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パレスチナからの現地報告#2 パレスチナはもはや存在しないのではないか

ジャーナリストの小田切拓(おだぎり ひろむ)が、今年4月、パレスチナ自治区のヨルダン川西岸(西岸地区、西岸)に1ヶ月ほど滞在して現地調査をした。世界が注目する現地の様子はどうなっていたのか。貴重な報告をお届けする。
 (聞き手/平井康嗣、写真撮影/小田切拓)



平井 前回はバスで移動して西岸を見て回っていましたが、その後の調査ではどのようなものが見えてきましたか。

小田切 西岸地区を取材しながら続報を考えていたのですが、毎日非常に慌しくて。本当はガザ地区周辺やレバノン・シリア国境近くも回りたかったのですが、時間がなかったですね。でも、全てとは言えないまでも、西岸地区は北から南まで細々回りました。


イスラエルの右にヨルダン川西岸地区、左にガザ地区

平井 ヨルダン川西岸は縦で100キロメートル、横で50キロメートルほどの大きさのエリアです。大きいような小さいような。

小田切 現地を見て回って感じたのは、もはやパレスチナは存在しないのではないか?ということです。

平井 と言いますと?

小田切 政治的な枠組みでいえば、「パレスチナ」地域にはイスラエルという国しかありません。パレスチナを国家承認する国が増えたといっても、残念ながらパレスチナは独立できていないのが現実ですから。

平井 この地域で世界で多くの国家が国際法的に「国家承認」している国はイスラエルだけで、パレスチナは、いまだに真の独立国家ではない、という意味ですね。

小田切 そうです。「占領地」と呼ぶべきか、「パレスチナ自治区」と呼ぶべきなのか。それどころかパレスチナ人のメインランドである西岸地区も、パレスチナが独立するかどうか以前に、体感的にはイスラエルになってしまったという印象を持ちました。

平井 パレスチナ自治区はガザ地区とヨルダン川西岸地区の2つがあり、ガザ地区は、世界的に報道もされているようにイスラエルの攻撃により甚大な被害を受けています。もう一つのヨルダン川西岸地区も、小田切さんからすると、もはやイスラエルであるという印象だというわけですね。確かに小田切さんが撮影してきた写真をみるとユダヤ人がかなりいます。

小田切 西岸地区は、北部でも南部でもイスラエル人用の大規模道路拡幅工事が行われ、国際法に違反しながら西岸地区に居住するイスラエル人入植者は、すでにそこがイスラエルであるという姿勢をより強めていました。


ユダヤ人による道路の拡張工事


平井 入植者がもう入植者としての自意識を超えていると。

小田切 具体的に言えば、たとえば、イスラエル政府によって、パレスチナ人の農地が次々と収奪されていました。

パレスチナ人の生活圏は10%以下に

平井 それは許されるのですか。

小田切 農地収奪についてイスラエル側は様々な理由を掲げています。自然公園にするとか、イスラエル国防防軍が利用するとか。10・7以降急増していているのが、武装したユダヤ人入植者がパレスチナ人が農地に入るのを妨げ、農地も家畜も自らの所有物にするケースです。

平井 「10・7」とは2023年10月7日に始まったイスラエルによるガザ地区への攻撃と破壊ですね。

小田切 農地は入植者に収奪された後にはイスラエル国家に収容されます。その手法の代表例が、3年間放置された土地は国家の所有物になる、という法律を利用したものですが、パレスチナ人が農地に入れないようにしておいて、それを「放置された」土地だとして、イスラエル国家のものにする、というのです。

平井 えげつない。日本の民法ではそのような時効取得は認められないだろうな。


軍事関係地区ということで、実質的に土地を収奪した場所に建てられている警告文

小田切 これまで何度も触れているように、1948年の第一次中東戦争によってイスラエルは「パレスチナ」の78%を獲得しました。そして、パレスチナ人口のパレスチナ人は、残りの22%に追いやられたのです。その22%の60%以上が、オスロ体制によってイスラエル政府管轄地になりましたが、パレスチナ人の農地のほとんどが存在するこの60%の場所を、法的にも、どんどんパレスチナ人から奪っているわけです。

