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PISCSと、薬剤師がいる意味—私がずっと大事にしている考え方の話

私には、ずっと大事にしている考え方がある。

それは、薬剤師としての毎日の処方鑑査に、
静かに温度を与えてくれている考え方。

きっかけは、学会で知り合った人が、
何気なく言った一言だった。
当時の私は、その言葉の意味がよく分からなくて、「ふーん」と流してしまった。

——でも、その一言は、私の薬剤師人生をゆっくりと変えていくことになる。


「ふーん」と流した日

腎臓の勉強を本格的に始めて、
少し経った頃のことだった。

ある学会の懇親会で、
私は一人の薬剤師と知り合った。

その人は、熱かった。
自分の仕事観を、
お酒の席でまっすぐに語ってくれた。
——いま思うと申し訳ないのだけど、当時の私は、その人を「すげー」とちょっと引いた目で見ていた。

話の流れの中で、その人がぽつりとこう言った。

「添付文書に書いてある相互作用って、絶対足りないよね」

——え?

当時の私にとって、添付文書は絶対だった。
そこに書いてあることは正しくて、書いていないことは「特に問題ない」のだと、なんとなく思い込んでいた。

だから、その言葉の意味が、
よく分からなかった。
酔っていて思考も追いついていなかったので、
私はあいまいに笑って「ふーん」と流してしまった。

あの時の私を振り返ると、未熟だったと思う。
——いや、未熟だったのは、流したことじゃなくて、その意味を考えなかったことかもしれない。

それでも、その一言が、妙に頭に残っていた。


気になって調べていく

あの夜の話を、私はメモに取っていた。
「すげー」と引いた目で見ていたくせに、
なんとなく気になっていたから。

そして、そのメモはデスクの片隅にずっと残っていた。

——きっかけは、病棟からの質問だった。

ある日、看護師さんから
「患者さんが過鎮静になっているんですが・・・」と相談を受けた。

処方を確認した。
抗うつ薬を以前から服用している方で、
風邪症状で咳止めが追加されていた。
用量はどちらも、ごく一般的。
腎機能も、特に問題はない。
「なんで?」と、私は首を傾げた。

そのとき、ふとデスクの片隅のあのメモを思い出した。

——「添付文書に書いてある相互作用って、絶対足りないよね」

私は、そのメモを引っ張り出してきた。
そこに書き留められていた本のタイトル、参考文献、聞き慣れない用語。
これらを、ひとつずつ調べていった。

そして、私は「PISCS」という考え方に出会った。

正直に言うと、当時の私はCYP3A4以外の代謝経路にはあまり目が向いていなかった。
だから、PISCSの世界に足を踏み入れた瞬間、自分が見ていた地図がいかに狭かったかを思い知ることになる。

