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困っていたこと|子どものころから|日常|発達障がいについて

だれでもちいさなことから解決できないような大きくて重い問題まで困っていることはありますよね。

わたしは子どものころから困っても
頼れるひとがおらず日常での困りごとがどんどんふえておしつぶされそうでした。

よくみる夢が
ちいさな球がいつの間にか大きくなり追いかけてきてつぶされるわけでもなくずっと終わりがない夢で寝汗で起きるという悪夢でした。


子どものころは

自分以外の他人がまったくちがう生き物のように思えました。

みんな自然といろんなことがあたりまえのようにできているように見えました。

まわりの真似をしてこれであっているのかな…。今思えばかなり無理をして学校に行っていました。

当然のように行くものだと思っていたし、普通の子どもとしてがんばっていた感覚でした。

まわりに合わせなければいつのまにか置いてけぼりで浮いてしまい授業も次の準備を前もって考えるのが苦手でできないのでどこに移動するのかもわからない。

移動するときは友達にくっついていないと授業に間に合わない。

耳がいいのか悪いのか…

学校にいる間もいろんな音がするなかで、つねに集中してまわりを気にしないと先生の指示が聞こえない、だけど集中すると何十人もが同じ空間で動いたり声を出したりするのも雑音として処理できずひとつひとつが誰の声だなんの音かなと、意識が向いて気になって…。

これがずっとなので子どもの体力でも
疲れてしまう状態でした。

一緒に過ごす友達はいましたが自分のなかではなんとなく一緒にいる時間が長い子達という感覚で、聞き役のわたしにおしゃべりな子が話してくるから話をするというかんじでした。

思春期の人間関係

本当になかよくしたい子達はちゃんとしたおうちのちゃんとした子達というかんじがして自分とは違う子達だという感覚がありました。

今思えば定型発達の子達でした。

わたしを友達、親友だといってくれたいつメン。
一緒にいた友達たちを深く考えるときがありビックリしたのが全員が片親の子達で自分だけ両親がいました。

片親でもちゃんとしている子達はもちろんいますがみんなどこか発達障害などがあてはまり犯罪や問題をよくおこす子達でした。

わたしはとても幼稚な部分と達観して大人のような部分もあったのでその子達の面倒をみてわるいことをしないよう、道をまちがえないように危なっかしい子を見守ってた親のような感覚でした。

中学生くらいになるとそれぞれの自己主張がつよくなり他人が気になりはじめ問題ごとが多くなり人間関係が複雑になってきます。

同級生たちとは子どもと一緒にいる感覚で接していました。

年相応な成長をしていかない幼稚なままな部分。
変に大人びた思考。
軽い刺激ですぐにバランスをくずして崩れてしまいそうな繊細さを持ち合わせていました。

成長しないまま

子どもが好きそうなおもしろいことが好きなわたしはどんどん心とからだが順調に成長して大人びていく同級生と、数日で複雑に変化する人間関係に戸惑いました。

思春期はだれもが苦しむそんなもの。
今思えばその時期がただ過ぎていくのを別のことに集中してやり過ごせばよかったかもしれません。

でも単純な世界から複雑な世界に迷い混んでしまったようで頭の中はぐちゃぐちゃになり元からギリギリだった心とからだはついてきてくれませんでした。

クセ

ずっと頭のなかでなにかを考えていてとまらなく、ひとりでいても本を読んだりたのしいことやいろんな考えごとで寂しさも感じないタイプでもあり、ひとりのときはずっと考えごとをするくせがありました。

考えすぎてエネルギーを消耗し疲れて眠くなるのでだれかといるときに頭で考えることが2倍以上になってしまうと疲労感でぐったりしてしまうのでのんびりとしたひとりの時間が好きなタイプでした。

ひとつのことに集中していても
ふと違うことをやりはじめたり考えはじめたり。

勉強は好きでしたが集中できない教室にいるときは
授業が頭に入らず…。
ノートに書き写すのが当たり前の時代でしたが急がないと消されたり、キレイな字で書けないと気持ち悪い、嫌なことが多くすごく苦手。

