「バズ」がなくても ブランドは成長する|わたしが売上150万円を達成するまで
1年前、私はスタバのコーヒーを自由に買うことさえ夢見ていた。
貯金は10万円を切り、「50万円なんて、どうやったら貯まるんだろう」と絶望していたくらいだ。
1年後。 渋谷のど真ん中、ハチ公前の百貨店で、私のブランドは2週間で150万円を売り上げた。 1年前の自分が、嘘みたいだ。
フォロワーは1000人から、あっという間に2000人へと駆け上がった。
これは、バズではない。魔法でもない。 「デザインセンスがない」と諦めた私が、地道な戦略と、数え切れない1対1の出会いを積み重ねて、ようやく掴んだ「波」の記録だ。
この記事は、私の人生を振り返る連載の第13章です。今(2025年)から9年前あたり、2016年末のお話。本編物語は無料で読めます。後半有料部分にmaruoのブランド・マーケティングの知見シェアを掲載しています。
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2016年11月。27歳。
パリ・ベルギー買い付けから帰国した2016年11月。Instagramのフォロワーさんが1000人を超えた。

ブランドを始めた当初、2015年7月は500人ちょっとだった。フォロワー1000人になるまで、合計で1年3ヶ月以上かかっている。しかし、不思議なもので、波が来るとSNSはその後の伸びが速い。翌月12月には1500人、1月には1900人、2月には2100人、とあっという間に伸びていった。
この時点までは、具体的な何か大きなバズがあった、というわけではない。1000人になるまでにやっていたことを、ただ、淡々と同様に続けていただけだ。
フォロワー1000人になるまで、2000人になるまでにやったこと
・毎月POP UPに出店し、自分がフルで店頭に立ち、粛々と1対1の接客を重ねて、お一人とお話しして1フォローしていただくこと
・メンションしていただいた投稿は必ず投稿しなおす
・POP UPに足を運んでくださったお客様の着画・スナップを撮らせていただき、掲載すること
・インスタグラムの投稿時間を夜20~21時頃と固定し、毎日投稿をしたこと
・買い付け中も現地から買い付け日記を毎日投稿したこと

この辺りから雑誌に掲載されたり、まとめサイトに乗ったり、ご購入くださったお客様がメンション付きで投稿してくださることが増えてきて、それも後押しとなった。

「シャネルのシェルボタン」というパワーワードも相まって、とにかく人気だった

さらに、買い付け中に現地から日記を綴った「買い付け日記」も人気投稿となった。旅中にもフォロワーさんが増え、毎月どんどん広がっていく感覚があったため、「3ヶ月に一度ヨーロッパ買い付けに行く」ことを継続しようと思わされた。
POP UP出店するたびに、確実に売り上げも安定して作れてきている。そのおかげもあってか、雑誌の掲載もあってなのか、フォロワーさんが1000人を超えたからなのか、何がきっかけかはわからないが、Instagram経由での出店依頼が増えてきたのもこの時期だ。
初年度は自分からほとんど売り込んでいた。しかし、2年目からは、インスタグラムのおかげでお仕事がどんどん増えていくことになる。逆にインスタがなかったら、と考えるとゾッとする。ここまで長く、私はブランドを続けられていないだろう。時代の後押しのおかげだ。
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2016年11月。パリ・ベルギーから帰国後、すぐにルミネ新宿店へ初出店。

パリで買ってきたクスミティーを、ご購入くださったお客様にプチギフトとしてプレゼントしたら、「え!これパリで買ったんですか!」と想定以上にとっても喜んでいただけた。プチギフトは続けよう、と心に決める。
そして、ルミネ新宿店では、この小さな40cm×40cmくらいのスペースだったにもかかわらず、最終売り上げは2週間弱で95万円を超えた。その結果を踏まえ、仲介会社からすぐに次のイベントのお話をいただき、東急渋谷、横浜ルミネでの出店が決定する。
95万円。ここから手数料を引かれて60%くらいが振り込まれる。1年前、「スタバのコーヒーが自由に買えるようになる」と書いていた自分が嘘みたいな、大きな金額だ。

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この辺りから、徐々にお客様の中には"コレクター"と呼べるくらい、集めてくださる方もでてきた。見せていただいたお写真が嬉しくて思わず保存させていただいた、思い出のお写真。

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そして、12月。京都の恵文社一乗寺店という、その界隈で人気な書店で、初のカスタムオーダー会を開催させていただいた。

ありがたいことに、イベントは満席での開催となった。決してアクセスが良いとは言えない辺鄙なところにまで、「maruoというブランドを求めてきてくださるお客様がいる」というのはとても自信になった。
しかし、カスタムオーダー会は、満足度の高さに比べ、こちら側の準備の大変さが異常だということも学びだった。たくさんの方に再開催のご要望いただいたが、もう一度やろう、と力がわかなかったのが本音だ。
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この辺りから、「ブランドとしてやっていく」という覚悟がより一段と深まったのを覚えている。
それに伴い、ハンドメイドのオンラインプラットフォームminneとCreemaでのオンライン販売を中止した。そして、今もお世話になって使い続けているBASEさんへ移行。それが、2016年10月のこと。

