パレスチナ支援の闇 欺瞞に満ちた「平和と繁栄の回廊構想」の正体(2)
泥沼化する中東情勢の中、日本政府が再び推進を表明した「平和と繁栄の回廊構想」。長年日本のパレスチナ支援の中核とされてきたこの構想は、果たして本当に平和と繁栄をもたらすのか。中東問題に詳しいジャーナリストの小田切氏が、その歴史的背景と複雑な現実を読み解く。その2回目(本文約7200文字)。
中東情勢が泥沼化する中、日本政府が再び推進を表明した「平和と繁栄の回廊構想」。長年、日本のパレスチナ支援の中核とされてきたこの構想は、果たして本当に平和と繁栄をもたらすのか。中東問題に詳しいジャーナリストの小田切氏が、その歴史的背景と複雑な現実を読み解く。全2回のうち2回目。
ジェリコ農産加工団地の実態

平井: それでは、「平和と繁栄の回廊構想」について、具体的に教えてください。
小田切: わかりました。まず、日本政府が「基幹事業であり、成功事例である」と公言しているジェリコ農産加工団地について簡単に説明しましょう。これは公式には日本の援助によって、「パレスチナを経済開発する」ために立案、実施されてきた計画です。特に農産物加工に重点を置くことで、パレスチナの経済力を高め、就労機会を提供することが目的とされています。
場所はヨルダン川西岸地区東部、パレスチナ人やパレスチナ難民が多く暮らすヨルダンとの国境に近い南部のジェリコという街です。西岸地区の主要産業は農業であり、ジェリコのあるヨルダン渓谷は大規模農園(プランテーション)が盛んな地域として知られています。この地域特性を活かし、さらにパレスチナからの輸出を促進するため、西岸地区と陸路でつながるヨルダンに近い場所が選ばれたとされています。
平井: なるほど。
小田切: 非常に奇妙なのは、外務省の該当ページの更新が2018年で止まっていたにもかかわらず、この団地が今も一応稼働していることです。一度は「忘れ去られた構想」であったはずが、亡霊のように再び表舞台に登場しました。パレスチナ企業やイスラエル国籍のパレスチナ人の企業など、30社ほどが工業団体には入居しているようですが、入居基準は不明です。今年1月付けで発表された「対パレスチナ支援」の概要にわずかに言及されているのを見つけましたが、20年近く継続されてきた中核事業とは思えないほど、内容が薄っぺらいものでした。
「回廊構想」が抱える構造的な問題
平井: なかなかえぐいですね。幽霊のような存在感です。とはいえ、そもそもは悪い計画ではなかったように思えますが?
小田切: いいえ。この構想には問題が山積しています。まず目的です。20年近く前に計画が始まった当初から、イスラエルとパレスチナの「2国家解決」実現のためだとされてきましたが、この20年間、イスラエルとパレスチナは和平交渉すら行っていません。
2007〜08年にイスラエルが一時的にかなり歩み寄ったとされました時期もありましたが、実際には、難民の帰還権が反故にされたに近い内容でした。当時は「イスラエル側の寛大な提案を受け入れるべきだ」という論調で伝えられていました。パレスチナ側は、急速に弱体化していっていましたから。
しかし当時、パレスチナ側が条件を飲まされていたとしたら、すぐに問題は再燃していたでしょう。
平井 どうしてですか。
小田切 何百万人といる海外在住の難民が、行き場を失うのですから。結局、イスラエルによる統治が不問にされたまま、2023年10月7日(10・7)に至りました。
断言しなければならないのは、日本を含む西側大国は、「イスラエルが西岸地区の土地の大半を実質的な領土とするための入植活動を後押ししてきた」という事実です。 入植地の拡大を放置し、今も解体しようと動かないのですから。またイスラエルにパレスチナの独立を迫ることもなく、援助で延命させてきたのですから。
平井 そうですね。これまで何をやっていたのか。
小田切 今年7月3日には、国連人権理事会に国連特別報告者が「占領経済からジェノサイド経済へ」と題した報告書を提出しました。この中で、ロッキード・マーティン、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コムなど、イスラエルの軍事行動に関与した企業が名指しで批判されています。同時に、入植活動に関与したとしてブッキング・ドット・コムなど45社についても「共犯」だと断罪しています。
平井 ようやくですね。「あまりにも多くの企業がイスラエルの不法占領から利益を得てきた」と。日本の工作機メーカーのFANUC(ファナック)がロッキード・マーティンにロボット機械を提供しているという記述もあった。イスラエルとグローバル企業の関わりが相当程度、明らかになったようですね。

