【熔ける前の井川意高物語】#16:これからの大王製紙に大切なことは?
井川意高氏は現在、インフルエンサーとして活躍されていますが、かつては大王製紙の社長を務め、カジノで106億円もの巨額を失い、特別背任の罪で懲役4年の実刑判決を受けたことで広く知られています。
一方で、その父であり、「大王製紙の中興の祖」と称されながらも、その功績が十分に世に知られていないのが井川高雄氏です。
井川親子と共に仕事をするという貴重な経験を持つ私だからこそ、彼らとの思い出を振り返りながら、なぜあのような事件が起きたのかについて、冷静に考察してみたいと思います。
🌳もし井川意高氏が今も社長だったら:2022年度の赤字回避は可能だったか?
今やインフルエンサーとして活き活きとしている井川意高氏を見ていると、あの活き活きした姿で社業に邁進していたらどんな会社になっていたんだろうかと思ったりします。
たらればを言っても仕方ないのですが、意高氏があんな事件を起こさずに社長だったら2022年度の営業赤字は回避できていたのでしょうか?
意高氏がYouTubeの中でこんなことを言っていました。
「紙パルプ業界は、エネルギー多消費型産業であり、GHG(温室効果ガス)の多排出事業者である紙パルプを生業とする大王製紙の場合、CO2排出量が少なくなるからと言って石炭を例えばLNGに切り換える設備投資を決断できるかと言えば、それは難しい。何故ならば、投資をしても製品がもっと売れたり、売値が高くなったりする訳ではないからだ。」
また、設備投資をしたからといって収益改善になるコストダウンが図れる訳でもないので、巨額の設備投資に踏み切れるかと言えば、自分が社長でも悩むと発言されていました。
社長を退いてしまった意高氏には、判断材料になる情報が入ってきていないので「悩む」のは仕方ないでしょうが、もしも現役の社長であったならば、どうだったでしょうか?
社長ならば、あらゆる情報が2022年度に急に入って来た訳ではなく、何年も前から国際動向や国内の法整備の動向、取引先の要求事項等の予見可能な情報が各方面から入ってきていたと思います。
なにせあの広い人脈を持たれていますから、他の経営者からも生の声が聞けたでしょう。
更に社内にも石炭価格が安定している時から「石炭ボイラーを早めに止めることを検討した方がいい」という見識の者もいれば、「石炭ボイラーを止めろだと、お前、会社をつぶす気か」との見識の者もいる訳で、社長として、そういったあらゆる意見を総合したシナリオを検討したと思います。
意高氏なら「未来を先取りして石炭使用量を少しでも削減するために、収益が出ている今こそ、FITで販売している脱炭素電力を自家使用に回すべきだ」と決断していたかもしれません。
そんな決断をするのは恐ろしいものです。
どうしても決断は先送りしたいものです。
成り行きをみて問題が起こってから慌ててパッチワークをするというのが30年無成長の日本における政府のマネジメントスタイルでした。企業においても決断を先送りする歴史を繰り返してきた証が無成長の30年だったと思います。
本当に決断は難しく、長期を見た洞察力と胆力、勇気がいることです。
成り行きに任せて変化を恐れ、意高氏であっても創業以来初めての営業赤字を出したかもしれませんし、意高氏だったら2022年度の決算は変わっていたかもしれません?
🌳新生大王製紙の理想像:風通しの良い組織文化を目指して!
井川高雄氏というカリスマ経営者による上意下達の経営スタイルは、意高社長が目指していた経営スタイルとは別なものでした。
しかし、社員には、井川高雄流のトップダウンが染みついていて、トップの言うことを盲目的に従い行動する体質が出来上がっていました。
上が言っていることに意見することなどあってはならないと思ってきた社員が作り出したのが9.16事件であり、風通しの悪い社内風土を改革することこそが、事件後の大王製紙にとって最重要課題だったハズです。
それまで井川高雄・意高親子が決めてくれていた未来への種まき(投資の決断)を、事件後はガバナンスの効いた社内の統制手続きの中で、ある意味で集団意思決定する体制に変わりました。
役員の一番楽な方法は、成り行き任せで全役員が「ミスターノー」になることです。つまり役員が100人いたら99人が左が正解だと分かることしかやらなくなることです。
分からないことは全部「ノー」で拒否しておけば自分たちは安泰です。
佐光氏は、9.16事件後のあの厳しい状況の中でも海外へ出ていき、H&PCの加工品(子供用紙おむつ)を海外で売って売り上げを伸ばす決断をし、自らが陣頭指揮をとってその難しい計画を実行しました。
立派な決断だったと思っています。
しかし、役員の中には、人材もいないのに無理に出て行っても成功の方程式はできないし、単に属人運営(現地に派遣した優秀な出向社員の頑張り)のままでは、まぐれ当たりはあったとしても持続できないのではないかと危惧する方もいました。
つまり、井川高雄氏や意高氏が、佐光氏に置き換わっただけで、社長の言うことには歯向かえない体質を置き去りにしたままでは不味いぞという見識の役員の方もおられた訳です。
そういったマノリティな危惧を尊重せず、未来の種まき(海外人材の育成や海外マネジメントの標準化)を考えずに拡大した事業基盤は脆弱です。
井川高雄氏が未来の種まきとして、世界規模の三島工場になるように投資を続け、エリエールブランドを立ち上げてH&PCという事業分野に参入したり、海外に森林を所有する決断をすると共に、これぞと思う人材には教育とジョブローテーションという人材投資をしてきたことで発展してきたのが大王製紙でした。