BASEさんでサイトを作っていた時に、minneやcreemaにはなかった、さまざまな機能があり、販売戦略をいろいろ練れる種がとても充実していることに気づく。
そんな機能を使って、初販売から「完売を作る」ための仕掛けをとった。この戦略は、本を読んでいて、さらに、ベンチマークしていた完売を作っているブランドさんを見ていて思いついたものだ。
「私はデザインで戦っても生き残れない」と完全に諦めていたし、挫折も味わっていたし、理解していた。だからこそ、ちゃんと「売り方」を学ばないと生き残れない、そんな切迫した状態だった。
完売を作る売り方については、たくさんの方にお読みいただくものではないと思っていて、ブランドをやっている方や、「売り方」を知りたい、と言う方に知っていただけたら、と思う。(知りたい方は、本日の記事の有料部分へどうぞ)
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そしてこの辺りから、ヒット商品と呼べるアイテムがいくつか出てきた。スマホケースもそのうちのひとつ。初めてリアルに「即完」したアイテムだ。このアイテムのために、POP UPでは初日オープン前にお並びくださる方が現れたり、オンラインで出品すると1分も経たぬうちに売り切れた。

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11月、12月とPOP UPを駆け抜け、あっという間に年号が2017年に。光の速さだ。こちらは当時流行っていた、ベストナイン(インスタの投稿写真の中のトップ9位の写真を自動でコラージュしてくれるサービス)。

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年明け2017年1月。渋谷の、今はなき東急百貨店での初出店。2ヶ月前の11月、新宿ルミネで40cm×40cmくらいの小さなスペースで、100万円近い売り上げを作ったこともあり、今度はありえない広さを任せていただけることになった。これがさらにブランドにとっての追い風となる。
出店スペースは、ハチ公前の入り口はいってすぐ。とんでも無い立地もあって、とにかく新規のお客様にたくさん目に留めていただけたイベント。


ブランドはデザインじゃないんだな、と再度つくづく感じたのも事実だ。この渋谷でのイベントも、デザインで売れている、というより「広いスペースで、人通りがメチャクチャに多いところで出店」できたからこそ売れた。認知を広げ、「ブランドがある」ということを知っていただく重要性。そうすれば自然と、その中の数%が、maruoの雰囲気を好みだとおっしゃってくださる。
当時からSNSがものすごく流行っていたし、SNSで「バズ」を経験している人たちもたくさん現れていた。でも、バズがなくても、こうして地道にオフラインのリアルな場所で、物理的に多くの人の目に止めていただけるPOP UPに出店し続ければブランドは成長していくんだ、と堅実な道を見つけられたような気がした。
そして、2週間弱の東急渋谷のイベントで、初めて大台の100万円を超え、最終的には売上高150万円を突破した。百貨店初出店から、丸1年が経った時のことだ。

販売個数276個。この当時、まだまだ全部、一人で作っている。そして接客も全て一人で行っていた。しかし売れる量が増えてきたこともあり、アルバイトさんを雇えるような余裕が出てきた。奇跡としか言いようがない。自分でも信じられない売り上げだ。
1年前は、貯金残高10万円を切るギリギリを生きていた私の口座に、100万円近い金額がボンっと振り込まれた。web通帳に並ぶ数字を見て、喜びの前に、私はなんとも言えない感情に包まれた。ほんの少し前の自分の感覚が、全然残っているからだった。
1年前。一瞬、海外留学をしようかと思った時があった。オーストラリアやイギリスなどを調べていたその時に、「いくら少なくても50万円は貯金が必要」と言われたのだ。
50万円を貯めるには、仮に毎月5万円を貯金できたとして、10ヶ月も続けないといけない。そしてフリーランスなりたてて、そんな安定して月5万円も貯金できるだろうか、無理なんじゃないか、と絶望したのを覚えている。
100万円を貯めるなら、20ヶ月、2年弱かかる計算だ。お金って全然貯まんないんだな、と思ったその感覚をありありと覚えていた。だからこそ、欲しかった貯金が一気に振り込まれ、そこにならぶ文字列を見て、私は、あの貧乏真っ只中だった自分がとても不憫に思えた。なんだか人生って、不平等だって。
でも、今ならわかる。自分の「好き」と「才能」が重なる部分で仕事ができると、収入は青天井になる。しかし、そんな抽象化もメタ認知もできなかった私は、なんだか自分が本来得られないようなお金を得ているような後ろめたさもあった。そして、こんなラッキー、長く続くはずもないから、とにかくブランドを軌道に乗せなきゃ、という焦りでいっぱいだった。
そして、不思議なもので、貧乏が長いとなかなか自分にお金が使えない。ブランド運営のためにはどんどん使えるのに。結論、それはヘルシーなお金の使い方で、「投資が先、消費があと、が鉄則」と本で学ぶ。
この時、私はそのことを知らなかったが恐怖が勝って、ブランドへの投資しかできなかった。自分が欲しいものを買っても、ブランドでの売り上げは一切作れないし増えない。でも、仕入れや備品に使えば、売り上げにダイレクトにつながる。
おかげさまで、ブランドはヘルシーに成長し、回転していった。
──
実績も力がついてきたこともあり、渋谷の翌月に行われた大阪・あべのハルカス近鉄本店でのイベントも、広いスペースを任せていただけるようになってきた。2017年2月。

