親の薬が雪だるま式に増える「処方カスケード」の罠。家族の命を守る"お薬手帳"の本当の使い方
実家に帰るたびに、親の薬が増えている気がする。
そう感じたことはありませんか?
テーブルに並ぶ、数々の薬の袋。
「これが朝で、これが夜で……あれ、どっちだったかな」
と笑う親の横顔。
「お医者さんが出してるなら大丈夫か」
そう自分に言い聞かせて、
深く考えるのをやめてきた。
実は私もそうだった。
でも今は、病棟薬剤師として毎日のように、
入院してきた患者さんの持参薬を一つひとつ確認している。
「……なぜこの薬が出ているんだろう?」
首をかしげながら手帳をめくっていると、
あることに気づく。
薬が増えていく人には、パターンがあるのだ。
そしてそのパターンは、
高齢の親だけの話ではない。
複数のクリニックに通う人なら、
年齢に関係なく、誰にでも起こりうる。
もしかしたら、あなた自身にも
すでに始まっているかもしれない。
この記事は、
ただ怖がらせることが目的ではありません。
「正しく怖がり」、しっかり対処してほしい。
そう思って書きました。
その薬、本当に「病気」のために飲んでいますか?
まず、病棟でよく出会うこんな話をしましょう。
血圧が高くなり、内科でよく使われる降圧薬
(アムロジピンなどのカルシウム拮抗薬)が処方された。
薬はちゃんと飲んでいる。
血圧もまあまあ落ち着いてきた。
ところがしばらくして、足がむくむようになった。
「年のせいかな」
「最近、歩く量が減ったからかな」
そう思いながら、別のクリニックへ行く。
「足がむくむんです」と伝える。
ここで、最初の血圧の薬がむくみの原因だと気づかれればいい。
でも、複数のクリニックにかかっていると、医師はすべての薬を把握しきれていないことがある。
結果、むくみを取るための利尿薬が追加される。
今度は、夜中に何度もトイレに起きるようになった。
「年のせいで、膀胱が弱くなったのかな」
眠れない日が続き、かかりつけ医に相談する。
睡眠薬が追加される。
ここまで読んで、気づきましたか?
最初の出発点は、
「血圧が高い」というただ一つの問題だった。
それが今や、降圧薬・利尿薬・睡眠薬の3種類になっている。どれも「症状を訴えたら処方された」薬。どれも、医師は症状を改善させるために出している。
これを「処方カスケード」と呼びます。
薬の副作用を「新しい病気(または加齢による症状)」と勘違いして、薬がドミノ倒しのように追加されていく現象だ。
特に、内科・整形外科・眼科・泌尿器科……と
複数のクリニックを受診している高齢者ほど、
この罠にはまりやすい。
それぞれの医師が「自分の専門領域」を誠実に診ているのに、薬全体を俯瞰して見ている人間が誰もいない、という状況が生まれやすいからだ。

そして、このカスケードには悲惨な結末がある。
睡眠薬が追加されたその夜中。
トイレに起きようとした瞬間、
ふらついて転倒する。
——大腿骨骨折。
入院。そのまま寝たきりへ——。
「年のせいで転んだ」と言われることが多い。
でも私は、この経緯を何度も何度も見てきた薬剤師として、断言したい。
「年のせい」ではなく、
最初の血圧の薬から始まった
「薬のドミノ倒し」が原因かもしれない。
さらに怖いのは、
腎機能が落ちている人の場合だ。
腎臓の働きが弱くなると、
薬がうまく排泄されず体内に蓄積し、
「通常量のはずなのに効きすぎる」
という状態になる。
睡眠薬が体に溜まれば、
翌朝になっても眠気やふらつきが残る。
転倒リスクは、さらに跳ね上がる。
「この薬の量、わたしの体に合ってますか?」
その一言が、骨折を防ぐことにつながるかもしれないのだ。
じゃあ、どうすればいいのか。答えはシンプル。
「処方カスケード」を断ち切るために、
今日からできることがある。
それは、お薬手帳を1冊にまとめること。
そして、薬局を1か所に絞ること。
拍子抜けするほど地味な答えだと思った人、
ちょっと待ってほしい。
医師は、自分の専門領域を診るプロだ。
でも、あなたが別のクリニックで何を処方されているかを、リアルタイムで把握することは難しい。