これは、大野能之先生らが提唱された考え方だった。


「併用注意」が「禁忌レベル」だった衝撃

私は、PISCSの計算式に
その症例の組み合わせを当てはめてみた。

まずは添付文書を確認。
咳止めの添付文書には、その抗うつ薬との併用について「併用注意」と書かれていた。

——「併用注意」。
注意すればいい、
という意味だと私はずっと思っていた。

ところが、PISCSで計算してみると、
その血中濃度は、
何倍にも上がる可能性が見えてきたのだ。

鳥肌が立った。

私は、急いで、
自分の担当患者の処方歴を遡って確認した。
同じ組み合わせを服用している人がいないか。
似た組み合わせで、
見落としているケースがないか。

結果は、問題なかった。

——ほっとした。
と同時に、ぞっとした。

「問題なかった」のは、偶然だったかもしれない。
私が見えていなかっただけで、過鎮静になっていた患者は本当はもっといたのかもしれない。

私は、もう知ってしまったのだ。

知ってしまった以上、考えなくちゃいけない。


問いとの出会い

そこから、
私はPISCSの考え方を腹落ちさせるため、
本を読み、勉強会に出るようになった。

学んでいくうちに、
私はある問いに何度も出会うことになる。

本のページの中で。
勉強会の音声の中で。
誰かと交わした、何気ない会話の中で。
あるいは、自分の中でふと立ち上がる声として。

——「添付文書に書いてあることだけで動くなら、薬剤師じゃなくてもいい。薬剤師がいる意味って何?」

誰かが言っていた言葉なのか、
自分が考えた言葉なのか、もう分からない。
でも、いつからかその問いは、
私の中に住み着いていた。

最初は、すぐには受け止められなかった。
その問いは、重すぎたのだ。

でも、PISCSを学べば学ぶほど、毎日の処方鑑査を続ければ続けるほど、その問いはじわじわと、私の中に染みていった。

そして、気づいたらその問いは
——私の薬剤師としての姿勢を、
深いところで支えるようになっていた。


根幹を支える問いになった

いま、その問いはいつも、私の背中にある。

——実は、私はともすると楽なほうに流されやすいタイプだ。
だから、こういう重い問いが背中にあると、
足元がしっかりする。

寄与率を考えるとき。
処方の組み合わせを見るとき。
ある患者さんの一枚の処方箋を前に、めちゃくちゃ考えた日があった——あれも、この問いが私の背中にあったからだ。

添付文書に書いてあることだけで動くなら、
薬剤師じゃなくてもいい

その問いに、私は、毎日答え続けている。


深掘り:PISCSの考え方の核心

私が出会ったその考え方を、
少しだけお見せしたい。

少しだけ専門的な話になるので、
難しければ軽く読み流していただけたら嬉しい。

PISCSは、ざっくり言うとこういう考え方だ。

「基質薬が、どの代謝経路にどれくらい依存しているか(寄与率)」✖「阻害薬が、その経路をどれくらい止めるか(阻害率)

この掛け算で、血中濃度がどれくらい上がるかを予測する。

式や、もっと多くの実例については、
いのたろうさんがnoteで丁寧に解説してくれている。
いのたろうさんご本人に許可をいただいたので、ここで紹介させてください。

私のこの記事では、
「考え方の手触り」だけをお伝えしたい。

たとえば、最初の方に書いた、抗うつ薬を服用中の患者に咳止めが追加されて過鎮静になったというあの症例。

この組み合わせをPISCSの目で見るとこうなる。

  • その抗うつ薬は、咳止めを代謝するCYP分子種を強力に阻害する。阻害率は0.8〜1に近い、ほぼ完全阻害レベル

  • 同じくらいの阻害強度を持つ別の薬剤との併用報告では、咳止めの血中濃度が約11倍になったというデータがある

  • だから、この組み合わせでも5〜10倍程度の上昇は十分に起こりうる

そして、これは以前書いたコルヒチン×ベラパミルの話とも繋がる。

コルヒチンも、腎排泄寄与は約2割、肝代謝・胆汁排泄が約8割。
だから、腎機能の数字が正常に見えても、肝側のルートを止められたら、血中濃度は上がる。

——「数字に見えない上がり方」が、PISCSの目では見える

ただし、
これは大事なことなので書いておきたい。

PISCSで出てくる数字は、絶対的な数値ではない。
あくまで、「こういうことが起こりうる」という実務的な見積もりだ。

「何倍になるか」をピンポイントで言い当てるための道具ではなくて、「これは要注意かもしれない」というアラートを、自分の中で出すための道具なのだと、私は思っている。

そして、そのアラートを出せるかどうかで、薬剤師としての仕事の質は確実に変わる。


最後に

PISCSは、私にとって、技術であり、それ以上に問いだった。

「添付文書に書いてあることだけで動くなら、薬剤師じゃなくてもいい。薬剤師がいる意味って何?」

その問いを、私はいまも、背中に背負っている。
楽なほうに流されやすい自分を、その問いの重さがしっかり立たせてくれている。

そして、その問いの重さこそが、
私の毎日の処方鑑査に、温度を与えてくれている。

——願わくば。

添付文書の向こう側を読みたくなる薬剤師が、一人でも増えますように。
そして、自分の薬と、もう少しだけ仲良くなりたくなる方が一人でも増えますように。

私は、今日も、その問いに答え続けます。

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式と実例を丁寧に解説してくれているnote記事です。PISCSの計算を自分でやってみたい方には、こちらをおすすめします。
(いのたろうさんご本人に紹介のご許可をいただいています)


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