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患者さんが自宅に帰る日、床ずれの薬を持って見送った話。

退院の日。
エレベーターの前に、荷物をまとめた娘さんが立っていた。
その隣に、車いすに静かに座った患者さん。
認知症があって、自分が今どういう状況なのか、
きっとよくわかっていない。

それでも、なんとなく、
家に帰れるんだということはわかるのだろう。
少し、嬉しそうな顔をしていた。

看護師さんが、薬の入った袋を娘さんに手渡した。
「こちら、退院後のお薬です。」

娘さんは、受け取りながらこう言った。
「……これなら、家でも私がやれそうです」

まだ、少し不安そう。
でも入院してきた時とは明らかにちがう、
『一歩を踏み出した』顔だった。

わたしは看護師の後ろに立ちながら、
娘さんと目が合った。そして小さく頷いた。

あらためて声をかける必要はなかった。
伝えたかったたくさんの言葉は、
もうすでに渡してあったから。

エレベーターのドアが閉まって、
この患者さんとの関わりは終わった。

病院薬剤師として、退院していく患者さんの背中を見送るとき、
毎回少しだけ胸のどこかがじんとする。
でも今日は、いつもより少しだけ
——じんとする場所が違った気がした。

この記事に出てくる症例は、複数の症例を掛け合わせており、個人が特定されないように配慮されています。


家族が抱える「正解がわからない恐怖」

少し、時間を巻き戻す。
娘さんが泣いたのは、入院してすぐのことだった。

患者さんの褥瘡の状態を確認するため、
医師と看護師と一緒に病室に入った。
看護師が創部を見て、こう言った。

「あー、深いですね」

ほんとにその通り。実際に深い創だった。
看護師の言い方は、冷たかったわけでもなく、
家族を傷つけようとしたわけでもない。

でも、そのひとことが引き金になって娘さんは泣き崩れた。

「傷を見るの怖いです」

その場にいる全員に向けて、
絞り出すように言った言葉だった。

看護師はすかさずフォローに入った。
わたしはというと―—声をかけるタイミングを完全に逃した。

でも正直なことを言うと、
「何か言わなきゃ」より先に来たのは、
もっとシンプルな感情だった。

そうだよね。怖いよね。

それだけだった。

わたしは仕事柄、褥瘡をたくさん見ている。
だから、深い創を見ても動じなくなってしまっている。

でも——「普通」はそうじゃない

大切な家族の、傷ついた皮膚。
ぽっかり開いた穴。
次から次へと出てくる滲出液。

「怖い」は、当たり前だと思う。 泣いて当然。

泣いている家族を前に、
わたしは変に冷静に、そんなことを考えていた。

そしてそのときのわたしの目標は単純明快。

入院中に治して、何もない状態で家に帰す

それだけだった。

「退院後の薬の説明をどうするか」なんて、
そのときはまだ考えていなかった。

状況が変わったのは、退院が近づいてきたころだった。
褥瘡は治りきらなかった。
家に帰っても、処置が続くことになった。

娘さんは、褥瘡に薬を塗り続けなければならない。

……薬剤師として、わたしは何をすべきか
初めてそう考えた瞬間だった。


難しい薬の話を「安心」に翻訳する魔法

退院へ向けて、介護指導と同時に褥瘡処置の指導が始まった。

娘さんを見ていて、わかったことがあった。
『家で処置の続きをしなければならない』
という現実が、かなりしんどそうだということ。

わたしは、薬の名前を使った説明をやめた。
「成分は〇〇で、作用機序は……」
ここはそんな話をする場面じゃない。
それよりも先に、渡さなければならないものがある。

看護師は、薬剤師であるわたしを
毎回褥瘡処置の指導場面に呼んでくれた。

看護師が処置の手順を説明する。
「では、薬剤師の方から補足があります」
そう話を振ってくれたとき、
わたしは娘さんに向かってこう言った。

お父さんの傷は今、
一生懸命、自分の力で治ろうとしているんですよ。

娘さんが顔を上げた。

「傷が治るためには、
水分がちょうどいい状態じゃないといけないんです。
乾燥しすぎても、ジメジメしすぎても、うまくいかない。
私たちの肌と、同じですよね。」

「……はい」

「今、お父さんの傷はちょうどいい水分バランスになっています。
だから次のステップ——肉芽を増やす段階に進めるんです。
このお薬はそのための有効成分が入っていて、
更に、傷にふたをして優しく守ってくれる。
そういう役割があるんです。」

娘さんが、静かに言った。

「ひとつひとつに、意味があるんですね」

それから少し間を置いて、こう続けた。

「……わたし、趣味で茶道をやっているんですけど。
茶道も、所作のひとつひとつに全部意味があるんです。
それと、同じですね」

その言葉を聞いたとき
—— わたしは、少し胸が熱くなった。

ああ、届いた。

「ただ塗ればいいと思っていました。
意味まで教えてくれる人は、今までいなかったので」

娘さんはそう言った。
さらっと言ってくれたけど、その言葉はずっしりと心に残った。

「今までいなかった」——。

それは、責めている言葉じゃなく、ただの事実だった。
でも、薬剤師として、その「今まで」に自分もいたんだと思った。

以前のわたしなら、きっと薬の名前と用法だけ説明して、
それで終わっていた。
褥瘡の回診に出ても、誰にも何も聞かれず、
ただそこにいるだけだった頃のわたしなら。

▶そのころの話はこちら。


私たちが本当に渡したかったもの

エレベーターのドアが閉まった。
「HONOさーん!処置始まるよー!」
わたしは呼ばれて、次の褥瘡の処置に向かった。

でも、歩きながらずっと
—— さっきの娘さんの言葉が、頭の中を回っていた。
退院のとき、娘さんはこう言ってくれた。

「今は、肉を盛り上げながら保護して守るんですよね」
「ジュクジュクしてきたら、訪問看護の人に相談しますね」

その言葉を聞いたとき、わたしは思った。

ああ、この人に薬を渡せた。

「渡した」じゃない。
「渡せた」だ。

袋を手渡すことなら、誰でもできる。
でも今日のこれは——違う。

薬の名前じゃなくて、薬の「意味」が伝わった。
創の変化を、「怖いもの」じゃなくて
「治っていく過程」として受け取ってもらえた。
何かあったとき、どこに相談すればいいかもわかってもらえた。

それが、「渡せた」ということだと思った。


在宅で介護をしている家族の方へ。
正直に言うと、 褥瘡に詳しい薬剤師はまだ少ない。
介護の現場に訪問看護が入っているとも限らないですよね。

だから——もし困ったときは、
担当のケアマネージャーさんに相談してほしい。

「どうしたらいいかわからない」 そのスタートを、
一緒に考えてくれる人たちだから。
ひとりで抱え込まないでほしい。
「怖い」は、当たり前だから。


そしてもうひとつ。
これはわたしの個人的な思いです。
実際には地域や体制によって
ケアマネージャーさんの役割分担は違うと思います。
でも、そんな中で、最初の相談役としてケアマネさんが
そばにいてくれることは、本当に心強いと感じています。

そして、薬剤師は薬を渡す人じゃない。
薬と一緒に「家に帰ってからの見通し」を渡す人だと、
わたしは思っています。


※記事の内容は、個人が特定されないように配慮しています。

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