イスラエルによるイラン攻撃の裏側で進行 ヨルダン川西岸地区は小さな「檻」の集まりに 【ジャーナリスト・小田切拓に聞く】
2025年6月13日、イスラエルがイランの核関連施設や空軍基地を空爆し、軍の最高幹部を殺害したと報じられた。これに対しイランも応戦し、一時はアメリカも関与を示唆したが、その後イスラエルとイランは停戦に至ったとされる。パレスチナの現地取材歴20年以上、渡航回数は70回を超える小田切 拓さんに、この一連の動きと現在のパレスチナ情勢について聞いた。無法化するイスラエルは世界の火種になりつつあり、日本にとっても他人事ではないはずだ。
イスラエルが占領統治を続けているのは、内政をハマスが行うガザ地区だけではない。ガザ地区の15倍以上の面積を持つヨルダン川西岸地区(以下、西岸地区。内政はファタハ主導のパレスチナ自治政府=PA)や、イスラエルが一方的に併合を継続させている東エルサレム(国際的には未承認)も占領地である。小田切さんは、2025年4月にも、この西岸地区に1カ月ほど滞在し、ユダヤ人入植地などを調査していたという稀有なジャーナリストである。最近の情勢について聞いた。(本記事で特記のない写真はヨルダン川西岸地区。撮影/小田切拓)

平井 いま振り返ってみて、今回のイスラエルによるイランへの先制攻撃が行われた理由をどのように見ていますか。日本のメディアもあまり言いませんが、この先制攻撃は国連憲章2条4項違反、平たく言えば国際法違反でもある点は強調しておきます。
小田切 イランの弱体化、アメリカの都合、イスラエルの内政問題など、理由はいくつか大別できるでしょうが、タイミングとしては、やはりパレスチナ問題の「塩漬け」化があると考えています。
平井 「塩漬け」化?
小田切 つまり、西側諸国にとってより重要な問題を起こして、パレスチナ問題の矮小化を狙ったと見られます。
イラン攻撃が始まる4日前(2025年6月10日)には、英・豪・加、ノルウェー、ニュージーランドなどの5カ国がイスラエルの極右閣僚2人に対し、入国禁止や資産凍結などの制裁措置を発表しました。理由は、西岸地区における「暴力行為の扇動」です。また、6月17日からは米国でフランスとサウジアラビアが共同議長を務める国際会議の開催が予定され、主な議題は「二国家解決」についてでしたから。これはイスラエルによるイラン攻撃開始直後に延期が決定されました。
平井 各国でイスラエルに対する圧力が強まっている中だったわけですね。また内政問題で言えば、イスラエルのネタニヤフ首相も国内的にも追い込まれていた。
小田切 ネタニヤフ首相は、3つの汚職疑惑で起訴されていました。ガザ戦争で国際社会からも批判を浴びていますが、国内支持率も低下し、12日には、国会解散の是非を問う予備採決が行われていました。最終的には、イラン攻撃開始後の16日に否決されました。イラン攻撃は、彼自身にとって目くらましの材料になったとも言えます。

ガザ住民の国外放逐の狙い
平井 パレスチナではガザ地区は今、どのような状態になっているのでしょうか。
小田切 ニューヨークでの国際会議に先駆けて、アラブ諸国とトルコの外相が西岸地区の中核都市ラマッラで会合を開こうとしましたが、イスラエルはその入国を許しませんでした。そのことで湾岸諸国との関係性の悪化も懸念されていました。結局、この国際会議も6月13日の事態勃発直後に延期と決まりました。イラン問題は湾岸諸国にとっても最重要事項ですから。
ガザ地区ですが、イスラエルが物資の搬入を止めているため多くの人が飢餓状態にあり、食料の配給所で民間人が殺害される状況も続いています。

イスラエルの左側にガザ地区、右側にヨルダン川西岸地区(WEST BANK)があり、これは西岸地区の拡大図。

エリアA、B、Cはパレスチナ自治政府とイスラエルの暫定自治に関する分類。

平井 今後、ヨルダン川西岸地区も含めてパレスチナはどうなるのでしょう。
小田切 再度、強調しておきますが、イスラエルの行動原理であるシオニズムとは、パレスチナ地域の全て、または大部分をユダヤ教徒が領土化すること、さらにパレスチナ人口を最小にしようとする思想です。ガザ地区では、土地を失ったパレスチナ人を国外放逐しようとしています。
イスラエルにとっては「人口を処分」する段階に入ったガザ地区とは違い、西岸地区ではまだ人口が土地とともに存在しています。2023年10月7日が始まりガザ地区での事態に注目が集まる中で、イスラエルは西岸で、パレスチナ人からの土地の収奪をものすごい強度と速さで行ってきました。それが今後は、さらに加速するでしょう。もはやイスラエルは、恐れるものがなくなりましたから。仮にガザ地区で「停戦」が実現しても、西岸で手を緩める理由がありません。





2024年3月には国連人権高等弁務官事務所がイスラエルによる西岸地区の「併合」につながる行為を強く非難しましたが、これに西側諸国が危機感を示したところで今回の事態が起きたのです。そして西側諸国が、一瞬で、一斉にそこから後退してしまった。
なぜか報道では強調されずにきましたが、西岸地区とヨルダンとの国境は、物流を含めイスラエルが管理しています。その状況下で、西岸で「自治」をしているとされるPAが民政と治安権限を行使できる面積は、実は西岸地区の面積の18%だけです。その18%にしても、「安全保障」を理由にすれば、イスラエル軍は何でもできる。西岸北部の難民キャンプで、解体が進んでいるように。「自治」とは名ばかりで、統治者のイスラエルが行うべき行政サービスを、国際社会が捻出した費用を使って代行しているというのが実情です。

