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封緘のエクリチュール【4】#創作大賞2025 #エンタメ原作部門

前回までのあらすじ(第三話)
 折笠に自由を奪われた律だったが、なぜか解かれる時間もある贅沢な暮らし。支配されると思えば優しくされて、澤田への手紙の時間の許しももらい。彼の意図がわからないまま。


4 支配下の蜜月


 ある日、夕食後、すぐに私の部屋に連れて行かず、少し仕事がある。後から行くから、おまえは先に行っておけ。と手を離された時があった。
 ずっと、屋敷の中では手を引かれていたので戸惑ったが、もうすっかりこの関係性に慣れていたので、そうしたのかもしれない。
 屋敷から外に通じる場所はすべて塞がれているし、そもそも、私が外に出ても、もう私を助ける人はいない。いや、お父様のつてを辿ればもしかしたら......。そう考えることもある。しかし、ここでは逆に生活が保障されている。逃げる理由がなかった。


 私の部屋の机の前の椅子に座って、引き出しから、これまでに受け取った手紙を取り出す。そうして、思いを馳せる。私は、今までの手紙に日常を書くことができなくなり、フランスの芸術、特に文学に関する情報を散りばめてきた。
 名士の息子で教養のある澤田さんは私の興味を受け止め、楽しそうに返事を返してくれた。しかし、その言葉を散りばめてきたのには理由があった。

――あの人に、フランス語はわからない

 監視されていない私は、机の棚から、英仏辞書を引き抜き、ページをめくる。私は、文学の引用に見せかけて、自分の本当の状況を知らせようとした。そして、折笠さんの現状についても言及し、何か手立てがないか探ろうとしていた。

 澤田さんもフランス語を知るわけではないが、私と交わした時間が長いから、何か伝えようとしていることに気づいてくれるかもしれない。これまでの手紙の文学の引用と、これから送る手紙を組合せれば、気づけば解読できるように、私は、独自の暗号を考えていた。

 これまででその下準備はできた。あとは、これから、本当のことを書き始める。

 折笠さんは日本軍のフリをして、軍属はドイツ軍らしいこと。だから上司である折笠中佐からの通信文を信じてはいけないこと。何よりそれを伝えなければいけなかった。直属の澤田さんは大尉として軍を指揮している。一番危険な立場になる可能性があった。

 折笠さんに以前お会いした時は大尉だったが、その後、若手ながら優秀で早くも中佐に昇進されたことは、澤田さんづてに聞いて知っていた。作戦・立案が得意で信頼されており、参謀さんぼうの役職も担っていることも。
 表向きは日本軍でありながら、裏側はドイツ軍のスパイらしいことは、そっと、夜伽よとぎ睦言むつごととして聞いた。この時代、婚前交渉は厳格にタブーだったが、彼は私の家族を殺した日、私をなぐさめるように後ろから抱擁だけして寝て、翌日の夜、私を無理やり抱いた。

* * *

「お嬢さんはこういうことは何も知らないだろう?」
 そう言って私のワンピースを剥ぎ、
「なら、手解きは優しくしようか」
 と、いやに丁寧に私の体を撫ぜる。何がなんだかわらかなかった。ただ、不思議と彼の手を気持ち悪いとは思わなかった。

 手が移動して、だんだんと、妙な感覚になる。くすぐったいような、恥ずかしいような、何かあらがわなければいけない、そんな感覚。

 私はぱっと彼の腕を掴んで、その目を見つめた。
「どうした?初めてが澤田でなくて残念だったな。ただ、あいつはどうせ戻ってこない」

 私は唇を噛み締め首を横に振った。

「そういう、気の強いところがいい。どこまで持つか、見せてみろ」
 そう言うと、その人は私の唇を奪った。冷たい感触。けれど柔らかい。一昨日の、夜、の感触を思い出す。

 それを澤田さんとしたことはなかったが、恋人同士のものであることはわかった。そして、その人は、そのまま首筋に唇を這わして、そっと下がってゆく。
 ぞくりとした寒気に、混ざる言葉にできない何か。あまりに滑らかにするから、体が勝手に応じて、気が付いたら、終わっていて、息を切らし、涙を流していた。間の記憶がない。得体の知れない恐怖心と、もう戻れない、という感覚だけが植え付けられていた。

 「もっと抵抗すると思ったが、あまりこたえていないな。記憶を飛ばしたか? まぁ、じきに慣れる。そうすれば、よくなるだろう」

* * *

 手紙を書き終えても、部屋は静かなままだった。時計は十時をまわっていた。それほど、仕事が立て込んでいるのだろうか。私を一人にしても平気だと油断しているのだろうか。私はそっと、部屋を出て、階下へと降りた。

 書斎から灯りが漏れている。先日まで、お父様の書斎だった部屋を、その人は仕事で籠るとき使っていた。
 ドアを静かに開け、中に入る。広い机には、数束の新聞と、紙が重なっていて、ランプが照らしていた。

 ふと、ドアの陰の大きなソファを見ると、その人が横たわっていた。軍人の癖に無防備に、小さな寝息を立てている。長い睫毛に、筋の通った鼻、小さく結んだ唇。それを包む軍服には、いくつもの勲章がついていた。改めて見ることはなかったが、澤田さんのように、いくつもの戦地を越えてきたのだろうか。どこか日本人離れしても見える、鋭く端正な顔立ちを見下ろす。シャルロットはどうしているのだろう。この人も、大戦に引き裂かれて傷を抱えているに過ぎないのか。