小田切 日本の農産加工団地のあるヨルダン渓谷でプランテーションを行っているのは、ほとんどがイスラエル人入植者です。当初からパレスチナ側の調査団体が、「入植地からの農産物がパレスチナの企業によって商品化されているのではないか」と指摘していました。そもそも、ヨルダン渓谷の約90%はオスロ合意で規定されたイスラエル政府管轄地(エリアC)です。国際社会もこの状況を認めています。ヨルダン渓谷に居住するパレスチナ人は、長年にわたり立ち退き圧力をかけられてきましたが、10月7日以降、次々とパレスチナ人の集落が消滅しているのが現状です。
日本が犯した最大の過ち
小田切: しかし、それ以上に大きな問題は、回廊構想を進めるために、2007年に日本政府がイスラエル、PA(ファタハのパレスチナ自治政府)、ヨルダンと4者協議という枠組みを作ったことです。パレスチナのハマス政権は参加していません。
平井: それの何が問題なのでしょうか。
小田切: そもそも2006年のパレスチナ総選挙で勝利し組閣したハマスが加わっていないのは不自然です。2007年にはガザ地区内でファタハとハマスが内戦状態になり、ハマスがガザ地区を実効支配する事態になりましたが、これは選挙の翌年の出来事です。選挙結果という正当性を持たないPA(ファタハが主導する自治政府)が参加しているのは、まさに待っていたかのようでした。
平井: 4者協議に話を戻すと、ハマス抜きでイスラエルが加わっている状態であると。
小田切: そうです。こうなると力関係を考えれば、当然イスラエルが中心になります。回廊構想は、当初から実質的にイスラエルに都合の良い計画、いや、イスラエルを中心に据えた事業だったと考えるべきでしょう。本来なら、まずはパレスチナとヨルダンとで計画を進め、その後、日本がイスラエルに対して国境等を開放するよう働きかけるべきでした。もしイスラエルが許可しないなら計画は中止すべきです。結局、パレスチナのためにはならないのですから。
事業をスムーズに進めるには、労働者や物資の移動が円滑でなければなりません。製品を滞りなくヨルダンへ輸出できなければ、パレスチナが経済成長などできるはずがありません。しかし、そのすべてをイスラエルが決める枠組みだったのです。スポンサーは日本にもかかわらず。
平井: イスラエルが物流を含めてすべてを握っていたわけですね。
小田切: おっしゃる通りです。製品を輸出するには、国境を掌握しているイスラエルの許可が必要です。これは私の著書『ホロコーストからガザへ』(青土社)でも言及していますが、外務省もJICA(国際協力機構)も、パレスチナの独立を重視していなかったことがはっきりとわかります。
平井: そうなんですか。
小田切: 実際、今もパレスチナは独立していないのに、この計画は継続してきました。日本政府がイスラエルに対し、強い姿勢でパレスチナの独立を求めた形跡もありません。イスラエルが納得する「パレスチナ支援」を行うことが目的だ、というメールのやり取りの記録も残っています。
「平和の回廊」の奇妙な真実
小田切: そこが面白いところです。「平和の回廊」という表現は、もともとイスラエルの左派が以前から使い、ヨルダン渓谷での事業を計画してきたものです。ですから、日本側にも様々な形で働きかけてきたのでしょう。小泉元首相には、当時の在日イスラエル大使が提案したと公言しています。
平井: 驚きですね。
小田切: 奇妙なのは、当時のJICAパレスチナ所長や、よくわからないコンサルタントまでが「自分の発案だ」と主張していることです。
平井: 「よくわからない」って(笑)。

