
今はまだ喜べなくても。

あなたは、美しい。

また、ここで。


ゆきの
 



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