平井 22%に追いやられて、さらにその40%以下で生きていると。

小田切 そうです。つまりパレスチナ人は、どんどん閉所に追い込まれて行っているのです。パレスチナはもともとの「パレスチナ」の10%以下の面積にしか存在しなくなっています。計算しますと22%×40%=8.8%になるのですから。
 しかもこうしたパレスチナ人の街や村は、入り口を車止めで塞がれてしまっていました。全ての入り口の車止めが閉じられていた訳ではありませんでしたが、街や村が閉鎖された場合、パレスチナ人はそれに従って車では外に出ないようにしていました。大きな街の入り口では、車止めだけでなく検問所が設置されていて、ここを通るためには何十分もかかったこともありました。封鎖されてしまったり、通るまでに何時間もかかることもあるとも現地のパレスチナ人からは聞きました。

平井 西岸内部でイスラエルがパレスチナ人を管理しているわけですね。たとえば、沖縄で現地市民が、隣の街に行くのに、米軍の検問をいちいち通らなけらばならないことになってしまったというイメージかな。もちろん今は違いますが。新しいガンダムアニメでもジオン軍の占領や、地位協定、難民などが描かれていて、いつも沖縄や横須賀、パレスチナを思い出します。

検問。

小田切 こうした検問は、20年以上前からあったんです。だけど、これまではどちらかといえば、嫌がらせに近い形で使われていたように思うんです。突然、軍用車両が止まって、そこで検問を始めたり。

平井 なるほど、法的な仕組みにはなっていなかったということですね。

小田切 今回は現地に入る前には、第二次インティファーダ(2000〜2005年)より酷いと聞いていました。

平井 実際にはどうでしたか。

小田切 ところが、体感的には全くそんなことはなかったんです。比較的容易に目的地には行けました。少なくとも、パレスチナ人の自治エリアに入らない分には、移動はスムーズでした。

平井 そうなんですね。

小田切 ですが、パレスチナ人を小さなエリアに閉じ込めるシステムは、完全に確立されてしまっていました。西岸が、ガザ地区のような塊の集合体のようになっていたんです。確かに、イスラエルの車であれば、入植者と同じように、西岸地区の幹線道路を走ることに問題はありません。車止めが閉じられていなければ、パレスチナの町にも容易に入れました。しかし、激しい攻撃にさらされている北部の難民キャンプや、立ち退きをせまられている農地、軍事的標的となっている町や村には、近づくことも難しかったですね。イスラエル軍がその気になれば、全ての町や村の入り口が、簡単に封鎖されるのでしょう。


住民に退避勧告が出されたキャンプの入口。閑散としている。

平井 なるほど。いざというときに速やかに管理や隔離する仕組みが整ってきたから、日常的には移動はスムーズになってきたと言えるわけだ。

イスラエル人に起きている変化


小田切
 この状況を取材したジャーナリストのほとんどが、イスラエルの非道について報道しようとはするでしょう。映画「ノー・アザー・ランド」で描かれているような状況ですから。

平井 ベルリンやアカデミーで受賞した、パレスチナを描いたドキュメンタリーですね。

小田切 ただ、長い時間パレスチナに関わってきたものとしては、「ノー・アザー・ランド」ばかり取材しても、現状は全く伝えられない、というか。そんなものでは収まらない、と感じるのです。「マザーフェル・ヤッタ」という映画の舞台が特別なのではない。西岸全体がとんでもないことになっているんです。パレスチナの将来を変えてしまうような、核となる場所までが、切り刻まれている。10.7以降、事態が格段に悪化しても、国際社会がイスラエルによる占領統治に対し、容認しているということもあるのでしょうが、イスラエル人入植者たちにはためらいが見られないのです。かつ、怖い者なしになったというか。


世界遺産登録されたBattir(バティール)もユダヤ人の入植地にされようとしている。

平井 「怖いものなし」とはどのような?