そして、このイベントから初めてアルバイトさん、スタッフさんをお願いすることに。自分のブランドでつくった売り上げで、誰かにお仕事をお願いする日がくるなんて。とても嬉しかった。とても怖かった。とても、ドキドキした。

お願いしたのは、私が妹のように可愛がっていて大切な存在である、大好きなかほちゃん。家族の繋がりで、私が22歳くらいの時に知り合った。当時まだ高校生だった5つ年下のかほちゃんは、初めて会った時から私のファッションを好きだといい、「師匠!」と呼んでくれた。
私よりも彼女の方がファッションに詳しくて、センスが良くて、面白いし、私以上に人に気を遣う。他者になかなか心を開けない私が、定期的に「会おう」と連絡をする、心を開いていた数少ない存在の一人。
かほちゃんの大学入学式に、私のお洋服をトータルでコーデして貸し出したり、お洋服をあげたり。ハロウィンにはお揃いで、ルイヴィトンのコレクションの仮装をしたり。なんかほんとに、家族みたいに近い存在だったし、妹みたいだった。だから、自分のブランドのスタッフ、という"私の輪の中"に入ってもらう最初の存在は、かほちゃん以外思いつかなかった。
この文章をかほちゃんが読んでくれないことが、私はすごく悔しいし、悲しい。
かほちゃんは、数年前に、息を引き取った。
自分がブランドを立ち上げたことで、プライベート以外のお仕事でも、かほちゃんと一緒にお仕事ができたり、時間を過ごせたこと。わたしにとってかけがえの無い時間だった。かほちゃんは、私の心にずっと生き続けてくれているし、ずっと大切な存在だ。

そして、大阪での1年ぶりのイベントも、たくさんの方にお越しいただけて幕を閉じた。この時、フォロワーさんは、2000人を超えた。

ここでの売り上げも、生活費ギリギリラインを残して、全て買い付けに投資した。そして、3ヶ月に1度ヨーロッパへいく、というサイクルが固定化してきた。ちょうど前回のパリ・ベルギー旅から3ヶ月後、2017年2月。行ってみたかった初めてのイタリアに飛んだ。
だんだんと軌道に乗ってきている感覚を得ていて、この頃が一番楽しかったと思う。人の好みにはサイクルがある。トレンドにもサイクルがある。自分のブランドを今好きだ、と言ってくださっている方に、ありがたい気持ちを持ちつつも、でもきっと大人になるにつれて、いろんなものが出てくるにつれ、心変わりしちゃうだろう。
だからこそ、いつ飽きられてブランドが終わっちゃうかわからない、という恐怖心はずっとあった。それでも自分が夢中になっているものを、全身全霊で取り組めていた。なぜなら、人生で初めて、この世の中から求められているかもしれない、と思えたから。
私はブランド運営、というものが、あるいは向いているのかもしれない。そして、イタリアからの帰国後のPOP UPで、はっきりとブランドの潮目が変わった。自分のブランドなのに、自分の手からブランドが離れていく感覚。その兆しはもう、この時にはじまっていたのかもしれない。
<つづく>
いつもお読みくださりありがとうございます。
今回の物語は、私が「デザインセンスがない」という現実を受け入れ、「売り方」で戦うと決意し、がむしゃらに戦略を立てて実行した時代の記録です。
この記事の続き(有料部分)では、当時の私が何を考え、どうやって「完売」を作り出していったのか、その具体的なノウハウとテクニックを、当時の勉強会資料と共にお届けします。
あの頃の私のように、小さなブランドで、どうやって生き残ればいいか悩んでいる方へ。私の知見が、あなたの道を照らす小さな光になれば、これほど嬉しいことはありません。
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以下は、ブランド運営者さま向けの、maruo流のマーケティング・プチ講座的なものです。過去に2回ほど、この内容を含んだブランド運営のマーケティング・ブランディング勉強会をさせていただき、どちらも満席をいただきました。
再度開催を、とお声をいただいていたのですが、個人的にはブランドを運営している方が楽しかったこともあって、勉強会は開催できていなかったのですが、せっかくなので、こちらで書いてみようと思います。
このnoteの人生の物語、の流れに沿って、フォロワー2000人弱くらいで月商150~200万円を売り上げていた、私のノウハウとテクニックです。
▼こんな方へおすすめです
・オンライン販売でリピート顧客様獲得に悩んでいる
・ファンの方に特別なサービスを提供したい
・今より売り上げを上げたい
・一人で運営しているブランドである
・オンラインショップ売り上げだけで、月10~20万円をコンスタントに目指したい
・フォロワー100人〜2000人くらいまでの規模感
【御礼】
販売60部突破しました!たくさんの方にご購入いただけて嬉しいです。また、すでにお試しいただき、結果に繋がったというありがたい嬉しいお声もいただいております。素晴らしい行動力!!ありがとうございます。

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