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境界の地 中津川:通り過ぎるだけだった街

中津川:通り過ぎるだけの街


1.中津川

人には、何十年も通り過ぎるだけの街がある。

そのひとつが中津川だった。

愛知と長野を往復する生活になってから、国道19号を走ることもあれば、高速道路を使うこともある。

そのたびに中津川を通る。目的地ではない。

長野へ向かう途中、あるいは愛知へ帰る途中にある街。それが私にとっての中津川だった。

「今、中津川を走っている」

意識はする。でも、車を止めることはない。電車でも何度か中津川駅に停車したことはあるが、途中の駅という印象しか残っていなかった。

2.境界線の出来事

しかし、その日は違った。

国道19号を走り、長野へ向かっていた時だった。

現在の岐阜県と長野県の県境近くで、突然車が故障した。

現在、そこは岐阜県になっているが、かつては長野県木曽郡山口村だった場所だ。平成の越県合併によって県境が移り、今では岐阜県中津川市になっている。

考えてみれば、不思議な場所だ。県境そのものが動いた土地。

そんな境界で、私の車は止まった。

橋のたもとだ。渡れば長野。

幸いにも、前にも後ろにも車がなく、対向車も来ていなかった。私は落ち着いて道路を横断し、ダムへ向かう脇道へ車を寄せることができた。

しばらくして、中津川からレッカー車が到着した。運転手の横に乗せてもらい、中津川駅へ向かった。

3.中津川駅

これまで何十年も通り過ぎてきた街へ、私は初めて「連れて行ってもらう」ことになった。

そして、初めて中津川駅を外から訪れた。

地方都市らしい駅だった。

駅前には、苗木城ののぼり旗がある。さらに目に入ったのは、「歌舞伎の町」という大きな看板だった。

苗木城🏯のぼり旗

4.合併

中津川は一つの町ではなかった。

旧山口村だけではない。周辺の町や村が一つになり、今の中津川市がある。

車が故障しなければ、そんなことを考えることもなかっただろう。

ホームには「これより北 木曽路」と刻まれた石碑が立っていた。

その言葉だけで、この駅が一つの境界であることが伝わってくる。

5.共通点

また、一つのことに気が付いた。

名古屋方面へ向かう列車、あるいは名古屋から中津川まで来る列車は比較的多い。

一方で、中津川から塩尻方面へ向かう列車、その逆方向の列車は、本数が少ないように感じた。特急「しなの」は走っているが、この駅を境に列車の流れが変わる。

その光景を見て、私は碓氷峠を思い出した。

かつての信越本線も、軽井沢、あるいは横川までの列車は頻繁に走っていた。しかし、峠を越える列車は本数が極端に少なくなる。

もちろん事情は違う。

それでも、「ここから先は山へ入る」という空気が、どこか似ているように思えた。

6.気付きから思い出に

私は一旦自宅に戻るため、名古屋方面行きの快速列車に乗った。

これまでこの区間は、ほとんど車でしか走ったことがない。

国道19号や高速から見る景色は見慣れている。

しかし、列車の窓から眺める東濃の風景は、違って見えた。

道路からは見えない集落。駅ごとに変わる町の表情。

視点が変わるだけで、こんなにも印象が違うものなのかと思った。

車の故障は災難だった。

しかし、そのおかげで私は、中津川という街を初めて知った。

何十年も通り過ぎてきた街。目的地になることはないと思っていた街。

その日を境に、中津川は私にとって「通り過ぎる街」ではなく、一つの思い出の町になった。

7.最後に

考えれば、木曽路の宿場も、私にとっては長い間「通り過ぎる場所」だ。

しかし、通り過ぎることを何十年も繰り返すと、その道はいつの間にか自分の人生の一部になっている。

あの日、中津川で車が止まったことで、私は初めてその街をゆっくりと眺める時間をもらったと思う。

機会があれば、木曽路を振り返っていきたい。

:tokisuke


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