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封緘のエクリチュール【1】#創作大賞2025 #エンタメ原作部門

あらすじ
大正戦下、前線に赴く許嫁・澤田大尉へ、財閥令嬢・律は独自の暗号で手紙を綴っていた。
しかし澤田の元上司で、密かに敵国へ寝返った折笠参謀により、律の家族は粛清され、彼女自身はその才能を買われ軟禁される。
支配されながらも、奇妙な日常に惹かれていく律。
ある夜、敵軍の暗号文から澤田の危機を察知し、折笠に取引を持ちかけるが裏目に出る。
やがて折笠は軍内の腐敗を暴き、大佐へ昇進後すぐ退役。精神を病んだ律のため、湖畔の療養施設を買い取り、静かに共に暮らし始める。
最期の夜、律が折笠に宛てた封緘を彼は開き、初めて“ふたりきりの地獄”を知る。
倒錯した主従の愛の果てに、祝福なき“婚姻”が成立する――。

(あらすじ 297字)

1 文化の香る帝国の夜


 戦争の影が忍び寄る大正の夜に不相応ふそうおうなシャンデリアの灯りがキラキラと揺れている。優雅なワルツの旋律が会場に満ちる。

 その夜、帝国ホテルの舞踏会場には、貴族、名士、軍人などの上流階級の客人が集っていた。上質なスーツと煌びやかなドレスがひしめき合って音に乗って揺らめいていた。


 私へ、澤田さんがグラスを差し出す。

「ライトが強くて、喉が渇くでしょう。どうぞ。」

 彼は柔らかな笑みを浮かべた。今日はやや砕けた場なのでいつもの軍服ではなくスーツ姿だ。黒でビシッと決めた格好が眩しかった。

「澤田中尉、彼女に酒を勧めすぎではありませんか?」
 後ろから若い青年が訝し気に覗きこむ。

「いいんだ。彼女はこう見えて酒が強い」
 澤田さんは答えた。

「酔わせて、どうするおつもりでしょうか」
 青年は少しだけ悪戯っぽい顔をした。

「まぁ、榊さん、中尉になんてこと」
私は冷えた白ワインを軽く口に含み、テーブルに置いて、彼を責める。

「中尉も男ですから」
 澤田さんが帯同した部下の若き青年、榊さんは、士官候補生を出たての少尉だった。しかし、先日の軍地で手柄を上げたらしく、澤田さんが我がことのように褒めていた。

「あなたも飲みなさったら。手柄を立てられたのでしょう」
 私はグラスをずいっと榊さんに差し出す。

「うぁぁ。お嬢様からなんて。でも、僕はあいにく酒が飲めないんです。だから、こうしてオレンジジュースとやらでちびちびやってるんですよ」
 そういえば、榊さんはずっとオレンジ色のグラスを手にしていた。

「子供だなぁ。軍人たるもの酒の一つも飲めなくては」
 澤田さんは笑って、赤ワインを飲み干す。
 私も、白ワインを飲み干し、次は?と問うた。

「うわ、本当に飲みますね。知りませんよ」

 優雅な曲の中で、気の知れた人と、酒を交わすのは喜びの象徴だった。


 すると、後ろから、わっと、人々の抑えた歓声が押し寄せてきた。何事だろう、とそちらを見ると、長身のスーツに、不愛想だが端正な顔が、避ける人の間をくぐって、こちらへ向かってきた。

「ごきげんよう。仕事が立て込んで少し遅れた」
 その人は澤田さんの隣に立って足を止めた。

「折笠大尉。お疲れさまでございます」
 澤田がうやうやしく挨拶をし、シャンパンのグラスを差し出す。

「ああ、澤田に榊、楽しんでいるようだな」
 澤田さんの上司かしら。にこりともしないクールな表情。グレーがかった瞳は、鋭く辺りを気にしているように見えた。

 私が挨拶すべきか戸惑っていると、目が合う。慌てて、澤田さんの肩を叩いた。
「ねぇ、その方」
 私が問いかけたのと声は同時だった。

「そちらの、お嬢さんは?」
 その人がこちらに目を向けて来る。鋭い眼光に見つめられて、私は息を飲む。


「折笠大尉、紹介します。彼女は僕の婚約者ふぃあんせりつであります」
 澤田さんに声高らかに紹介され、少し恥ずかしく、俯く。

「ほう。これは、愛らしいお嬢さんだ。私は折笠という。澤田の上司だ。彼にはよくやってもらっている。以後お見知りおきを。」

 その人は小さく微笑む口を作り、そうして急にひざまずいたかと思うと、私の手を取った。長い睫毛まつげが伏し、唇が肌に落ちる。
 私はびくっと手を引きかけたが、強い力で留められた。

「え?!ちょっと......」
 榊さんが慌てる。

「......た、大尉?」
 澤田さんも口を開けていた。

 するりと唇と私の手を離し、折笠さんは手もつかずに立ち上がった。

「ん?ああ、欧州流に挨拶したが、よくなかっただろうか」
 何食わぬ顔。

 私の鼓動は早く打っていた。顔も熱い。

「い、いえ......欧州流ですか。さすがですね」
 澤田さんは口ごもった。

「大尉も意地が悪い。大尉が相手だと何も言えませんもんね」
 榊さんが棘のある口調で言う。

「ほう。私に口答えとはなかなか気概があるな、榊」

 榊さんは折笠さんをじっと見つめていたが、澤田さんが榊さんの頭に後ろから手を回し、無理やり押して礼をさせる。
「直属の部下が生意気を申して恐れ入ります、大尉」

「なに、今宵は無礼講だろう」
 折笠さんは両腕を前で組み、頭を下げる澤田さんを見下ろしていた。

「大尉の恋人も紹介して下さいよ」
 榊さんが興味深そうに目を見開いて軽口を言った。

「......連れてきている。色んな男共につかまっているが......あれだ」


 折笠さんの見た方向は会場の中央。そこには美しいダンスを踊る、西洋の女性と中年の階級が高そうな男。
 女性は、舞いながらこちらの視線に気が付くと、ぱっと男の手を離し、向かってきた。


"What's a interesting! Orikasa, Shall we dance with me?"
(とても楽しいわ!折笠、私と踊りましょう?)

