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【熔ける前の井川意高物語】#05:カリスマ井川高雄!

井川意高氏は現在、インフルエンサーとして活躍されていますが、かつては大王製紙の社長を務め、カジノで106億円もの巨額を失い、特別背任の罪で懲役4年の実刑判決を受けたことで広く知られています。

一方で、その父であり、「大王製紙の中興の祖」と称されながらも、その功績が十分に世に知られていないのが井川高雄氏です。

井川親子と共に仕事をするという貴重な経験を持つ私だからこそ、彼らとの思い出を振り返りながら、なぜあのような事件が起きたのかについて、冷静に考察してみたいと思います。


🌳なぜ子会社経営者は無謀な判断を下したのか?

井川意高氏は、先に述べたように父である井川高雄氏のように激昂して社員を怒鳴りつけたりすることはなく、声を荒げることのない紳士的な態度で社員と接する人でした。

しかし、そんな意高氏の下で出向中の有能な管理職(子会社の経営者)たちは、統制手続きを無視して、何故会社の大金を個人口座に送金するという大胆な行動を取ったのでしょうか?

父・井川高雄氏のリーダーシップは、社員を厳しく叱責し、恐怖を通じて従わせるスタイルに支えられていました。高雄氏が持っていた「人事権」は、社員にとって地位やキャリアの存続を左右する絶大な力でした。

この強力な圧力の下、社員たちはいつの間にか井川家の言うことに従うことを最優先に考えるようになり、その結果、組織全体に「従順こそが美徳」という価値観が染み渡っていったのです。これは、一種の「組織洗脳」とでも言えるでしょうか。

このような従順さを重視する組織文化は、再選を繰り返し絶大な権力を握った地方自治体の首長と職員の関係にも共通する問題ではないでしょうか。

他にも自動車産業での認証不正や製造業での検査データ改ざんといった現象にも共通しています。

つまり、現場からの懸念の声がかき消される組織の論理が優先されるというのは、日本の戦後復興に効果的であった管理体制に共通する組織運営上の共通課題なのかもしれません。

戦後の日本企業は排他性による「ムラ社会」を築くことで産業復興を成し遂げました。しかし、そのムラ社会根性が、保身による従順さを強化し、閉じられた組織内での勝手解釈による不正を生み出す要因となった可能性があります。

さらに言えば、日本の経営をより科学的に進化させていくためには、こうした従順さや排他性による組織の不正に寛容な体質を見直す必要に迫られている気がします。

私は、井川家の二人だけが責任を負い、送金を行った管理職たちが何の責任も問われず、送金した彼らの反省を社内で共有することがなかったことに大きな失望と違和感を覚えてきました。

どこか日枝氏さえ辞めさせれば組織体質が一変するかのように言われてきたフジテレビ問題と共通する面があるように感じます。

私は、井川親子が辞めれば企業体質が変わるというものではなく、役員・社員自らもまずは反省しなくては、組織の本来あるべき姿が歪んだままになってしまう(盲目的従順さやムラ社会)のではないかと感じていました。

🌳理系人材を重用した理由

井川意高氏は、父・井川高雄氏とは異なり、激しい叱責をせず、常に穏やかで紳士的な態度で社員と接する人物でした。

しかし、そんな意高氏の下で、出向中の子会社トップたちが、統制手続きを無視して大金を個人口座に送金するという無謀な行動をとった社内体質をもう少し深堀りしてみましょう。

父・井川高雄氏は、社員を強いリーダーシップで叱咤し、恐怖を通じて従わせるスタイルを貫いていました。

高雄氏が握る「人事権」は、社員にとってはキャリアの存続を左右する力であり、彼の意向に逆らえない空気を社内に根付かせていました。

その結果、「従順こそ美徳」という価値観が組織全体に浸透し、社員はいつしか井川家の指示に従うことを最優先に考えるようになっていったのです。この体質は一種の「組織洗脳」とも言えるでしょう。

