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映画『ノー・アザー・ランド』から難民キャンプ解体まで パレスチナ人識者が語る占領下の「今」

イスラエル政府によるパレスチナ人への「大量虐殺」や「民族浄化」が進むが、なぜこれほど過激化しているのか。パレスチナの二大勢力ファタハとハマスではない現地の識者に、パレスチナ取材歴20年を超えるジャーナリストの小田切拓さんがインタビューを実施した。短期緊急連載の1回目(ヨルダン川西岸の写真撮影/小田切拓)


平井 小田切さんは5月末に著名なパレスチナ人活動家に電話インタビューしたそうですね。

小田切 はい、5月29日に。2023年10月7日に始まったイスラエルのガザ攻撃から600日が経過しました。この間、イスラエル・パレスチナ双方への状況認識と見方は大きく変化してきています。特にイスラエル側は、より強硬な姿勢を強めています。そのため、メディアは占領統治者であるイスラエル政府の見解を「当局発表」として単に伝えるだけでなく、その内容を徹底的に検証する必要があります。

平井 これまでも必要な検証ではありましたけどね。

小田切 また、イスラエルの一般市民についても、「残虐行為の停止」を求めたり、「過度な殺戮への批判」を行っていれば、それがパレスチナ人との平和的共存のため、と考えるのは誤りです。「人質奪還」であれば、なおのことです。そんなことでは解決しません。そういう流れでしか伝えない専門家やメディアは、無知であるか、政治的意図があるかです。またこのことを、読者にも深く理解していただきたいものです。

平井 いよいよイスラエルについては伝える側の責任が強く問われていますね。

小田切 今後はイスラエル側の変化についても詳しく分析していくつもりですが、今回は、なぜかほとんど報じられることのないパレスチナ側の視点を、イスラエルの占領統治に強く反対してきた識者へのインタビューを通じて紹介します。ジャマール・ジュマ氏です。20数年来の知人でもあります。

平井 ジュマ氏に長時間取材した報道は日本では初めてではないでしょうか。ヨルダン川西岸地区のファタハでもなく、ガザ地区のハマスでもない識者への聞き取りは重要だと思います。BBCやAFPなどの報道も見ていますが、このような取材は日本だけでなく、世界的にも意味のある内容だと思います。それでは以下は、小田切さんがジュマ氏に聞いた内容をまとめた記事です。

J・ジュマ
東エルサレム在住のパレスチナ人。
28年以上の草の根運動の活動をしてきており、複数の社会団体を設立している。
2002年には「Stop The Wall Campaign」(反隔離壁運動)の設立に貢献。
パレスチナBDS民族評議会委員でもある。
BDS運動とは、イスラエルに対する「ボイコット(Boycott)、資本引き上げ(Divestment)、制裁(Sanctions)」を求める世界的な運動の略称。
(写真提供/J・ジュマ)


映画『ノー・アザー・ランド』の功罪

小田切  初めに身近な話題からお聞きしましょう。アカデミー賞も受賞したドキュメンタリー映画『ノー・アザー・ランド』は、ヨルダン川西岸地区におけるパレスチナ住民への圧力を記録し、人々の日常を鮮明に描いていると感じました。しかし一方で、映像的にはパレスチナ人が主人公であるにもかかわらず、ストーリーはユダヤ人側の視点で展開されています。これにより、シオニスト左派(注1)の主張に近い「ノーマリゼーション」(シオニズムを容認した形での、イスラエルとパレスチナの「和解」を促進することを目的とする取り組み)を加速させる可能性も否定できないと思いますが、どうお考えですか?

「ノーアザーランド」に登場するイスラエル人ジャーナリストは、パレスチナとイスラエルが一国家になる将来を否定はしていませんが、立ち位置はかなり左寄りのシオニスト左派だと考えられます。

(注1)シオニスト左派
ユダヤ人国家を実現するため、「パレスチナ」地域に存在するパレスチナ人人口を最小限の面積とともに独立させ、切り離そうと考えるのがシオニストだ。パレスチナが独立すれば、イスラエルは、切り離しによって生じる諸問題に対する責任を回避できると考え、ユダヤ人国家の早期確立を図っているということで、「ナショナリスト」と自称する。1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で締結されたオスロ合意も、イスラエル側の視点に立てば、シオニストの政治思想の実践である。