それでも、今はマイナンバーカードで情報がまとまるようになってきたから、以前よりはいいのかもしれない。
とはいえ、医師が全てを把握するのは大変。
だからこそ、薬の全体像を俯瞰できる存在が必要になる。それが、かかりつけ薬剤師だ。
お薬手帳が1冊にまとまっていれば、
薬剤師は
「この薬とこの薬、実は相性が悪い」
「この症状、もしかして薬の副作用では?」
と気づくことができる。
お薬手帳は、
シールを貼るためのノートじゃない。
あなたの身を守るパスポートだ。

でも、お薬手帳を出すだけでは、まだ足りない。
静岡県富士宮市の病院・薬局で行われた
アンケート調査(小林ら、富士宮市立病院薬剤部)で、こんな結果が出ている。
保険薬局で薬をもらったことがある患者51名のうち、自分の腎機能を薬局に伝えていた人は、わずか10名(20%)。
残りの80%は、伝えていなかった。
アンケート調査(小林ら、富士宮市立病院薬剤部)
「腎臓が悪いことくらい、カルテを見ればわかるんじゃないの?」
そう思うかもしれない。
でも薬局薬剤師は、
病院のカルテにアクセスできない。
処方箋に書かれた情報と、
目の前の患者さんが話してくれることだけが、
判断材料のすべてだ。
腎機能が低下していることを知らなければ、
薬剤師は「通常量」で確認を終えてしまう。
それが、蓄積につながる。
ふらつきにつながる。
転倒につながる。
伝えなければ、守ることはできないんです。
「腎臓の数値」を伝えるだけで、薬剤師は動ける
お薬手帳を1冊にまとめた。
かかりつけ薬局も決めた。
そうしたら、次にやってほしいことがある。
自分の腎機能(eGFR)を、
薬剤師に伝えること。
eGFRとは、
腎臓がどれくらい働いているかを示す数値だ。
血液検査の結果用紙に
「eGFR」と書いてあれば、それがそうだ。
この数値を伝えるだけで、
薬剤師にできることがまったく変わってくる。
私は病院薬剤師なので、
入院患者さんの検査結果はいつでも確認できる。
それでも、
「入院前のその人の腎機能」はわからない。
以前、こんな患者さんがいた。
数年前の血液検査ではクレアチニン値が1.0〜1.2だった方が、骨折後に車いす状態になり、
再骨折をきっかけに当院へ入院してきた。
入院時の採血でクレアチニン値を確認すると、0.5。「腎機能、問題ないですね」と主治医は言った。
でも私は、引っかかった。
数年前に1.0〜1.2だった人が、なぜ0.5に?
車いす生活で筋肉量が落ちれば、
クレアチニンの産生量自体が減る。
つまり、数値の上では「正常に見える」だけで、
実際の腎機能はもっと悪い可能性がある——。
今見えている数値は、
本当のことを言っていないかもしれない
そのフラグを立てられたのは、
過去の検査値との比較があったからだ。
腎機能の役割は、
『処方された薬を安全に出すために必要な数値』だけじゃない。
その人の「これまで」と「これから」を守るために必要な情報だと、私はこの仕事を通じて実感している。
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腎機能の機能が低下していることを伝える最強ツールが、「CKDシール」だ。
CKDとは慢性腎臓病のこと。
このシールには自分の腎機能のステージや数値を記入でき、お薬手帳に貼っておくことで、
どの医療機関でも一目で腎機能を把握してもらえる仕組みだ。
ただし、誰でもその場でもらえるシールではない。
腎機能の値や状態をもとに、
医師や薬剤師が「この方には必要」と判断したうえで貼るものだ。
まだ一般への認知も広くはなく、
知らない医療者もいる。
比較的新しい取り組みでもある。
『自分は腎臓病ですって宣言するみたいで嫌だ』
と思う方もいるかもしれません。
でも、安心してください。
これは病気のレッテルを貼るものではなく、
『あなたの腎臓の働きに合わせて薬の量を調整し、
副作用から体を守るためのお守り』なんです。
だから、恥ずかしがらずにシールをもらったら貼ってほしい。
