【熔ける前の井川意高物語】#04:親子でも社員への接し方が全然違った!
井川意高氏は現在、インフルエンサーとして活躍されていますが、かつては大王製紙の社長を務め、カジノで106億円もの巨額を失い、特別背任の罪で懲役4年の実刑判決を受けたことで広く知られています。
一方で、その父であり、「大王製紙の中興の祖」と称されながらも、その功績が十分に世に知られていないのが井川高雄氏です。
井川親子と共に仕事をするという貴重な経験を持つ私だからこそ、彼らとの思い出を振り返りながら、なぜあのような事件が起きたのかについて、冷静に考察してみたいと思います。
🌳オヒギンス勲章
1989年当時、チリで設立した現地法人の資本金が7000万ドル規模であったことは、チリ政府から非常に歓迎され、高く評価されました。
米国のOPEN AIのアルトマン社長が岸田首相(当時)と面談したり、孫さんがトランプ大統領就任直後に面談したような例がありますが、企業の代表者がどの国であろうと大臣クラスとそう簡単に面談できるわけではありません。
にもかかわらず2000年当時、大王製紙に対してチリ政府は環境大臣が直接応対してくれるほどの対応をとってくれました。
1997年に京都でCOP3(気候変動枠組み条約締約国第3回会合)が開催され、その後「京都議定書」という枠組みが誕生しました。各国がその枠組みを批准する準備を進める中、当社も2000年~2001年に掛けて経営トップがチリへ出向いて要人と交流しました。
まずは、チリでの植林活動によって吸収・固定化されたCO2を日本の排出権として移転できないか、CDMの枠組みを活用できるようにチリの環境大臣に協力を要請するための陳情目的の出張を行いました。
その際、出張団を率いたのは、井川家以外で初めて社長に就任した大沢保氏でした。
そして続けざまに、チリで植林した木材をチップ化して初めて日本向けに出荷する際の初出荷セレモニーをチリで開催しました。その際には、大沢氏(当時社長・故人)と井川意高氏(当時副社長)両名が現地に出張する力の入れようでした。
私は外材部長として、この2つのイベントに随行しました。
初出荷セレモニーでのエピソードは後述するとして、まずはオヒギンス勲章を大沢氏が受章した話をしましょう。
実は、大沢氏はこれら2度のチリ出張を通じて、当時の駐日チリ大使であったフェンテス大使と信頼関係を築き、環境大臣への協力要請の出張の際にはチリまで同行してくれるほどの歓迎を受けました。
これは、チリ政府が大王製紙のチリでの事業を非常に高く評価していた証拠でもありました。
この出張でよい関係を築けたフェンテス大使からの推薦があったのかどうかは知りませんが、何と大沢氏は井川高雄氏に続いて※オヒギンス勲章を受章することになりました。これには本当に驚かされました。
※オヒギンス勲章
チリ政府が外国人に授与する最高の栄誉の一つで、チリの独立運動を指導したベルナルド・オヒギンスにちなんで1965年に制定された勲章です。チリに貢献し、同国の発展に寄与した外国人に与えられます。
ありがたいことでしたが、社内ではひと悶着ありました。
井川高雄氏がこの受賞の報を耳にすると、途端に不機嫌になったのです。
おそらく、自身の息子である井川意高氏ではなく、大沢氏が受章したことに納得がいかなかったのでしょう。
高雄氏にとって、チリでの事業は自分と意高氏が長年にわたって注いできた心血の結晶であり、それを「単に事務方に担がれて出張しただけの大沢が受けるとは」と考えたのでしょう。
私も、チリでの事業への貢献という意味では、井川意高氏の方が受賞にふさわしかったことに異論はありません。
しかし、結果的に犯罪者となる人物の勲章受章を避けられたという意味では、会社にとっては幸運だったのかもしれません。
🌳親子の違いを垣間見たチリ出張
2001年2月、フォレスタルアンチレ社の植林木チップ初出荷セレモニーに井川意高氏(当時副社長)が出席するため、南米チリへロス経由で出張しました。その際、親子の違いを感じた出来事を一つ紹介します。
ロサンゼルス空港で、大沢社長、井川副社長と私が一緒にエレベーターに乗っていた時のことです。私はボタン操作をしており、お二人は奥にいました。
エレベーターの扉が閉まる寸前に、向こうから手を振りながら乗りたいアピールをしてくる人がいたので、とっさに「開」ボタンを押してその人を乗せてあげました。