 女性は滑らかな英語で折笠さんに話しかける。

"No, let's not. I'm talking about important things. Anyway, I want to indroduce you to them."
(いや、踊らない。大事な話をしてるんだ。とにかく、君を彼らに紹介したい)

"Oh, won't you dance? But... Sure! Are they friends?"
(まぁ、踊ってくれないの?でも、わかったは。彼らは友達?)

 女性は澤田さんに握手を求め、次に榊さんに。澤田さんと榊さんは、慌ててその手に応じた。

「彼女はシャルロットだ。よろしく」
 折笠さんが短く言う。

 その名を聞いて、ああ、フランス人女性なんだ、と気がついた。
 私は即座に彼女に向けて微笑む。

"Il fait beau ce soir ? Je suis « Ritsu ». Enchanté."
(良い夜ですね。私は律。よろしくお願いします)

 彼女は驚いた顔のあと、すぐにぱっと華やかに笑って、私の手を取って早口でまくしたてた。

 折笠さんが、私をじっと見た。
「ほう。フランス語ができるとは」

 そこで、すっかり置いてかれていた澤田さんと榊さんが、ハッとする。
「フ......フランス人ですか。美人っすね。さすが大尉......」
 恋人は、と聞いた榊さんはすっかり恐縮している。

「榊、あちらの男性にお前を紹介したい。海軍の大尉だ」
 澤田さんが向こうのテーブルでワインを掲げている恰幅の良い男性を手でさした。

「ええと......君は......」
 澤田さんは困ったように私を見る。

「いってらして。ここで楽しんでいるから」
 澤田さんが榊さんをわざわざ連れてここに来ているのは、顔つなぎと情報収集のためだ。それを邪魔するわけにはいかない。

 すると、横からシャルロットに抱きつかれた。私と話してましょう!とフランス語が耳に吹き込まれる。

 折笠さんがちらりと私を見る。
「英語は?もちろんできるな、お嬢さん」

「え。あ、はい」
 私は慌てて答えた。

「では、悪いが英語に切り替えて彼女と話してくれるか。俺はフランス語があまりわからない」
 彼は苦い顔をした。

「これは、気を遣えず失礼致しました」
 そうだ、先ほど最初に二人が話していたのは英語だった。今の時代、英語を共通語として交流することが多いから、その方が自然だ。

 澤田と榊さんが私がそこに溶け込めそうな様子を見て、安心した顔で輪を離れていく。

 私たちは飲み物と軽食を取って、壁際に置かれた椅子に座し、しばしの間英語で歓談を楽しんだ。クラシックと異国の言葉に包まれている時間が心地よかった。

* * *

  パーティの終了の挨拶が述べられて、盛大な拍手が沸き起こる。澤田さんと榊さんに挟まれて、私も拍手をした。折笠さんは、シャルロットの腰に手を回し、私たちと別れようとする。
 すると、シャルロットがちょっと困ったように私を見た。

 そこで、フランス語で私に向かって話す。
「イヤリングを片方落としてしまったのよ。多分、化粧室で。ついてきてくれないかしら?」

 男性陣はきょとんとした顔をした。誰一人として、私たちの会話がわからないのだ。私は、ちょっと、彼女の落とし物があって、すぐ戻ります。と告げて、シャルロットの手を引いて出口へ向かおうとする。

「俺は、少々、客人に呼ばれている。少し話すだけだが。また、戦地で」
 折笠さんは私たちにそう述べて、さっと手を上げて、人の波に消えていった。しかし、凛とした彼の背は目を引く。

 私が、シャルロットと化粧室に行って、きらりと床に光るイヤリングを見つけて戻ってきたとき、ふと、その背中を異なる出口の陰に見つけた。
 彼は、日本人ともフランス人とも違う、男二人と何やら話しているふうだった。国が開けて、西洋文化が入ってきた時代だ。私は、さしてそれを何も思わず、彼女に、あそこにいるみたい、と伝えて、別れた。


 今思えば、初めて会ったその夜だけは平和だった。
 忍び寄る影すら、もし......もし、誰かが気づいていれば、消せたかもしれなかったのに。


ひとこと

 創作大賞2025 の応募作第三作目のスタートです!映像に見惚れる華やかさを意識しています。時代物は少ないのかな?と思いつつ、憧れの一つ、大正時代のロマンと自由主義の裏の影を描きたいと思います。
 なお、これは『推しと創る物語』の劇中劇の舞台演目という設定で既に構想があったものです。

 昨日クライマックス部分の断片を公開したのですが、その後五話に分けて書こうと簡単に各話のテーマを一、二行ずつ書いたら、もう冒頭(この一話)と上(二話)が書けたので今宵公開です!
 時代考証もがんばりますね。


二話目~八話目(最終話)

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