薬局や病院の窓口で見せてほしい。
その行動が、腎機能を一緒に確認するきっかけになる。

そしてこのシールを見た薬剤師が何をするか、
知ってほしい。
処方された薬の量を、
腎機能に合わせて計算し直す。
「この数値なら、この薬は体に蓄積して危ない」と判断したら——処方した医師に直接電話をかける。
「腎機能が低下しているので、この薬を半量に減らせませんか?」
これを疑義照会という。
薬剤師は、薬を足すだけの仕事をしていない。
引き算を提案する訓練も、受けている。
たとえば、高齢者がよく飲む
『胃薬(ファモチジンなど)』や
『アルツハイマーの薬』。
腎臓が悪い人がこれらを通常量で飲み続けると、
体に蓄積して、強い眠気が出たり、
ふらついて転倒してしまったりします。
CKDシールを見た薬剤師は、
それに気づいて医師に電話をかけます。
『腎機能が低下しているので、
この胃薬は半量に減らせませんか?』
こうやって、気づかないうちに起きている”薬の副作用(ふらつきや眠気)”を、引き算によって未然に防ぐのです。
今日、薬箱を開けてみてほしい
今度実家に帰ったら、
親のお薬手帳が何冊にも分かれていないか、
確認してみてほしい。
あるいは今日、自分の薬箱を開けてみてほしい。
「なんでこの薬を飲み始めたんだっけ?」
と首をかしげる薬が一つでもあったら
——それが、見直しのサインかもしれない。
もしかしたら、
副作用のドミノ倒し(処方カスケード)があるのかもしれません。
処方してくれた先生に聞くなんて、疑ってるみたいで…。そんなことできない。
その気持ち、わかります。
そんなときは薬局の窓口で、聞いてみてください。
「薬がたくさん増えて心配で。」
「先生にもらった血液検査の結果なんですが、見てもらえますか?」
その一言を、私たち薬剤師は待っています。
検査結果の紙をそのままお薬手帳に挟んで、
持ってきてくれるだけでもいい。
過去と今の数値が並んでいれば、なおいい。
処方カスケードは、気づいた人から断ち切れます。
親を守りたいと思って読み始めたあなたが、
自分自身も守れる人になれますように。
最後に一つだけ、
追加で知っておいてほしいことがあります。
処方カスケードで薬が雪だるま式に増えた結果、
いつの間にか「血圧の薬×利尿薬×痛み止め」という組み合わせが完成してしまうことがあるんです。
この三つが揃ったとき、
腎臓には最悪の事態が起きる。
その組み合わせには
「トリプルワーミー」という名前がついています。
自分や親が飲んでいる薬の中に、
この三つが揃っていないか
——ぜひ確認してみてほしい。
▼あわせて読みたい
「トリプルワーミー」の解説記事はこちら。
この記事が参考になったと感じたら、
ぜひスキやコメントで教えてください。
「うちの親もそうかも」
「自分の薬手帳、見直してみます」
——そんな一言が、次の記事を書く力になります。
参考文献 小林豊・飯干茜・渡邉博文ら「患者と薬局薬剤師を対象としたCKDシールによる腎機能情報共有の有用性に関するアンケート調査」富士宮市立病院薬剤部ほか
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjnp/10/3/10_347/_pdf/-char/ja
💊 病院の薬だけじゃない。ドラッグストアにも潜む罠
ここまで読んでくださった方は、
きっとご自身やご家族の健康を真剣に考えている方だと思います。
お薬手帳で病院の薬を管理できても、「体に良さそうだから」と親が勝手に買ってくるサプリメントや、風邪気味のときに飲む市販薬が、弱った腎臓に致命的なダメージを与えることが多々あります。
「じゃあ、ドラッグストアで何を選べばいいの?」
「親が飲んでいるあのサプリは安全?」
現場で数々のヒヤリハットを見てきた病棟薬剤師の視点から、
「自分の身を守るための市販薬・サプリの正しい選び方」を以下の記事にまとめました。
大切なご家族の腎臓を守り抜くために、
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