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「HONOさんこれ何の薬ですか?」と聞かれた朝

この記事で取り上げている症例は、複数の症例を掛け合わせており、個人が特定されないように配慮しています。

「HONOさん、これ、リハ前に飲んでて大丈夫ですか?」

朝のカンファが終わったタイミングで、PTさんが薬包紙を差し出してくる。

手のひらに乗った一包化を見れば、薬剤名はすぐにわかる。
名前が分かれば、薬効も、今日のリハ内容との相性も、数秒で頭の中に並ぶ。

これは、私にとって答えやすい質問。

私が困るのは、こんな質問。

カンファの合間に廊下でOTさんに呼び止められて、「HONOさん、◯◯さんが朝飲んでた白い錠剤、たぶん利尿薬っぽいやつ、あれって…」と言われたとき。

現物がない。
カルテもまだ開いていない。

薬剤師を長くやっていると、
現物があるときの質問は答えやすい。

でも、カルテも現物もない状態で「ほら、あの白い錠剤」と聞かれて即答できるかというと、これは何年やっても出てこない。

たぶん一生、
出てこない種類の質問なんだろうなと思う。

ベテランの薬剤師の方なら、わかってくれると思うんですけど──「即答できなかった」と落ち込むより、「カルテに戻ってから答えればいい」と思えるようになるまでに、私は20年かかった。

これは、短くない私の薬剤師人生のあいだに、リハ室と廊下と病棟で繰り返し聞かれてきた「HONOさんこれ何の薬ですか?」を1日の話としてまとめたものです。


第1場面:即答できる朝

「HONOさん、これ、リハ前に飲んでて大丈夫ですか?」

朝のカンファが終わって、ナースステーションの机に戻ろうとしたところで、PTさんが薬包紙を差し出してきた。

手のひらに乗った一包化を見れば、
一般名が読める。

一般名が読めれば、薬効分類が頭に浮かぶ。
薬効分類が浮かべば、今日のリハで気を付けるべきこと──起立性低血圧、ふらつき、めまい、筋力低下──のうち、どれを警戒すべきかが、ほぼ同時に立ち上がる。

数秒。
―長く見ても十数秒。

「これは大丈夫です。ただ、立位の前にバイタル見ておいてくださいね。あと、お昼前の時間帯はちょっとふらつきやすいかもしれないので、平行棒の近くで」

PTさんは「了解です」と頷いて、
すぐに質問を返してくれる。

「今朝の血圧、いつもよりちょっと低めだったんですよね、関係ありますか?」

──たぶん、ある。

私が薬効から「起立性低血圧」を引っ張り出した瞬間と、PTさんが「今朝の血圧が低めだった」を出してくれた瞬間が、現場で噛み合う。

現物を起点にした質問は、
こうやって点がどんどん線になっていく

私は薬の側から、
PTさんはバイタルの側から、
ひとりの同じ患者さんに近づく。

一包化の薬が、その出発点になっている。

最初の頃は、自分の知識と即答力で答えているんだと思っていた。

でも違った。
答えやすかったのは、
現物が目の前にあったからだ

20年やって、私はようやくそこに気づいた。


第2場面:即答できない昼

カンファとカンファの合間、
廊下を早足で歩いているとき。
すれ違いざまにOTさんに呼び止められる。

「あ、HONOさん、ちょっといいですか。◯◯さん、朝飲んでた白い錠剤、たぶん降圧薬っぽいやつなんですけど、あれって午後のリハまでに切れますかね?」

—わからない。

頭の中で、まず「白い錠剤」を取り出そうとする。
降圧薬で、白くて、◯◯さんが朝飲んでいるもの。

─出てこない。

カルテも、薬包紙も、手元にない。
ここは廊下で、
OTさんは私の答えを待っていて、
その後ろには次のリハの時間が迫っている。

数秒、考える。

ARBか、Ca拮抗か、利尿薬か。
朝服用なら血中濃度のピークは午前中、午後にはたしかに落ちてくる種類のものが多い──でも「多い」と「◯◯さんがそうである」は別の話だ。

