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8時15分、病棟に上がる前に私がしている3分間 ─ 回復期薬剤師ママのリアルな1日

午前7時30分

4歳の娘が、私の服のすそに頬を寄せてくる。

「ママ、もうおしごとのじかん?」

うん、と返事をしながら、
私はもう半分、頭の中で別の場所にいる。

昨日担当した90代の患者さんの、
夕方の処方変更。
あの人、夜よく眠れただろうか。

娘の頭をなでる手と、
カルテの画面を思い出す頭。
同じ私のものなのに、
たぶん違う筋肉を使っている。

──あなたの朝も、
こんなふうに家庭と仕事で分かれていませんか?

家を出るのは7時過ぎ。
車のシートに座ってシートベルトを締めたとき、
私は「ママ」から「薬剤師」に切り替わる。

正確にいうと、切り替えるための助走を始める。

朝の家・コーヒー&弁当
さぁ、出勤だ。

午前8時

回復期リハビリテーション病棟。
私が病棟に上がるのは、いつも8時15分。
その15分前──つまり朝8時。
更衣室から病棟のカルテ端末までの間に、
誰にも見えていない「3分間」があります。

更衣室で白衣に着替え、
PHSを受け取って、
エレベーターに乗る。

カルテ端末の前に座るまでの、約3分。
私はその時間で、いつも3つのことをしています。

1つ目

昨日の夕方以降に出た指示変更を、頭の中で並べ直すこと。

「あの人、夜に頓服のリスペリドン使ったかな」
「リハ時間中、血圧どうだったかな」

夜勤の看護記録を開く前に、
自分なりの仮説を立てておく。
答え合わせの時間を、3分間に圧縮するためです。

2つ目

今日、病棟で誰が誰と話すのかを、
なんとなく予想すること。

10時に内科Drが回診。
11時にPTさんがリハ室から戻ってくる。
14時にカンファレンス。

誰がどのタイミングで、
どんな薬の話を持ってきそうか。

これを朝に予想しておくと、不意打ちが減ります。

「HONOさん、これって……」と他職種から声をかけられたときに、
3秒で返事ができるか、3分かかるか。
その差は結構大きい。

3つ目

昨日、自分が「ひっかかった」患者さんを思い出すこと。

カルテに残せなかった、小さな違和感。

「便秘がずっと続いてる気がする」
「歩行時の血圧、低めだった気がする」

気のせいで終わるかもしれないことを、
もう一度頭に置き直します。
─薬剤師の処方提案って、
たぶんこの「気がする」から始まると思うんです。

3分間が終わると、
私は病棟のカルテ端末に座ります。
特別なことを何もしていない。
ただ、誰にも見えない助走をしているだけ。

それでも、この3分間がない日は、
一日中、なんとなく後手に回る気がします。

3分間が終わった後、カルテを開く。
スッと頭の中に昨日の続きが入ってきます。

病棟に上がると、その日の流れが決まります。

午前10時

看護師さんが、
薬カートを押しながら声をかけてくれます。

「HONOさん、3号室の方、今朝なんだか眠そうでした」

ちょっと待ってください、
と心の中で言いながら、
カルテを開く。

夜の眠剤、何だっけ。
ブロチゾラム、それともレンボレキサント?

──正直、その場ではすぐに思い出せません。

何年やっていても、
患者さん一人ひとりの全処方が
頭にスッと出てくるわけじゃない。

カルテを見て、夜勤の記録も見て、
ようやく仮説が立つ。

「夜の眠剤、ちょっと効きすぎてるかもしれませんね。リハ前にもう一度様子を見て、医師に相談してみます。」

30秒では終わらない会話。
でも、朝少し考えていたから少しはスムーズだったかも。


午前11時

リハ室から戻ってきたPTさんと、
廊下ですれ違う。

「あの患者さん、今日のリハ中ちょっと血圧低めでした」

患者さんの顔は浮かんでも、
今朝の降圧薬がアムロジピンだったか、
テルミサルタンだったかは
思い出せない。そんなもんです。

「ありがとうございます、夕方の処方一回見直しますね」

3歩の立ち話で、午後の宿題が1つ増える。


午後2時

カンファレンス前、管理栄養士さんが資料を持って近づいてくる。

「この患者さん、リンの値が上がってきてるんですけど、薬とは関係ないですか?」

質問される瞬間って、
たいてい不意打ちじゃないですか?

リン吸着薬、消化器の薬、利尿薬──

頭の中で「確認すべき箇所」がいくつか浮かびますが、答えはすぐに出てきません。

「いくつか可能性ありそうです。
カンファまでに整理して持っていきますね」

──ならべてみると、
薬剤師ってけっこう廊下の立ち話で仕事してるんですね。

そして、私は何一つ即答できていない・・・。

でも、「すぐ答えられない」を恥ずかしがらずに持ち帰るのも、大事な仕事のひとつなんじゃないかなと思います。

気づけばもう夕方。

午後5時

その日に話しかけられた内容を
もう一度振り返る時間です。

朝、眠そうにしていた患者さんの眠剤は、
医師と相談して、半量に減らしました。

明日の朝、
少しでも目が覚めやすくなっていますように。

一日を振り返ると、ふとこう思うんです。
朝の3分間で立てた仮説の、
答え合わせをしているな
と。

──薬剤師の一日って、たぶんこの繰り返しです。

朝に予想して、
昼に話しかけられて、
夕方に確かめる。

派手な処方提案も、
劇的な処方変更もない日がほとんど。

それでも、
誰かの夜の眠りが少しよくなったとか、
誰かのリハ室での血圧が明日は安定するかもしれないとか。
そんな小さな手応えを、
朝の3分間が支えています。

家に帰れば、また「ママ」の時間。
4歳の娘は、
私が「薬剤師」だということをまだちゃんと知りません。それでいいと、今は思っています。

──あなたの「3分間」は、どんな時間ですか?

6月から、こんな現場の場面を一つひとつ書くシリーズを始めます。
タイトルは「リハ薬剤の現場から」。

廊下で交わされる30秒の会話、
答えに詰まった瞬間、
それでも翌朝にまた病棟に上がる、
その繰り返しを綴っていきます。

また記事を読んでくれると嬉しいです。


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