小田切: 実は、似たような計画はずっと前から存在していました。工業団地についても、当時のイスラエル首相シャロンが「隔離壁」とセットで設置計画を立てており、すでに他の援助国の候補も挙がっていました。「自分が考え出した」なんて言えるはずがありません。
平井: それはそうですね。
小田切: そうですよ。当時、パレスチナ人が飢えていたら「毒饅頭だと分かっていても食べさせるべきだ」と公言し、JICAの事業を一生懸命応援したジャーナリストや、同じような立場をとった若い研究者もいましたね。
平井: 誰ですか?
小田切: ははは(笑)。サラ・ロイ(米ハーバード中央研究センター)のような「反開発」を批判する専門家はもちろん反対でした。他にも占領問題に詳しい海外の専門家のほとんどが呆れていました。カナダの名門マクギル大学のレックス・ブライネンなど、「オスロ合意」研究の専門家は「これほど高度な政治的差配が求められる計画は日本には無理だ」という見解でしたね。
しかし、この計画はなぜか現在まで続いてきました。国際社会が設置を予定していた他の工業団地は、稼働しているところがないようです。今年4月にいくつかの予定地に行ってみましたが、空き地になっていたり、他の用途で使われていたりしました。イスラエルとどのような条件で合意したのか、良心がある人がいるならば、そろそろ内部告発をしてほしいものです。
JICA、マスコミ、NGOは何をしていたのか
平井: 一蹴されていたわけですね。当時の日本人関係者はどう考えていたのでしょう?
小田切: 昨年会ったのですが、最近離職したらしいJICAの元所長は「私は回廊構想には関係ないし、他の地道な事業で忙しかった」と話していました。本人が決めたわけでも始めたわけでもないにせよ、所長がこのような態度で、関係者もそれを容認している、してきたのには呆れるばかりです。当たり前のように、計画に対し否定的な姿勢を示しているのも重要です。
平井: なかなかのいい加減ぶりですね。誰ですか?
小田切: ははは(笑)。本音では、多少なりとも深く理解している駐在記者やNGO関係者からすれば、ずっと「成功するわけがない」事業だったのでしょう。当時イスラエルは、イスラエル企業や海外の大企業の誘致を考えていましたから。しかし、イスラエル企業については、さすがに露骨に計画に入れることができなくなったのか、外されたようです。パレスチナ系イスラエル人の企業は参入しているようで、基準が良くわかりませんが。日本企業でいえば、日産自動車が熱心で、当時社長だったカルロス・ゴーンも現地に赴いていました。
平井: 以前からゴーンの名前は小田切さんからよく聞いていましたね。
小田切: 外国企業にしてもパレスチナ企業にしても、労働者が団地まで通勤できる保証がない。材料を運び込める保証もない。ましてや製品を海外に出せる保証もない。これではうまくいくはずがありません。

平井: 最初からぐちゃぐちゃだったのですね。
小田切: 興味深いのは、現在まで関与を口にしたがらない日本人関係者です。内心では「成功するはずない」「とんでもない」と考えていたのでしょうが、外務省との関係性なのか、自分の利益になるからなのか。かなりの人間が直接的、間接的に関わっていました。しかも、そうした人物が所属していた団体は、内部調査を全く行わずに「知らぬ存ぜぬ」という態度を続けています。
平井: あらら。これも誰ですか?
小田切: ははは(笑)。日本のパレスチナ支援の中核事業であるにもかかわらず、満足な検証もされていません。こんな状況でNGOはどうやって外務省やJICAから事業を受託するなど、関係性を持ってきたのでしょうか(笑)。研究者、専門家、メディアは何をやってきたのか。なぜ、政府が公表するままに7月11日の国際会議の結果を垂れ流すのか。NGOからは「日本政府からの資金は入っていないから」と説明されることもありましたが、政府と協働するかどうか以前に、政府の事業を監視するのがNGOの役割ですよね?
平井: そうですね。NGOは政治とある程度近くなる場合はありますが、距離感が重要です。
小田切: 計画開始から20年も経ってしまったので、今は本当に計画を知らない人ばかりになりました。そうして調べることもなく「知らぬ存ぜぬ」です。それなのに、10・7以降も現地のことをよく知らない研究者が、「日本独自の素晴らしい計画」だと発言する始末です。大事なことを思い出しました。ある研究者が、計画が始まったころ、若手に「この仕事を受けないと、将来仕事ができなくなるよ」と脅しながら、手伝いをさせようとしていましたね。
平井: なんとも痛い話ですね。