概括するとこうなります。オスロ体制の継続を理由に国際社会がイスラエルによる実質的な準領土と認定している区域の面積が、西岸地区の約60%を占めています(エリアC)。同体制によって、PAが行政サービスを行い、治安権限はイスラエルにある区域が20%あまり(エリアB)。この場所での入植をイスラエルは加速させています。もしエリアBまでイスラエルの準領土となれば、パレスチナ人には、西岸の18%しか残りません。パレスチナ地域のたった4%しか。
こんな状況で、しかも国境をイスラエルが管理したままパレスチナを独立させたとしても、西岸地区は10カ所程度の「土地なき民」の収容所になるだけです。これがいわゆる「二国家解決」で、実態はシオニズムにとっての解決策の一つに過ぎません。地域の安定や、本質的な解決とは正反対のものです。
先月ニューヨークで行われる予定だった国際会議は、昨年12月3日の国連総会決議に基づき開催されることになっていました。同決議では、西岸地区の入植地の解体まで言及されていました。しかし共同議長国のフランスは、会議前に公表した方針で、入植地については全く言及しませんでした。
アカデミー映画が示すシオニズムの容認
平井 西岸地区については、2024年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した『ノー・アザー・ランド』で西岸地区のユダヤ人入植者が描かれていましたね。
小田切 あの映画も、結局はシオニズムを容認しています。入植地の拡大には反対していますが、すでに存在する入植地を強制的に取り壊そうという主張は全く語られていないに等しいからです。イスラエルにとっても、西側社会にとっても、パレスチナ国家の独立とは「土地なきパレスチナ人」の切り離し策であり、責任回避策なのです。

平井 映画ではブルドーザーでパレスチナ・ベドウィン(遊牧民)の家が壊されていましたが、入植はそのような形で行われることが多いのですか。
小田切 そうしたやり方が生々しく描かれていましたね。これまでは主に西岸地区の中のイスラエルが準領土化している60%のエリアの場所で、パレスチナ人居住者を排除するために、こうした圧力が加えられてきました。先ほど話したように、それが2023年10月7日以降は、このエリア外のパレスチナ人居住地でも躊躇なく行われるようになっています。映画で取り上げられた場所の近くに行きましたが、パレスチナ人は見かけませんでした。
ユダヤ人入植地の急増と「檻」化する西岸地区



平井 2025年4月に1ヶ月間、滞在した中で特に重要だと感じた変化はありますか?
小田切 毎日のように西岸地区を車で移動していましたが、至るところで、イスラエル人専用道路の工事がなされていたことです。2025年5月27日には、イスラエルが新たに22カ所の入植地を新設することも明らかになりましたが、すでにイスラエルのユダヤ人の約10%が西岸地区の入植地に居住するなど、急増しています。



さらに「入植地の治安維持」などを主張して、イスラエル人専用道路の増設や拡張、新たな隔離壁の設置が行われています。道路や壁で取り囲まれ、西岸地区は、300万人を超えるパレスチナ人を収容するための、小さな「檻」が点在する場所となってしまいました。
平井 すさまじいですね。
小田切 今や「檻」から「檻」への行き来さえ難しくなっています。検問所では、私の入国書類のバーコードもタブレットでスキャンされたりして。イラン攻撃後、イスラエルは西岸地区を完全封鎖しました。小さな村の入り口にも、巨大な車止めが設置されています。鉄柵のようなそれで車両の行き来を遮断し、兵士が人の出入りを監視するのです。
一方、イスラエル人入植者からはパレスチナ人の姿すら見えにくくなったようです。イスラエル人の中高生や女性までが、警戒心も薄く、あちこちでヒッチハイクをしていました。


重要なのは、こうしたイスラエル人、特にユダヤ人口でさえ、700万人から800万人しかいないことです。国の大きさも四国より一回り大きい程度。米国ほかの軍事支援や占領統治経費の肩代わりがなければ、資金的にも、人員的にも、本来は長期的な軍事作戦を行うのが難しい国なのです。
出口は見えず、パンドラの箱が開く懸念
平井 今のパレスチナ問題に出口はありますか。
小田切 シオニズムを正当化すれば、パレスチナ人はイスラエルの外に出るか、物乞いのように援助に依存するしかなくなります。弱体化した周辺アラブ諸国も、シオニズムを許容しなければ、西側諸国から援助を停止されたり、圧力をかけられてしまう状況です。
イスラエルが拡大するにも、後始末をするにも資金が必要ですが、すでに西側諸国の支援は限界を超えているはずです。パレスチナ難民の受け入れ先もなくなるでしょう。停戦合意をしたとはいえ、今回のイラン攻撃が、パンドラの箱を開ける契機になってしまわないか、非常に懸念しています。
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エリアA、B、Cの変遷など、一連のジャマール・ジュマ氏へのインタビューと合わせてお読みくだされば、より現地の様子がわかります。
最近は毎月のように出版している早尾貴紀さんの最新刊では小田切さんとの対談も収録されています。
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