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木曽路十一宿-第一話:洗馬宿

☆15年以上、木曽路を車で行き来している私だけの木曽路☆

第一話 洗馬宿(せばじゅく)


1.平出遺跡

長野と愛知を往復するたび、笠取峠、和田峠、塩尻峠を越え、阿礼神社の前を通り、山裾を西へ進む。

その途中には平出遺跡がある。

今では縄文時代から平安時代まで続いた大集落だったことが分かっているが、江戸時代の旅人は、その上を歩いているとは知らなかっただろう。

私も小学校の遠足で訪れて以来、立ち寄ったことはない。今も遺跡の駐車場の横を通り過ぎるだけだ。

2.洗馬宿

やがてJR中央線の踏切手前をショートカットし、国道19号へ入ると洗馬宿付近に着く。

江戸時代、この洗馬は中山道と善光寺道が分かれる追分だった。

西へ進めば木曽路。北へ向かえば松本、そして善光寺へ続く。

旅人はここで進む道を選び、気持ちを整えたのだろう。

3.小休止の場所

私が洗馬を通るのは、決まって週末の午後七時を過ぎた頃だ。

萬年屋の大きな駐車場に車を止め、隣のコンビニでパンと飲み物を買う。

この場所は現代版の洗馬宿かもしれない。

トラック用に大きな駐車場が用意され、食堂、コンビニがあり、運転手用のシャワールームなども置かれている。

簡単な道の駅と言った感じの場所だ。

私は、買い物を終えても、食事のために止まることはない。

そのまま木曽路へ入っていく。そして、暗い夜道でパンを食べながら進んでいく。

愛知の自宅に着くのは、それから三時間以上後である。

木曽路で立ち寄る場所は、このコンビニだけだ。

それでも、この地域だけは強く印象に残っている。

4.いつの時代も分岐点

愛知へ戻る時は、一週間の仕事が終わり、ようやく気持ちがほどけ始める場所であり、同時に木曽路の入口として気持ちを切り替える場所でもある。

反対に長野へ向かう時は、木曽路を抜けた安堵感と、「これから仕事が始まる」という気持ちに切り替わる場所になる。

昔の旅人や現代のトラック運転手、そして私にとっても、洗馬は何らかの分岐点なのかもしれない。

道が分かれるとともに、気持ちが切り替わる場所。

江戸時代と現代。

宿場とコンビニ。

長い時間が流れても、その役割だけは変わらない場所。

それが私の思う洗馬宿だ。

:tokisuke


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