 それに思い当たった時、彼が小さく体を震わせたのに気が付いた。今夜は少し肌寒い。私は、近くにあった、お父様が使っていた毛布を手に取って、彼にそっとかけてみた。
 ふ、と、顔が、柔らかくなる。その表情を見た時、なんとも言えない感覚が胸中に満ちた。自国であろうが、敵国であろうが、ただ小さな優しさが、誰かを救うならそれでいいのに。その時は、まだ、そんな悠長なことを思えた。


 しかし、彼は、仕置きを決して忘れていなかった。

「そろそろ終わったか? 今日は肌艶はだつやが良い」

 一週間程経った夕食後、彼は私の頬に手を添えた。女としてのむずがゆい期間は過ぎていた。

 私の部屋まで手を引いて、地下室ではないのに、手錠をめられ、鎖を天蓋てんがいベッドの柱に巻きつけられる。
 その日もいつものように後ろから抱きすくめられて眠るのだろうと思っていた私は不思議そうに彼を見上げた。


「今まで随分と手加減してきた。今日は、本当の俺を教えてやろう」
 そんな風に言うのに、手は、いつものように体を優しく撫ぜる。だから錯覚してしまった。その後続くことも、優しい表現の続きと。

 「いつもは嫌と言ったら止める。でも今日は止めない。俺の好きなようにする。泣いても叫んでも無駄だ」


 その日ほど鎖につながれた自分の体が、恥ずかしいと思ったことはない。

 一見優しく始まったそれは、次第に執拗に私を追い詰め、さんざんいたぶられる。それなのに声を出すのを禁じられ、うっかり声を漏らせば、気を失う程、激しく手で攻められた。だんだんと恐怖が形成され、必死に声を殺し、その様子を可笑しそうに笑うその人に、すべてをじっくり奪われてゆく。
 しかし、あるところで、それが、気持ちが良いこと、に変わった音がした。こんな、自由を奪われて抗うことができない私を見られていることが、部分的には愛の真似事をされていることが、究極的な受容のようで、行き場がない私には救いに感じてしまう。


「ふん。思ったより素質があるな。教えなくとも、おまえは元からこういうのが好きなのか?」
 私は枕にしがみつき、膝を立てつつも顔を低く埋めて声を押し殺して、耐えていた。しかし、それを、どこか甘美な我慢のようにも感じていた。

「だとすれば、俺と相性がいい。......可愛がってやるとしよう」
 そうして、仰向けにされ、その人が押し入ってきた。私はその感覚を知らず、混乱する。

 これは......何?

 しかし、その日までに手で慣らされた体は、案外早く順応した。驚きつつも、私は、その人を受け入れた。問題はその先だった。
 その人が動くに合わせて、頭まで突き抜けるような衝撃が体を揺らす。何度も頭の中に閃光がちらつくような感覚に翻弄ほんろうされる。汗が体をしっとりと覆い、越えてはいけない何かを越えそうになる感覚。
 そんな私を見下ろして満足そうに打ち付けてくるその人を止めようと腕を動かそうとして、鎖の存在を思い出す。

「はっ。何も知らないお嬢さんを染めていくのは最高だな。どうせあらがえない。俺にただ合わせておけ」

 声を出す代わりに、私は、きっ、とその人を睨みつけた。

「ふん。まだそんな気力があるのか。足りないようだな」

 その人の侵入が強くなった。私の中の何かが飛びそうになる。耐えている何かを手放せば、すべてが終わってしまいそうだった。

「いい顔だ。澤田にはもったいない。俺にしろ」

「澤田」という言葉に手放しかけていた正気が私に戻る。もう一度睨みつけて首を横に振った。そして、ふと、問いかけた。

「シャルロットは?」

 途端に、その人の顔が冷たくなる。わかっていた、聞いてはいけないことだと。でも、私は知ってしまっているのだ。

「死んだ。......いや、正確にはわからないが。生きてはいないだろう」

 諦めた顔。やはり、大戦に引き裂かれた弱さなのだ。

「だからってこんなこと」

 言葉は意味を持たないと思っていたが、通じるのかもしれない。話してみようともしなかっただけで。

「わかってる。わかっているが......ダメか?」

 予想外の表情にドキリとする。傷ついた少年のような顔に。あの、毛布をかけてあげた時の感覚が蘇ってくる。悼みとは違う、同情とは違う、......強いて言えば、愛しいに近いその感覚。

 しかし、次の瞬間その顔は意地悪く笑った。

「ふ。そう言えば、優しいおまえは惑わされる。甘さがあればつけこまれる」

心が引き裂かれる。やはりこの人に言葉など通じなどしないと。

「何もかも持っているおまえなど、全部俺に奪われてしまえ」

強烈な鈍痛どんつう、を超える、言葉にできない感覚に、すべて飲み込まれる。息が切れ、頭が真っ白になった。

(つづき↓)


ひとこと

 何を隠そう多分幼少の頃からこういうのが至高です。どこかの姫君が悪にさらわれて、自由を奪われて、なし崩し的に悪のものになってゆく。でも、心がないわけではない。ロマンですよね(笑)

 多分、幼稚園の時に見たアニメで、川のほとりで悪が姫君に赤い実を手ずから食べさせて、眠らせて?さらって、薄い破れた純白のドレスで悪の城の屋根の上にはりつけにされている、みたいな構図に強烈に憧れたのが、一番古い記憶です。夕方やってたと思うのですが、何のアニメだったのか?

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