トランスフォーマーの公式サイトより

J・ジュマ  この映画については、BDS運動の中でも激しい議論が交わされました。この映画が「ノーマリゼーション」の問題を抱えているのは確かだからです。

この映画には、ヨルダン川西岸地区で暮らすベドウィン・コミュニティ(牧畜を生業とする遊牧民または準遊牧民たちの集落)への「民族浄化」が描かれています。ただし最終的に、私たちはこの映画の上映中止を求めることはしませんでした。それと同時に私たちはこの映画を称賛もしていません。人々にはこの映画を「観ればよい」と伝えましたが、この映画がノーマリゼーションにつながる可能性があることを強く認識すべきだと考えています。

ベドウィンの集落(エルサレム郊外、エリコに近い丘陵地帯)

世界中の多くの人がヨルダン川西岸地区で何が起こっているのか知らないため、そのような人々が実態を知るには良い映画だと思います。もちろん日本においても、多くの人が鑑賞してくれるのであればそれは非常に良いことです。ほとんどの人々はノーマリゼーションやシオニスト左派、そうした考え方や存在を知らないでしょうが、少なくとも映画で描かれた物語は理解できるはずですから。

世界中の人々は、ガザで起きていることをさまざまな映像を観ることで深く理解しているでしょうし、イスラエルがなした戦争犯罪の証拠はこれ以上必要ないのではとも考えています。イスラエルによる戦争犯罪の映像を観て、世界中の人々は立ち上がっているはずです。そして、(ガザではなく)ヨルダン川西岸地区を描いたこの映画でも、「ジェノサイド」(大量虐殺)や「民族浄化」が描かれています。

また、イスラエル人が関わらなければ、この映画がアカデミー賞を受賞できなかったのも確かでしょうし、注目も集められなかったでしょう。ただ、重要なことは、イスラエルによる植民地政策を止めること、ジェノサイドを止めることです。ですから、シオニスト左派が関わっていることやノーマリゼーションへの危惧よりも、こうした映画が証拠を提示し、シオニズムというものに現実味を付加することが重要だと考えています。

入植者が経営するプランテーション(西岸地区/ヨルダン渓谷)

難民キャンプを破壊するイスラエルの狙い

小田切 一方で、イスラエルによるガザ地区への軍事力行使の再開をはじめ、パレスチナ人に対する圧力が加速的に強まっています。例えば、ヨルダン川西岸地区北部のジェニンや北西部のトルカレムでは難民キャンプへの攻撃と、キャンプの解体が進められています。これにはどんな意図があるのでしょうか?

ジュマ こうした作戦には、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)への攻撃に関連する部分が色濃くあります。UNRWAは第一次中東戦争後の1949年に設立されましたが、パレスチナ難民に対する帰還権を認定する組織です。イスラエルはその組織を消し去ろうとしているのです。

ではなぜ難民キャンプへの軍事力行使、そして解体を進めているのかといえば、難民キャンプこそが、1948年に起こったナクバ、それによって引き起こされた「民族浄化」や「ジェノサイド」の証拠であり、象徴だからです。UNRWAを消し去り、難民キャンプを解体すれば、パレスチナ問題を扱うのが非常に容易になります。難民キャンプは、現場に現存する証拠の抹消に当たります。

まず行ったのが、ガザにあるすべての難民キャンプの抹消です。ガザ地区に存在する難民数(注2)は、占領地の64%に該当します。またガザ自体が、パレスチナ難民の存在を象徴するような場所です。

残りの36%の難民はヨルダン川西岸地区や東エルサレムに存在します。その多くがジェニン、トルカレム、ナブルスに存在する難民キャンプに居住していました。これらを破壊することで、ガザで行っている「帰還権のはく奪」というミッションを、ヨルダン川西岸地区でも継続しているのです。

(注2 2022年の段階で、UNRWAに登録された難民の数は、占領地内に約250万人。周辺アラブ諸国に約340万人。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に登録された者など、その他にも少なくとも100万人以上のパレスチナ難民が存在すると推計されている。)

パレスチナ人の村の入口はイスラエル政府によって塞がれている。

彼らはジェニンやトルカレムの難民キャンプを破壊したあとで、再建するつもりはありません。都市周辺の郊外エリアにして、パレスチナ自治政府(PA)の管理下に置かせようとしています。例えばトルカレムには二ヶ所のキャンプが存在しますが、今後そこを難民キャンプではなく、トルカレム市の一部にしようとしているわけです。

実際、イスラエル軍はパレスチナ人の多くの住宅を破壊しています。ジェニンのキャンプは更地状態にされ、キャンプの中央に新たに広い道路も作られました。難民キャンプの形跡は消され、全て作り変えられようとしています。この場所が、再び難民キャンプと呼ばれることがないようにしているのでしょう。