9.16事件が起こった後のピンチを克服できる経営トップに佐光社長がいたのは、井川高雄氏が未来への種まきをしてきた結果だった訳です。
佐光社長がそんな井川高雄氏と同じような未来の種まきをしてきたのかどうかは、これからの経営成績に現れてくることでしょう。
佐光氏の次の若林社長は、井川高雄氏の秘書をしたり、今は斜陽の新聞用紙営業を長く務めたジョブローテーションで育成された人物です。
佐光氏は彼にもH&PC営業を見させるように、B2Cビジネスも経験させるジョブローテーションをした上で自分の後釜にしました。
ただ、それまでの経験は、井川高雄流の上位下達の申し子のような上から物を見て「いや、違うって、こうだって」というマネジメントスタイルで部下と接してきた経験であり、工場という泥臭い現場経験のない営業エリートとしての経験だけでした。
そんな若林社長は「心理的安全性」を口にして「さん」づけ運動を実行しました。自分の欠けている面をよく自覚されているのかもしれません。
しかし、風通しの良い組織風土は、さん付け運動だけでは出来ないでしょう。
多様な意見の中から100人がいたら99人が反対するようなマイノリティな意見も尊重して吸い上げて、役員自身が脳に汗して、大激論を繰り返し、井川高雄氏や意高氏に負けない「決断」ができるようになった時に初めて、組織文化として定着するのが「心理的安全性」だと思います。
四国の暴れん坊と呼ばれた大王製紙が、役員が100人いたとして99人が正解が分かったことしかやらない会社になってしまったのでは「明るい未来」はないと思います。
🌳未来を拓くガバナンス:多様な意見を活かすための体制とは
一人ガバナンスとでも言えるカリスマ井川高雄・意高親子の時代は、全てをトップが決めてくれたのが大王製紙でした。
つまり、カリスマ親子が、大王製紙の未来への種まきを決断し、経営方針や経営スタイルを考え、それを社員が一体となって実行することで、中期事業計画などを公表する必要もない会社経営をやってきました。
そんな大王製紙が普通の会社になったのは、9.16事件後のことでした。
規程や会議体の改定を始め、社外役員の増加等意思決定のためのガバナンスが効いた体制に変化し、社長の独善・独走を許さない「型」はできました。
そんなガバナンスの効いた型ができた中で、どのようにして「提案(チャレンジ)」をインプットしていくのかが重要です。
井川高雄氏や意高氏は、ある意味で会社の全てを経験したオールマイティであり、創業家の英才教育を受けた意高氏のような経験値と見識、それに社外ネットワークをもったトップをこれから社内で作り上げるのはとても難しいことです。
井川親子というカリスマなき大王製紙においては、多様な意見を尊重する社内文化を醸成していくしかありません。
そうしなければ王子HDとの差は広がる一方です。
大王製紙が9.16事件によって2012年4月からの中期事業計画を初めて公表し普通の会社に変化しようと努力を始めた同じ2012年の10月に、渋沢栄一から脈々と続いてきた王子製紙は、社名から「製紙」を除き、王子ホールディングスに生まれ変わる決断をしています。
特に、王子HDが素晴らしいのは、森林を経営のど真ん中に置いた経営戦略を描いている点です。素晴らしい先見性だと思います。
未来は分かりませんが、森林の経済的価値が高まる未来が待っているかもしれません。そんな決断をガバナンスの効いた体制の中で作り上げていける王子のマネジメント力には学ぶべき点があるかもしれません。
大王製紙も原料であるサステナブルな木材や森林資源の確保に高雄・意高親子は本当に力を入れて育んできました。
国内一の土地持ち(森林)である王子の強さを知っていればこそ、チリに東京23区並みの6万haの森林を所有してきたのです。その重要性を理解していたカリスマ親子がいなくなった今の大王製紙は、目に見えない価値を持つ社内の財産にもっと目をむけるべきなのです。それはブランド価値であり、人材価値、そして森林価値なのだと思います。
社内にはきっとその大切さを主張する意見はあるハズです。
ただ、そういった考え方が経営陣に届いていないとすれば、心理的安全性という言葉だけは聞き覚えがあっても、マイノリティな意見が経営陣に届かない、あるいは経営陣が受け付けないのです。そうであれば、実は、心理的安全性がない心理的不安全性のマネジメントになっている可能性があります。
ガバナンスとは、100人がいたら99人が正解が分かることだけをやる判断ではなく、99人が最初は反対することであっても、大激論の末に未来の種まき戦略を決断できるプロセスや体制が確立されていることであり、それがガバナンスが効いている組織運営なのだと私は考えています。
そして、心理的安全性というものは、チームで仕事をして成果を上げる大事な要素としてGoogleで研究され、Re: WORKで詳しく成果を共有してくれていますが、Googleのように管理職を組織から一旦無くして大失敗する実験をするような会社だからこそいきついた世界です。
つまり、そこまでやりきる会社だからこそ成果につながるのであって、その言葉の表層をいくら追いかけても組織としての成果は上がらないものだと思っています。
そこまでやりきる大王製紙であり続けてほしいと願っています。
過去の大王製紙の良かった面ややりきる力に磨きをかけることなく、生ぬるく、単に残業しない早帰りが目的化する会社にならないように、願いを込めて最後を締め括っていきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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