国際社会の今後の思惑
小田切: 10・7以降、西岸地区では都市封鎖が頻繁に行われ、イスラエルによるイラン攻撃が始まった直後から、ほぼ完全封鎖になったと報告されています。こんな状況で、どうやって経済開発をするのでしょうか?
平井: 完全封鎖ですか…。
小田切:そうそう、中心となって「4者協議」で働いた“研究者”が、今も中東問題を語る専門家として、大手メディアで頻繁にコメントを求められていますね。当局側の人間を、中立的な専門家の扱いで登用するのはおかしいでしょう。関係者に理由を聞いても、いつもはぐらかされます。
平井: なぜ「とんでもない」のかが、いまひとつ分かりません。
小田切: 先ほど少し触れましたが、この事業が「隔離壁」とセットの計画だからです。
平井: 例の「隔離壁」ですね。
小田切: 要するに、「壁」や道路でパレスチナの街を取り囲むんです。そうすると仕事がなくなるので、パレスチナ人にはイスラエルや海外企業のために、低賃金労働者として働いてもらう、という計画なのです。西側の大国も、何百万人ものパレスチナ人を養うために、毎年何千億円もの出費を続けることはできませんから。ガザがこんなことになり、復興に何兆円かかるかわからない状況ですし。

平井: パレスチナが独立するような事業ではなく、イスラエルを肥やす事業になることを日本は放置し、ガザも西岸も弱らせてきたわけですね。日本政府も罪深い。
小田切: 7月28日に、イスラエルによるイラン攻撃によって延期になっていた「2国家解決」に向けた国際会議がニューヨークで開催されました。イスラエルの自衛権だけを認め、ハマスを非武装化し、ハマスを排除した上での、つまりPA中心のパレスチナ独立を、イスラエルによるガザ攻撃や西岸の併合が進む中で話し合おうというようです。
平井: 相変わらずの路線だ。
小田切: この会議は当初6月17日から行われる予定でした。しかし、イラン攻撃で延期になるのも不思議ですよね。イスラエルがイランを攻撃したら、対パレスチナでやることが変わってくるのか。いや「変わってくる」から、すぐに延期が決まったのでしょう。結局はパレスチナのためではなく、重要なのはイスラエルだということがよくわかります。
平井: なるほど、鋭い指摘ですね。
小田切: 7月11日に日本が主導したアジア諸国との国際会議も、フランスのパレスチナ国家承認も、このニューヨークでの会議に向けた前段階のようなものですね。それにしても、ガザでは殺戮や餓死が続き、西岸では都市封鎖や土地収奪が続いているのに。28日にトランプが、ガザ地区に「食料センター」を設置すると発言したのも、この会議のためかもしれません。
毎度のことですが、定義が曖昧な「停戦」、特に一時的に食料が入ったくらいで、平和だとか解決だとか語られる状況は不適当すぎます。それを訂正しない専門家は、素人と変わらないか、政府御用達の立ち位置でしょう。そもそも政府とNGO、報道の立ち位置が同じって、おかしくないですか? 国民も甘やかさないでほしいですね。
平井: 耳が痛いな。
小田切: 結局その会議は、7月30日に「ニューヨーク宣言」と題した文書を発表して終了しました。またしても「2国家共存」が唯一の解決策だとし、イスラエルに対しては「パレスチナを国家として認めること」「ガザへの物資搬入の制限の解除」。ハマスに対しては「ガザ統治を終了し、権力をPAに渡す」こと、「ガザ地区の統治に参加しない」こと、および「武装解除」を求めています。
この合意は予定通りですね。しかも今回の国際会議を開くきっかけとなった昨年12月3日の国連総会決議で触れられた「全ての入植者の退去」については、言及されていないようです。もちろん合意事項に強制力はありません。これではオスロ合意の状況から後退したとしか言えません。さらにアメリカ、イスラエルは参加していないのです。
パレスチナの未来は?

小田切: 新しいことと言えば、選挙を経て選ばれたわけではない現在のPAを、あらためてパレスチナ側の代表と位置付けたことでしょうか。さらに10・7をハマスによるテロとすることに、アラブ諸国も賛同しました。オスロ体制によって非武装を義務付けられることになったPLOに属していないハマスのようなパレスチナ人勢力は全て排除し、後に恰好だけのパレスチナ議会総選挙を行うつもりかもしれませんね。
パレスチナの国家承認についても、本来ならば、先に「独立」を承認すれば良いわけです。識者は、パレスチナの領土も首都も確定していないと言いますが、それはイスラエルも同じです。イスラエルの場合は、パレスチナからより多くの領土を奪おうとしているので、理由は真逆ですが。
次回は、なぜアメリカやイスラエルに回廊構想が必要なのかを、イスラエルによるガザ地区統治の歴史などを踏まえて説明します。
平井: おお、そこまで深く考えたことはありませんでした。気になりますね。(つづく)
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