PAは、イスラエルとアメリカににらまれるのが嫌なのでしょう。しかし新興住宅地として整備すれば、難民はもちろん、パレスチナ人から強く非難されます。一方で難民キャンプを再建すれば、イスラエルが許さない。身動きできないでいると考えられます。

道路工事の様子。働いているのはほとんどがパレスチナ人だ。

パレスチナ自治政府(PA)に対するパレスチナ人の視線

小田切 昨年(2024年)12月にPAがジェニンの難民キャンプを包囲し、武装組織を攻撃していましたよね。それを受ける形で、1月にイスラエル軍がジェニンへの攻撃を開始し、実質的にはPAの部隊もイスラエル軍に協働した形になりました。残念ながら、理解不足もあってかこうしたPAの行為を、「治安維持のために必要だ」と称賛する専門家も日本にはいるようです。イスラエル軍を後押しするPAのアッバース大統領を、パレスチナ人はどう受け止めているのでしょうか?

ジュマ パレスチナ社会も変化してきています。もはやイスラエルによる占領統治に追従している政権(パレスチナ自治政府)を、パレスチナ人が受け入れなくなってきていますね。

パレスチナ人だけでなく、周辺諸国のアラブ人にしても、アッバース(注3)は「馬鹿らしい生き残り策」をしていると称されているようですが、この表現さえかなりソフトだと私は考えています。

(注3)
2025年4月23日、PAのアッバース大統領はハマスに対し、人質解放や武装解除、自治権を放棄しPAに引き渡すべきだと発言した。

ヨルダン川西岸地区でも毎日、住民が入植者に襲撃され、「民族浄化」が行われ、土地の収奪が行われている中で、それを阻止しようとしないパレスチナ政府に対し、国際社会は通常の関係を維持するべきではありません。

入植地付近にて。ユダヤ人入植者と思われる。
西岸地区の幹線道路には、あちこちに入植地にある物件を紹介する看板が。

パレスチナ人を追い込む敵対勢力の動きを止めることに、国際社会はまずは集中すべきです。世界的な規模で、こうした蛮行を止めるべきだという働きかけがなされるのが先決なのです。そうせずにパレスチナ自治政府を支持し続けるようであれば、将来的には、パレスチナ人たちがこうした国々を敵視することになってしまうでしょう。

イスラエルが国際的に孤立する可能性

小田切 非常に厳しい状況ですが、何かポジティブな変化はありますか?

ジュマ  現在の血なまぐさいガザ地区における「ジェノサイド」や、ヨルダン川西岸地区における「民族浄化」が行われていることによって、イスラエルが国際的に孤立するという可能性はあると考えています。

1948年に独立を宣言してから、イスラエルが国際社会に対し保持し続けてきた最も重要な、根本的な特徴が失われつつあるのではないでしょうか。それは彼らが「完全なる犠牲者」だと主張する筋書きです。もう一つ、「中東で唯一の民主主義国家」という言説も崩れつつあると考えられます。

すでにイスラエルにとってパートナーといえるような国々、西欧諸国、ドイツやアメリカでさえ、一般市民レベルでは、イスラエルが犯した犯罪について納得し、擁護することが難しくなってきています。世界中の市民が、彼らを「犯罪国家」「ジェノサイド国家」「アパルトヘイト国家」「植民地主義国家」「人間性を否定する国家」だと認識し始めているということでしょうが、この状況を、イスラエル自身が作り出してしまったのです。こうした変化が、将来に向けて非常に重要なものであると考えています。

もう一つの変化は、イスラエル社会が内部分裂を始めたことです。宗教的シオニスト(極右)とリベラル・シオニスト(左派)の間の対立が、日常的、一般的になっています。現在イスラエル国内では、宗教シオニストがリベラル・シオニストより圧倒的に優勢な立場、優位を誇っていて、これは疑いようのない状況です。

しかしこれまで西欧諸国は、リベラル・シオニストの存在を持ち出して、イスラエルを「リベラルな国家だ」という評価をしてきました。リベラルと区分されても、シオニストであることには変わりないのですが、それは関係ないようです。

しかし、イスラエルという国に対する印象については、主要閣僚を中心に政権が過激で、戦争犯罪まで行っているという認識に変わってきています。このあたりにも希望は見出せるのかもしれません。

また、グローバルサウス(アジア、アフリカ、中南米に位置する新興国)を中心にしながらも、既存の西欧諸国でもパレスチナを支持する動きが出てきていますね。イスラエルを国際刑事裁判所で訴追し、ジェノサイドを制止し、パレスチナの植民地化を止めようとしています。

小田切 ありがとうございました。

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