ノートはわたしには必要ないのに書かないとサボってるとされるのも嫌でした。

先生が言ってることも雑音や騒いでる生徒の声に集中力がそがれ理解できなくなる。
だから教科書ですべて理解してました。

もとから免疫力が低く、喘息アトピーアレルギー体質、疲れやすさもあり、子どもの回復力でも追いつかなくなり、その日は突然きました。

不登校の原因

席替えはわたしにとって大事なものでした。
目が悪く、裸眼ではなにも見えないほどなので普通は一番前の席や黒板が見やすいところにされます。

わたしは自分の後ろにひとがいるのが気になってしまうので一番後ろの席が希望でした。
一番後ろの一番はじっこが好き。

そのときのことは記憶力のないわたしでも
かなりリアルに覚えています。
いつもの授業中、黒板の字をノートに書き写していましたが突然…

黒板の文字が見えない…
ノートの字も見えない…。

目がおかしい…。チカチカしてモザイクみたい…

授業中、目立ちたくないので先生には言えず、目を開けていると気持ちわるいので黙ってうつ伏せになりました。

失明しちゃう…!
ひとりでパニック状態でした。
そのチカチカはゲームやアニメの衝撃波のようで、かたちを半円に変えながら大きくなり見えなくなりました。

やっと授業がおわったけどこわくてしばらくうつ伏せで半泣き状態でした。

休憩時間が過ぎていき頭痛と気持ちわるさ吐き気がでて我慢できなくなり、早退しました。

そんな日が増えて休みがちに、恐怖と恥ずかしさと誰にも心配かけたくないし目立ちたくない。

具合がわるくなる原因もわからず静かに泣きながら授業中にこっそり保健室に行ったり、帰ってよこになりたいときは帰っていました。

そのとき担任に見つかり追いかけられ、男だったら殴ってたから。と言われ
本当にわたしは体調がわるいのに、サボりたいだけの演技をするウソつきで仮病だと思われたのがショックでした。

生活指導の先生には他人に期待してるんじゃない?と言われ衝撃でした。

つまり問題行動を起こしてかまってもらいたい、他人に心配してもらいたいんだ、優しくされるのを期待しているんでしょ?ということでした。

自分にも他人にも期待していないわたしがそんな風に思われているなんて…。
このころから人間不信になりました。

失明でも脳梗塞でもない

ネットで病状を検索してもなかなか出てこない病名でしたが時間をかけてやっとわかったのが

激しい頭痛をともなう
閃輝暗点
という症状だと判明したときは
ホッとしたのもつかの間でした。

一生つきあう病状でいつ起きるかもわからず
対策して気を付けても
がんばった次の日に症状が起きやすく半日寝込んでやっとましになる…。

そんなことをなん十回も繰り返した今までの人生でした。

大人になるにつれて減るらしいですがわたしは今でも…そのときのストレス度合いや環境によりますがむしろ悪化してしまってる状態です。

閃輝暗点についての対処法などはまたくわしく書きたいので似たようなかたや気になるかたによんでいただけるとうれしいです。

ぜひみてくださ~い!ためになりますよ~に!

部活と先生との相性

部活は吹奏楽部で
音楽も楽器も先生も同じ楽器の子も好きでした。

とても憧れのなんでもできて人格者なやさしいセンパイがいましたがあっという間に卒業してしまい…。

そのつぎの年代のレベルが低く、人間としても尊敬できず、後輩の自分たちのほうが上手かったし後輩にも慕われていたので部活に参加するのもなんだか気まずく、体調不良もあり行かなくなりました。

あっという間に卒業式前の最後の演奏会。
練習もできていない状態で、出る気はまったくなかったわたしは後輩ちゃんと同級生を見に行くつもりで行きました。

いい話にしたかったのか無理やり生活指導の先生に引きずられてステージに出されました。
号泣状態で楽器も吹けず、でも曲中に下がれないので吹いてるふりをするしかありませんでした。

とても屈辱的でストレスでした。

本当に全力で嫌がっていたのに、先生は出れてよかったね。と満足げでした。それは先生の自己満でわたしのことなど微塵も思いやってくれていませんでした。

子どもの思いなど大人の前では都合よくなかったことにされ尊重されないのがあたりまえでした。

わたしのまわりの大人たちはひとりも信用できませんでした。

家でも教科書をみて勉強はできるし友達も会いにきてくれるのでつらい思いをしてまで学校に行く意味がわからなくなりました。

社会に出たら

ここ数年でADHD、HSP、発達障がい、多様化などがとりあげられ、一般的にもすこしは理解されるような時代になってきましたが
当時は田舎だと特にキチ○イに関わるなという教育だったので特別学級の子達をみんな避けていました。

わたしはかわいく思えて親近感のある子達だなと思っていましたが似たところがあったからでした。

たしかに人間関係でのトラブルを起こしやすい子達ではありましたが、変な子、なに考えてるかわからない、頭のおかしい子、障害もち、かまってちゃん、など
本人を理解しようともせず傷付く偏見や無知な人たちがデリカシーのないことをあたりまえにまわりが本人に聞こえるように言う時代でした。

今も田舎ではほぼ変わっていない現状もあります。

知識がないのもありますが、そんなことまで気にする余裕がない、自分のことで精一杯な日常のなかでストレス発散のために他人を悪く言って攻撃しアドレナリンで気持ちよくなってストレスフルな日々を騙しだまし生きているひとがほとんどです。

大人になってわたしは外見を誉められることがおおく、静かに気配を消して目立ちたくないのに逆に目立つのか、いじめ体質のひとやお局様に目をつけられやすいのがいまでも困っています。