小田切 例えばですが、びっくりしたのが、ヒッチハイクする入植者の数の多さです。イスラエル人は昔からよくヒッチハイクをしてはいました。特に入植地は、バスの便が少ないですからね。イスラエル人の車と、パレスチナ人の車のナンバープレートは色が違うので、パレスチナ人ナンバーの車には乗らないわけでしょうが、だからといって敵に取り囲まれたような場所で、見知らぬ者の車に同乗させろ、と言うのもどうかと思いました。2014年6月に、西岸地区でヒッチハイクをしていたイスラエル人の若者3人が殺害されていますが、この事件の直後、同年7月には、大規模なイスラエル軍によるガザ地区が行われてもいるんですよ。
 だけど、ぼくが入植地で道を尋ねたら、ヒッチハイクに応じてくれたと勘違いしたのか、入植者の若者三人が僕の乗っていた車に乗り込んできたりもしたんですよ。彼らは非常にフレンドリーで、親切な物言いで目的地まで道案内してくれましたが。ヒッチハイクに限らず、入植者の我々に姿勢はパレスチナ人に対する姿勢とは180度違いました。また、兵士もやけに親切でした。それを含めて、イスラエル人には、警戒する、躊躇する、または過剰に攻撃的になる、というような姿勢が今回はほとんど感じ取れなかったんです。もはや日常レベルでも、パレスチナ人を殆ど脅威とは感じていないのでしょう。

平井 以前は、イスラエル人にはパレスチナ人に対する怯えや恐怖がある、だから攻撃的になると小田切さん言ってましたね。

小田切 こんなこともありました。西岸地区の東側は砂漠に近い砂山のような土地が広がっていて、そこに居住するパレスチナ人は主にベドウィン、つまり遊牧民なんです。西側にはヨルダンが存在するこの場所は、イスラエルが併合を狙っていると考えられていますが、周辺の丘陵地では、イスラエル人入植者の家族と必ずと言っていいほど遭遇しました。ユダヤ教の連休であったこともあるでしょうが、広大な場所をほぼ手中に収めた、という満足感なのか、新たな居住先の下見なのか、必ずポーズを取りながら記念撮影をしている。


ヒッチハイクをするユダヤ人入植者たち

平井 なんか、イメージが湧く表現だ。

小田切 別の場所で顔を合わせたイスラエル人一家と、ダビデの星が掲げられた展望台のような場所で偶然また一緒になったら、「記念写真を撮って」と頼まれてしまったんです。その後、母親から「あなたの写真も撮るわね」といわれ、スマホを渡すように言われましたが、さすがにこれは、こちらを怪しんで確認しようとしたのだとは思います。
 こういう場所には、旧約聖書に絡めた観光施設も作られていていましたが、そういう場所も訪ねてみました。西岸各地で、イスラエルによるリゾート開発もどきの計画も進んでいるようでした。イスラエルの車で、イスラエル人と同じような動きをしていると、パレスチナ人をサファリパークの動物のように感じてしまいそうになるんです。恐ろしいことに。

平井 それを聞いて思い出すことがあります。1990年代に友達の家に転がり込んでニューヨークで長めの滞在していたんです。それで面白がってハーレムを毎日のようにうろうろしていたときに、白人ばかりの観光バスが来て、物珍しそうにバスから眺めたり、写真を撮っていたんですよね。今はハーレムはそうでもないようですが、白人観光客は黒人ばかりのハーレムを歩くと危険だと思っていたからでしょう。その連中を私は道路から見上げていました。パレスチナはさらに、白人たちがバスを降りて、楽しめるように整備されているという感じなのでしょうかね。対等な人間同士でやるという感じではないな。小田切さん生々しくて貴重なリポートありがとうございました。

小田切 今回は、あまり日本の報道では触れられていないイスラエル側の変化のお話しをしました。ぼくもちょっとびっくりしましたからね。次回は、具体的な取材内容にも踏み込んで話しますね。(続く)

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