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水瓶座の期間の「えっちじゃないざわめき」

――触れない、濡れない、なのに、なにかが疼く

何も起きてないのに、
ときどき、身体がざわつく。

欲しいわけじゃない。
でも、落ち着かない。

太陽が水瓶座に入ってから、
そんな夜がふえてきた。

あのひとに会いたいとか、
甘えたいとか、
そんな感情じゃなくて。

もっと、かたちのない、
言葉にしづらい気配みたいなものが
どこかでひっかかってる。

この季節、
色気は濡れるものじゃなくて、
触れなさすぎて、皮膚の内側が敏感になる。

静かすぎる部屋に、
自分の鼓動だけが妙に大きい。

ひとりでいることに慣れてるはずなのに、
ときどき、不意に、
「誰にも見られていない自分」が
落ち着かなくなる瞬間がある。

それはさみしさとは違う。
でも、どこか、かすかに求めている。

水瓶座の季節に疼くのは、
感情じゃなくて、意識の端っこ。

「誰かに抱かれたい」よりも、
「わたしは、ほんとうにこのままでいいのか」
って問いのほうが、深く響いてくる。

だからかもしれない。

肌が触れたわけでも、
愛されてるわけでもないのに、
ときどき、涙が出そうになる夜がある。

その涙は、
傷からじゃなくて、
輪郭がほどける感覚からくる。

わたしって、だれ?
ここって、どこ?

風のサインは、いつも問うてくる。
「あなたは自由だよ」
って。

でも自由すぎると、
人って、ときどき心が震える。

このざわめきは、
たぶん性的なものじゃない。
でも、ものすごく、感覚的なもの。

喉が渇くような。
目の奥だけが熱くなるような。
そのくせ、どこも濡れていない。

なにも起きてへんのに、
なんか、身体が、ずっと目を覚ましてる。

水瓶座の期間って、そういう時間。

誰にも抱かれず、
誰にも媚びず、
でも、たしかに何かが動いている。

外から見たら、何も変わってない。
でも、内側だけがざわざわしてる。

それをわたしは、
「触れない官能」と呼びたい。

えっちじゃないのに、
えっち以上に深く、
ひとを動かしてしまう熱。

この熱を、
誰にも渡さないまま、
ただ抱えて生きる。

それが、
水瓶座の季節の色気じゃない色気

――ほしのりりす🌙


よんでくれて、ありがとう。
感じたままに、水瓶座について、綴ってみました。
よかったら、こちらも読んでください。

(…そして、もしよければ)
りりすのことばを、もうすこしだけ。

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ほしのりりす🌙🌑感じるよるの占星術 読み終えて、なにかが残ってしまったなら── その余韻を、そっと返してもらえると、うれしいです。 わたしはまた、ひらいて書ける気がします。