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「断罪パラドックス」   第19話

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 決して逆らうことのできない相手である一条を殴った原因は五十嵐先生だった。一条は五十嵐先生をレイプするつもりだったんだ。突然そう言われた時俺はパニックになった。五十嵐先生が一条の餌食になる。一条に痛めつけられるなんてとても耐えられない。五十嵐先生は俺にとっては母親よりも大事な人だと言って良かった。

 珍しく屋上ではなく中庭に呼び出されていた。放課後をしらせるチャイムが鳴って間もない時間、生徒の行き交いも沢山ある場所で一条はたんたんと計画を聞かせた。

「本当は三国くんにしてもらいたかったんだ。五十嵐先生って、三国くんにかなり思い入れがあるみたいだし。でも、さすがに三国くんには無理だと思うから、今度こそ撮影よろしく。写真じゃなくて動画を最後まで撮ってもらいたいんだ」

 俺は一条を睨みつけた。

「無理だ」

「どうして?」

「五十嵐先生は俺の恩人なんだよ。五十嵐先生と中学の時に勉強を教えてくれなかったら、俺は高校には行けなかったんだ」

「へえ。そうなんだ。でも、それってさあ、五十嵐先生のせいで、三国くんはママを売ったってことにもなるんじゃない?」

「一条は俺が母親を通報したことをどうしてそんなに悪いことのように言うんだ? 俺は通報したことは間違ってないと信じてるんだ」

 一条の口元が歪んだ。

「正しいことができるのって、すごく恵まれてる……。そうは思わない? それを三国くんに与えたのが五十嵐先生だったってことか……」

「そうだよ。俺が正しいことを選ぶのは難しかった。でも、それを五十嵐先生がさせてくれたんだよ。なあ、もっと他のことだったらなんだってやるから五十嵐先生だけは……」

「だめだよ。五十嵐先生じゃないとだめなんだ」

「どうしてだよ? なあ、一条が何をしたいのか俺にはまったく分からないけど、脅すなら誰だっていいだろう?」

 一条は心の底から楽しそうにゲラゲラと笑った。

「誰だっていいか。最高にエゴイスティックな意見だね。だめなんだ。どうしても、五十嵐先生じゃないと」

「俺を精神的にいたぶりたいだけなんだろう? お願いだから止めてくれ」

「だったら、樹里杏ちゃんを僕にくれる? 樹里杏ちゃんは可愛いよね」

 我慢の限界はやっぱり樹里杏だった。

 俺は一条を思い切り殴った。 

 殴りはじめたら、止まらなかった。

 女子生徒の悲鳴が聞こえても、殴り続けた。

「三国! おい! なにしてるんだ! 止めろ! 一条を殺す気か!」

 体育教師に数人がかりで羽交い締めにされてそれ以上はもう殴れなかった。俺は最後までもがいて一条を殴ろうとした。

 殴り殺したって良かった。

 でも、遠くから五十嵐先生が駆けつけて、その悲しそうな、今にも泣き出しそうな表情を見て力が全部抜けてしまった。

「先生……。ごめんなさい」

 そう呟いた。

 俺は処分が決まるまで自宅待機と言われた。たぶん退学になるだろうということだったが、四ノ宮が実力テストの問題を盗んだという事件も発覚していて、学校が混乱する中。

五十嵐先生はかなり粘って、PTA会長の一条の母親と戦ってくれていたらしい。

 そんな中、一条は死んだんだ。あの屋上で。

 自殺か他殺か。

 あいつなら誰かに殺されたっておかしくはない。きっと俺が知らないだけで、一条を恨んでいるヤツはもっと沢山いる気がする。俺だってあいつを殺したかったんだから。

 それにしても、一つ気がかりなことがあるんだ。俺の名前は三国慈愛杏登。親からもらったDQNネーム。大人になったら、絶対に改名しようとずっと考えて生きてきた。だから、割と真剣に自分の新しい名前のことは考えていた。

 名付けに使わない字とか縁起が悪い字とかもよく調べたんだ。どうせだったら、常識的で幸運を呼び込めるようないい名前にしたかったから。

 あいつの名前。一条の名前を知った時、これだってなかなかのDQNネームかもなって思ったんだよ。「久」って字は縁起が悪い。あの字の由来は死体を木で後ろから支えてる形から来てる。

 たまたまかもしれない。あいつに名前をつけたのが父親だか母親だか聞いたこともないけど、そのどっちかが好きな漢字だったのかもしれない。

 でも、一条が死んだ今ふと思うんだ。もしも、名前をつけたやつが意味を知った上であの名前にしたのだとしたら? ってね。

 産まれた瞬間からあいつに対して誰かの悪意があったんだとしたら?

 あいつが、木に支えられた死体だったのだとしたら? 自殺か他殺のどちらがしっくりくるだろうか? 

 でも、もうそんなことどうだっていい。

 俺は言いなりの奴隷になるかわりに、一条から樹里杏のクスリをまわしてもらっていた。一条を殴ってしまった今、クスリの供給源は絶たれた。そのうち警察が一条の悪事を暴く日は遠くないと思う。その悪事に俺だって加担している。いずれ何もかも明らかになったら、今まで通り樹里杏と暮らすことなんてできない。もうだめだ。と思った。最後のパケを渡して、それでラリっている樹里杏の首を絞めた。樹里杏の目をじっと見たまま力を込め続けようと思ったんだ。

 でもできなかった。

 力を抜くと、樹里杏はぜいぜい息をしてから大声で泣いた。俺は渡辺のじいさんに電話をした。渡辺のじいさんはすぐに来てくれると言った。

「大丈夫だ。よく連絡くれたな。よくやった」

 と言ってくれた。本当のことをすべて話したら渡辺のじいさんはがっかりするだろう。 でも、俺はホッとしている。膝も手もガクガクと震えている。樹里杏を殺すところだった。

 樹里杏には恨まれるかもしれない。でも、生きていた方がましだと思えるまで、俺はこれからの樹里杏を守っていきたいと思った。


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