社会に出てから、中卒でもまともなひとなんだと思われるように働いてきました。

なにかと目をつけられ面倒なことに巻き込まれてきました。
めんどうな人間関係はがんじがらめで逃げられない檻に入れられている気分になってしまい吐き気がします。
全力でかわしながら逃げました。

人間関係は学生と社会人ではだいぶ変わり
とても苦手で些細なことですらストレスでした。
でも仕事さえできれば、または愛想よく気に入られればなんとかやっていけるんだなと学びました。

おもしろいことが大好きでしたが仕事では女がおもしろくてもふざけてる、真面目じゃない、遊んでるなどよくないイメージしかもたれないので
普通の常識的なひとを演じてきました。

自己紹介に今までの仕事は書きましたが今までの経験から発達障害のひとや仕事に関することで役に立つことを書いていきたいので気になったというかたに見てほしいです。

家族と暮らす大変さ

父親はデリカシーがなく思ったことをすべて言ってしまうひとで、たくさん傷付くことを言われました。
声も、出す音も大きく、不快なにおいや音を指摘しても父なりのこだわりと頑固さがあり変わりません。

言葉は相手次第でつかいわけるのが優しさでもありおもいやりでもありますが
ひとりのことを深く理解し対応を変えるというのはめんどうなのでしょう。

でもそんなひとにとってはどんな言葉でも
声をかけること自体がコミュニケーションであり、やさしさだと思っている。

認知が歪みきって50年以上もたつと、頭はカッチカチでもう本人は今さら変えるのも恥、立派に真面目に生きてきたと思っており変化を嫌うので
いまでは改善してくれるかもという
期待もしなくなりました。

なるべく関わらず
それでも世界にひとりだけの父親なので
完全に縁は切らず
自分がストレスにならない程よい距離感を意識して暮らしています。

親は自分の子どもが不登校、普通じゃないのが受け入れられないのか、わたしのやることなすこと
すべて否定ばかりするようになり、自己主張しようものなら、わがまま無理無理あなたにはできない
お金かけられないと否定され、高校進学など進路も考えることも許されませんでした。

お金がかかることは諦めていました。
習い事もできませんでした。
自分はなにもできないんだ進学して大学も行けない、興味のあることもできない。

今思えば行き詰まってしまい限界状態でした。

唯一、家で許されたのは食べることだったので食欲のままに食べて運動やスポーツがすきだったのにする気力もなくなり体重が10㎏以上増えました。

からだが重くなったのでさらに動けなくなり腰痛も発症し寝たきりのような日々でした。

その時代は痩せていることがかわいいというのが普通のことだったので
ファッションも好きだったわたしはさらに自己肯定感が下がり、だれにも自分を見られたくないので家族の前でもなるべく動かず声も出さず存在を消して生きていました。

異常だったと思います。

太りやすく痩せにくいわたしでしたが
太ったり痩せたり繰り返し
今は適正体重をキープしつつ筋肉をつけてからだを健康的に美しくするために勉強中です。

それもまた役に立つなら書いていきたいです。

病院に行っても…

精神科はその時代はおかしいひとが行くところでした。
耳鼻科や内科などは通っていたのですが、病院というものがかなりストレスで行くだけでぐったり疲れてしまいました。

田舎なので良いといわれる病院はほぼなく
行くたびに待ち時間が長くイライラしたひとたちの雰囲気、こわい看護師と話さないといけない、イヤな思いをするばかり。

処方薬をきちんと飲んでも、慢性的な病状なので治ることもなくほぼよくならないのにお金がかかるので通う意味もわからなくなりました。

精神科に行く勇気はなかったのでネットで調べた対処法を試してみる期間が何年間か続きました。

その後、精神科に通っていたアーティストが元気に活動しているのを見たこともあり試しに行ってみようと某有名な精神科に行ってみました。

わたしは他人と話す時は緊張してしまいうまく自己主張ができなかったのでノートに書いてみてもらうことにしました。

こんな偶然あるんだな…
そのときの助手が部活の後輩ちゃんだったのです。田舎のせまさを感じました…。

その件と担当医が、また来たかったらきて。という適当さと重症患者に薬を処方し続けて儲けようというような感じが不快だったので
病院や薬に頼らず

自分でどうにか生きていこうと決めました。

それからは
西洋医学、東洋医学、漢方薬など
いまでも試しながら体質改善のため勉強中です!

困っているかたのヒントになりそうなことは書きつづけていきます!


まとまりのない長い話になってしまいましたが
お付き合いいただきありがとうございました。
やさしいあなたに見てもらえてうれしいです。

また書ききれなかったことも今後書いていくのでHOI!をよろしくです!

自己紹介にスキを123以上もいただいてしまい…。なんてやさしい…。捨てたもんじゃないで…。

なかなか自分ではフォロー、スキ、コメントは勇気がでないので…お返しするのも、わたしがしてもいいのかな…。となってしまうので…。

勇気が出たら挑戦します…!

見てくださりありがとうございました!
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