その後、ラウンジに向かう途中、歩きながら井川意高氏が話しかけてきました。
「上家、さっきのエレベーターの客は知り合いか?」
「いえ、全く知らない人です」
「そうだろうな。一つ教えておくが、会長(井川高雄氏)をアテンドする時は、閉めるボタンを押さないと叱られるぞ。何人もやられているからな。知り合いでもない者のためにエレベーターを止めて他の客の時間を泥棒して迷惑をかけた、という理屈で叱られることがあるから注意した方がいいぞ。私の時は構わないけどな。」
井川意高氏はこのようにやさしく井川高雄氏のアテンド時の注意事項を助言してくれるような方でした。高雄氏のように社員を厳しく叱責することはなく、むしろ紳士的な態度で接する方でした。
特に休日に社員を連れ出してプライベートなことに奉仕をさせるようなことを嫌っていました。対照的に、井川高雄氏は社員に対して常に厳しく、社員の献身は当然でした。
🌳社員を思いやる井川意高氏
ビッグモーターの創業者の息子が暴君として社員を支配し、権力を振りかざして恐怖で組織をコントロールしていたことが巷間報道されましたが、それとは対照的に、井川意高氏はまったく異なるリーダーシップを発揮していました。
彼は、社員に対して紳士的であり、権力を振りかざして威圧するような態度はありませんでした。
父親である井川高雄氏は、激昂して社員を叱りつけることで組織を支配する「カリスマ型」の経営者でしたが、井川意高氏はそのようなスタイルを好みませんでした。
一方で、井川高雄氏は、戦時下の軍隊のように「激昂」型のトップとして組織を支配・掌握していました。彼の叱責はカリスマ性とも相まって、時に組織内の社員には「洗脳」のように機能して受け入れられました。
実際、彼の厳しさに免疫ができ、叱られることすら楽しむような管理職も現れていました。「大きな声で叱責されること」が出世のための試練と見なされていたのです。
顧問(井川高雄氏のこと)室から大声で叱られて出てくる役員や管理職がニヤリと笑い、「やられたな、出直すか」と意気揚々と引き揚げていく姿を何度も目にしました。そうした光景を見るたびに、彼らは「カリスマ」に感化されていると感じていました。
激昂を恐れるよりも、それを克服し、むしろ楽しむかのように振る舞う役員や管理職たち――その背後には、井川高雄氏の圧倒的なカリスマ性と経営手腕がありました。
高雄氏の叱責は、社員を厳しく追い込むものでありながらも、一部の社員にとっては試練であり、乗り越えることで自己成長を感じることも多々あったのです。
出世街道を進む管理職たちは、その「高圧的な叱責」をむしろ「認められた証」として捉えるようになっていったのです。彼らは、あえて厳しい言葉に身を晒し、その中で成長し続けようとしていたのではないでしょうか。
しかし、井川意高氏はそのような父親とは正反対のアプローチをしていました。彼は社員に寄り添い、決して激昂することなく、冷静かつ紳士的な対話を重んじていました。
彼の経営スタイルは、父親が築き上げた「カリスマ型」からの脱却を意図していたように感じます。意高氏は、あくまで人間としての尊厳を大切にし、社員を尊重することを忘れませんでした。
もちろんブランド価値向上のために攻めの営業を仕掛ける時には土日返上もある仕事への厳しさは親子とも共通でしたが、彼は、権力によって他者を支配するのではなく、対話と共感を通じて組織を導こうとしていたのです。
両者の違いは、まさに「時代の変化」を映し出していたのではないかと思います。高雄氏の時代は、高度経済成長期の波に乗り、トップダウン型の強いリーダーシップが必要とされた時代でした。
彼のカリスマ性と強引な手腕が、大王製紙の成長を支えたのは間違いありません。しかし、時代は変わり、社員のモチベーションや価値観も多様化していく中で、意高氏が目指したのは、よりフラットで対話的なリーダーシップだったのです。
次回は、井川高雄流のマネジメントをもう少し詳しく考察していきましょう。
今や大王製紙社員の中でも9.16事件当時の社是・経営理念・行動指針を語れる人は少なくなりました。既に社員の頭から消え去ってしまったかもしれない当時の井川高雄経営哲学を言語化した「社是・経営理念・行動指針」を振り返ってみましょう。
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