しかし高雄氏は、実は自分に異議を唱える社員が少なくなることを一番恐れていました。そのためなのか、理系社員を役員として重用していました。

理系人材というのは、その特徴としてロジックやデータ重視の姿勢があり、井川家にとって、組織のバランスを保つ要となる人材と考えていたのかもしれません。

井川高雄氏は、有能だと判断した理系社員には必ず営業部門での経験を積ませたうえで役員に登用(営業こそが企業に売上や収益をもたらす最前線であり、それを知らずに社長にはしないという人材育成の原理原則を持っていた)するジョブローテーションをとって経営者としての視座を育む仕組みを設けていました。

こういった人材育成のジョブローテーションの流れの中で、大王製紙の社員にとっては、子会社への出向は左遷ではなく成長機会と捉えるキャリアパスの認識が定着していきました。

井川意高チャンネルの中で「社長候補だった」と固有名詞が出てきた木原道郎氏も理系、大沢保氏の後に井川家以外の社長第2号を務めた二神勝利氏(故人)も理系、井川高雄氏、井川意高氏の下で名番頭(副社長)を長く務めた長谷部武志氏も理系でした。

「理系の視点を持つ経営層を育成する」高雄氏の育成方針には、忖度を喜び斟酌して幹部を人選するのではなく、「ロジックを持って意見できる幹部を育てる」という執念のような意図が込められていたように思います。

こうした人材は高雄氏に対しても「お言葉ですが」と言える強い信念を持ち、時に代替案を示すことができたのでした。

🌳問わずとも意見せよと求めた理由

実は、9.16事件が起こった時の大王製紙の社是は「誠意と熱意」ではありませんでした。

社是:知恵による運営 知恵による経営
経営理念:経営とは考えることなり 経営とは問われなくても自己の見解を主張することなり
行動指針:今ここで決断 大胆に変化

これが井川高雄氏の経営哲学を言語化したものでした。

これらの言葉には、井川高雄氏の強い思いが込められていました。

創業者である井川伊勢吉氏が残した社是「誠意と熱意」を高雄氏が刷新したのは、誠意と熱意だけでは企業の持続的な成長には不十分であるという認識からでした。

彼は、これからの時代には、誠意を持った熱意に加えて、知識・経験から導かれる知恵が必要だと考えていました。

そして自分や息子の周りがイエスマンだらけで固まることを恐れ、従順こそ美徳と考えている社員に対して、自らの考えを主張し、論理的な思考で議論に挑むことを求めたのです。

高雄氏は「経営とは『決断』の連続である」ともよく言っていました。
正解が分からない経営判断には、複数のシナリオを徹底的に議論し、考え抜くことが決断には必要なんだと明言していました。

だからこそ、「お言葉ですが」と意見を述べる姿勢を奨励していたのです。

しかし、実際には「お言葉ですが」と発言するには、相当の覚悟と見識が必要でした。時に高雄氏に異を唱えると、「お前、わしにレクチャーするつもりか」と叱責されることもあり、多くの管理職にとって「お言葉ですが」はハードルの高いものでした。

ご自身の激昂型マネジメントは、結果的に高雄氏が求めた「自由な意見交換」を封じるものとなり、次第に「井川家の言うことに従う」姿勢が更に強化されていったのかもしれません。

そして「お言葉ですが」を口にする心理的安全性が確保されなかったことで、出向先の経営幹部たちは意高氏に対して異議を唱えず、統制のないまま大金を送金するという判断を下すことにつながったと私は分析しています。

どんなにカリスマ経営者であっても変化の激しい時代に一人だけの考えでは成果を上げることができないという、井川高雄氏の社是変更の意図は、社内に浸透したとは言えませんでした。

心理的安全性は、組織の成果を最大化するために組織内のマイノリティな意見であれ、それが経営陣に批判的に感じる意見であれ、その視点を尊重する組織風土を育むことによって、イノベーティブな組織体質が強化され、武器になるのだと思います。そのイノベーティブな体質を求めた井川高雄氏の願いは届かず、盲目的従順さが事件を引き起こしてしまいました。


次回は、カリスマ井川高雄氏が残した経営哲学が分かるような名言を振り返ってみます。

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