カルテなしで答えたら、間違えるかもしれない。

長年やって、
これだけは身体に染みついている感覚がある。
記憶で応えたら、別の患者さんのことを言ってしまうかもしれない。

そして厄介なのは、廊下で受け取った私の言葉を、OTさんはそのまま信じてリハを組み立て直してくれる、ということだ。

私の「たぶんこうです」が、
誰かのリハの予定を動かしてしまう。

「ちょっとカルテ確認してから戻ります。10分以内に返事します」

そう言ってステーションに向かいながら、
私はいつもこう思う。

「即答しそうになった」
「危なかったー」

こういう質問はたぶん、私にとっては一生即答できないタイプの質問だと思う。

今の私はこう思っている。

「全部即答できる薬剤師」を目指さなくていい。
カルテに戻れる距離感のほうが、
たぶん多職種にとってありがたい。

「了解です、◯◯さんの午後リハ、座位の評価から入っときますね」とOTさんが返してくれる。
それで十分、お互いに次の動作に移れる。

即答できない時間も、私にとっては必要だ。


第3場面:看護師さんからの質問

午後の病棟。

午前の記録をまとめていると、ステーション前で看護師さんに声をかけられる。

「HONOさん、◯◯さん、最近リハ中にうたた寝してることが増えたって、PTさんから申し送りあって。睡眠薬、ちょっと長引いてる影響ってあると思います?」

看護師さんは、
薬の名前を当てに来ているわけじゃない。

「リハ中の覚醒低下が、いま処方されている睡眠薬と関係しているか」を聞いている。

カルテはすぐ開ける。
処方歴も、変更日も、半減期も、
ここから確認できる。

でも、それだけじゃない。

PTさんの「リハ中にうたた寝が増えた」という情報。
看護師さんの「夜間の睡眠状況とリハへの影響」を心配する気持ち。
そして私が見ている薬の半減期と蓄積性から見える景色。

──3つの視点を重ねないと、
「これは薬の影響です」とも「薬以外の要因です」とも言えない

同じ患者さんの、同じ薬でも、
PTさんはリハ中の動きから、
看護師さんは病棟での24時間の様子から、
薬剤師は半減期と相互作用から、
それぞれ別の角度で一人の患者さんに近づいている

──そして、大事なもうひとり。

午前からお昼にかけて、
管理栄養士さんがカルテを開きながら話しかけてくることが多い。

「◯◯さん、ここ数日お食事が半分残っちゃってて。何か薬剤の影響、考えられますか?」

以前、どうしてこの時間帯に聞きにくるんだろうと思って、管理栄養士さんに聞いたことがある。
そしたら、こんな風に教えてくれた。

「この時間なら、夕食から変更可能な場合があるんですよ。すぐにでも対応できる部分はしたいから」

その一言が、今も頭に残っている。

これもまた、別の角度の質問だ。

抑えておきたいのは、
まず抗コリン作用による口腔乾燥と、
消化器系の副作用

その先に、睡眠薬の持ち越しや降圧薬による倦怠感も見にいく──「食が進まない」という同じ現象から、薬剤師が見にいくものはいくつもある。

管理栄養士さんが食事摂取量から、
PTさんがリハの動きから、
看護師さんが24時間の覚醒から、
私が処方歴から。

そしてそれぞれが、「動かせる次の時間帯」を考えながら、質問のタイミングを選んでくれている

同じ患者さんに、4つの角度から光を当てている

「HONOさん、これ何の薬ですか?」と聞かれる一日の中で、その光の重なり方が、少しずつ見えてくる。


振り返り

一日の終わりに、ステーションにいると、ふと気づくことがある。

私のところに来た薬の質問は、
ぜんぶ「角度」が違う。

朝のPTさんは、
現物の薬包紙を見せながら
「リハ前に大丈夫ですか?」。

お昼の廊下のOTさんは、
現物もカルテもないところで
「白い錠剤、降圧薬っぽいやつ」。

午後の看護師さんは、
PTさんからの申し送りを抱えて
「睡眠薬、長引いてる影響?」。

お昼前の栄養士さんは、
夕食の変更可能時間を逆算して
「お食事が半分残ってて」。

質問の角度が違うということは、それぞれ見ている景色が違うということだ。そして見ている景色が違うからこそ、お互いに足りない情報を補おうとしている。

どれか一つだけ見ていても、患者さんの全体像は立ち上がらない

──ただ、正直に言うと、
看護師さんがPTさんの申し送りを抱えて私のところに来た、という流れの中に、私は今もちょっとした距離を感じている。

リハと薬剤師の間には、
まだ距離があると感じる。

直接話す機会が、そんなに多くはない。
だから看護師さんが間に入って、
橋を渡してくれている。

以前は、さみしいな。
と思っていたこともあった。
でも、だんだんそれが悪いことだとは思わなくなった。

橋を渡してくれる職種がいるから、
私は広く物事を考えることができている

距離があることを引け目に感じるより、
その距離が誰かの手で埋められていることに気づけるかどうかのほうがたぶん大事だ。

20年以上薬剤師を経験して、ようやく自分の中で言葉になったことがある。

薬を「正しく」調剤することの本当の意味は、処方箋通りでも、添付文書やガイドラインどおりでもなく、目の前の患者さんにとって「正しい」と思えるかどうか、なんだと思う。

これは、添付文書を捨てるという話じゃない。

添付文書とガイドラインを土台に置いたうえで、
その上に多職種からもらった補足情報を重ね、
目の前のこの患者さんに合わせて「ちょうどいい」を組み直す

その作業が、たぶんリハ薬剤の本当の仕事なんじゃないだろうか。

リハ薬剤は、答える仕事じゃなくて、一緒に考える仕事なんだと、私は思っている。


末尾

明日もきっと、現物のある質問と、
現物のない質問が交互に来る。

そして、誰かからもらった一言で、私が考えていた薬の見方が、ふっと変わる瞬間がきっとある。

そういう瞬間を積み重ねてきて、ようやくここまで来たという気がしている。だから、これからもまだ、積み重ねていく。

あなたの現場では、他職種からもらった情報で、自分の見方がふっと変わった経験はありませんか?


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